第215話 とりま王手
フルナの残りプシュケーは14点。
もし何の対策も打ち出さないのだとすれば、あと三回も手番が回って来れば【キラーラビット】だけでお釣りがくるオーバーキルをお見舞い可能だ。
もちろん、こんなもので終わるとは思っちゃいないが。
僕は地雷の範囲から逃れるべく、2マス後退する。自陣の中央中列に戻ってから「手番を終了する」とフルナに告げた。
フルナのターン。
彼女は山札からカードをドローして、
「以上、私の手番は終わりよ」
「!?」
さすがに意味が分からない。
「次の僕のターンで最低でも7点を削られるってことを理解しているのか?」
行動力を消費していない【キラーラビット】の連続攻撃で生命力とプシュケー1点、続く二度目の連続攻撃で6点。計7点のプシュケーダメージを受けることは明らかだ。
フルナはこくりと頷いて、淡々と答えてみせた。
「まだ7点も命が残るということよね、理解しているわ」
「……いやあ、何度目になるか分かんないけど……随分と染まってきたね」
自分の命をリソースとして扱えるようになって一人前。
そんな格言がカードゲーマーにはある……かどうかは知らないが、少なくとも僕らの間では命をもリソースとして扱うのが常態化している。
フルナは順当に僕らの色に染まり、一人前になったと言えよう。
命数を数字で捉えられるようになると飛躍的に成長が早くなる。
なにせ自分の生存を感覚ではなく情報として捉えるのだから。主観的な要素を排して、より客観的に状況を考えられるようになるだろう。
これがなぜ成長に繋がるかと言えば、単純に視点の数が増えることにある。
正面から見るだけでは縦と横しか分からないが、そこに横からの視点を加えると奥行きも分かる。
取り扱える情報が増加することで推測や判断の精度、思考の深度もまた増していく。上手く扱えるのならば、いくつもの視点を持つことは強さに繋がる。
フルナはしかし、不敵に笑って言った。
「何を言ってるのかしら。染まる前から私はずっとこう。ただ初めてのゲームタイプで適応するのに時間がかかってしまっただけよ。『死ななきゃ安い』って言葉を知らないの?」
「……ああ、言われてみれば確かに。君らは文字通り命の奪い合いをしているんだったな」
プレイヤー特性としてフルナの特筆すべき点は、もっとも習熟しているゲームジャンルがFPSという血で血を洗う対戦ゲームであるということか。
自らの血肉を盾にして最善手を取るのは日常茶飯事、命を使い捨てる頻度においては他者の追随を許さない。
未だに僕は彼女が広げた掌の上で転がっているだけだという示唆。
「上等! 理解しているのなら何も言うことはない! ドローするぞ!?」
「どうぞ」
あっさりと回ってきた僕の手番で、手札がさらに増強される。【シルキー】の力で不要なカードを二枚捨ててもなお、この手番でプラス三枚だ。
――フルナが何かを狙っているのは間違いないが、何を狙っているのかはここに至って全く見当もつかない。
条件付けがされているカードを使用したいのだとは推測可能だが、手番を二回もふいにして発動するカードの効果を推測することは不可能だ。
僕らが普段参考にしているオンラインカードリストはあくまで有志によって作成されたもの。
表に出てきた、多数の眼で確認された実在を証明できるカードだけが掲載される。僕の【フラワリィ】とかも知らぬ間にテキスト全文が掲載されて、他人から勝手にカードの評価なんかも付けられている。
つまり、これまでに編集を行う有志の前で使用されたことのないカードであれば、僕らはその存在を知る術がない。
有用なカードの類はチェックしているが、手番をノータイムで終えることが条件になっているカードは知らなかった。
誰の眼にも触れていない新規カード、あるいはずっと秘匿されてきた稀少なカードか……。
ともかく未知の手札が潜んでいる。
「となると……、打てる手を増やしておくか」
この手番でフルナのプシュケーを削り切るのはちょっとばかり難しい。……いや、いけるか?
フィールドを見渡して一手思い浮かんだ。どうせフルナが動き出せば使えなくなる一手なのだから、今使ってしまっても構わないだろう。
「【マジカルベース】に三歩進んでもらうことにする」
「……来たわね」
想定内か。まあよかろう。
演奏を止めた【ベース】が敵陣の中列まで前進する。
それから、フルナのサーヴァントの眼前で演奏再開! 心の臓腑を震わせるバイブが敵陣から鳴り響く。
【マジカルベース】はこれで行動力を使い切り、後退することはできない。が、どうせ【飛燕】でやられるのだから一矢報いてもらおう。
隣のマスに立つ仲間、【
行動力倍加のバフを受けた黒いうさぎはこの手番、行動力4を所持する。
【キラーラビット】の特殊能力は行動力1を消費した後のプレイヤーアタックを強化すること。初撃以降のプレイヤーアタックは全てプシュケーに3ダメージを与えるものとなる。
加えて【マジカルギター】の連続攻撃強化もある。
この手番で19点を削るとんでも暗殺兎の完成だ。
これが弱いとされてるのは何かの間違いだと思っている。これより強いカードが転がっているのは確かだが――。
「君に果たしてこの手を防ぐカードがあるか!?」
満を持しすぎて使いどころを見失っては宝の持ち腐れ。
その手にある【飛燕】は、フルナにとって過ぎたものだったのか!?
「当然、あるわ。使いたくはなかったけれど」
フルナは苦渋の決断とばかりに、苦い顔をして手札からカードを引き抜いた。
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