第151話 解釈違いのピクニック
僕はピクニックだと聞いていた。
穏やかな天気の下、出発した先は王都からちょっと行ったところにある小高い丘で、ロケーションは上等。
周囲には生命力溢れる草花が咲き乱れ、景色を愉しむには十分な華やかさがあった。
さて、ここで問題を一つ。
僕とシャルノワール、アズライトの三人は王城から馬車も使わず、徒歩でこんなところまでやってきた。
ピクニックだと言うがバスケットも敷物も用意せず、持ち物は身一つだけ。
そして「会場」だという場所に、待ち人がいた時。
それは本当に“ピクニック”でしょうか。
「絶対にピクニックじゃないじゃん……」
何せお姫様も相手方も表情こそ笑っているが、顔の皮一枚のお話。そのすぐ下ではピリピリと睨みつけていることが分かる、一触即発の緊迫感が漂っていた。
丘の周囲には小鳥やちょうちょが飛んでいるのに、頂上の一帯数メートルは僕ら以外、無生物地帯である。殺気を感じて他の生き物が近寄ってこない。
機先を制したのはシャルノワールであった。
「ピッカリン伯、お茶会にお招きいただき、感謝いたしますわ。素晴らしいお天気になりましたわね」
「姫様にご参加いただけるとのことで、雨雲も配慮したのでしょうな。ワシが領地を出た時は灰色の雲がはびこっておりましたでな」
相手方の名前に思わず笑ってしまいそうになったが、周りの面々は至って真面目な顔をしていたので頑張って顔面を固める。
ピッカリン伯はその名の通り、頭上を覆う繊維を失った偉丈夫だった。少々、お歳を召していらっしゃる。
見た目は華奢なシャルノワールと向かい合った姿は、小人と巨人のよう。縦にも横にも、奥行きもシャルノワールの二倍ぐらいある筋骨逞しいご老人だ。
「こちらにテーブルを用意しておりますので、ピッカリンで摘まれたばかりの新茶をぜひご堪能くだされ」
「ああ、今年も新茶の時期なんですのね。ピッカリン産の茶葉も美味ですから、楽しみですわ」
そう言って設置された白く瀟洒なテーブルとチェアのセットに歩み寄る。
ピッカリン側が手配した執事らしき人が引いたチェアにシャルノワールが座り、僕とアズライトはその背後、一歩引いたところに立つ。
アズライトにこっそりと手を添えられての配置なので問題ないはずだ。あるとすれば、僕が長時間の直立不動に耐えられるかどうか。
対面にピッカリン伯が体感小さすぎる椅子に座り、お茶会が始まる。
薄黄緑色のお茶が執事の手によって芳しい香りと共に淹れられていく。
お茶受けは五段に重なった銀盆に、サンドイッチやらスコーン、小さなケーキなどよりどりみどりだ。
正直、ピッカリン伯には似合わぬチョイスだと言えよう。シャルノワールにはピッタリなので、招待客に寄せたのかもしれない。
「うむ。今年も良い香りだ」
カップの持ち手を指先でつまみ、注がれたピカリティーを鼻先で感じるピッカリン伯。
小さなカップで飲むことに慣れているのか、サイズ感の違いはあれど、お茶を愉しむ姿は様になっていた。
「やはり新茶は良い。今年は特に出来が良いとのことでしてな、姫様にご賞味いただきたくお持ちした次第」
「嬉しいことを言ってくださいますわね。では自慢の新茶、私も味わうことにいたします」
「砂糖など、使われますかな?」
「新茶の一杯目は、そのままでいただきますわ。せっかくのフレッシュなお茶ですもの」
僕にはよく分からんが、茶葉にも新鮮とかそういう尺度の感じ方があるらしい。
ペットボトルのお茶に慣れた身としては、あまり茶葉からお茶を淹れる機会がないからなー。家でも麦茶くらいだし、メーカー品の麦茶に鮮度とかはあんまり期待できない気がする。
例えるなら、釣った魚をその場で捌いて食べる、みたいな鮮度の良さがあるのだろうか。
実は魚も肉も多少は時間を置いた方が熟成されて旨味は増す、って話を聞いたことあるからちょっと違うかもしれない。
湯気の立つカップを口元で踊らせて香気を味わい、シャルノワールは中の液体を口に含んだ。
「……美味しいですわ。初夏の雰囲気を感じる香りと新茶特有の甘み……ピカリティーはすっきりしていて至極飲みやすいですから、一息に飲み干してしまいそう」
「ハハハ、であれば、誉ですな。姫様が飲み干す茶を作り出した領民を労わねば」
「あら。私が美味しいと言うだけでは不足でして?」
「他と違う謳い文句はいくらあっても良いものですぞ、姫様」
ピッカリン伯はサンドイッチを取ると一口で食べきり、お茶を飲み干した。
おかわりのお茶を注いでいるところで、シャルノワールが尋ねる。
「では、私をご招待くださったのは、お茶の品評会をなさりたかった、ということでよろしくて?」
するとピッカリン伯は肩をすくめて嘆きの表情を作った。
「姫様も殿下に似て、随分とせっかちでらっしゃる」
「私、後に懸念が残っていると、お茶を愉しみにくい性分なのですわ」
「であれば。本題に入らせていただきましょう」
ピッカリン伯が視線で合図をすると、執事が丘の向こうで止まっている馬車に手を軽く上げた。
馬車から現れた男が、お茶会の会場までやってきた。
外見はピッカリン伯を二回りほど小さくした感じで、頭には無事、繊維が生え揃っている。
「我が孫、エドアルドにございます。ぜひとも姫様の星騎士として召し抱えていただきたく」
「お断りするわ。アズライトだけは受け入れましたが、他の者からの推薦も全てお断りしているの。ごめんなさいね」
「アズライト卿は姫様の最もお近くにいる者。彼女については我らも理解しましょうぞ。しかしながら姫様は有象無象の中から新たに一人をお選びになられた。我々としては納得がいきませんな」
ピッカリン伯はそう言って、僕に鋭い視線を飛ばす。
そんなことを言われても……。
お孫さんのエドアルドとやらにも睨まれているが、僕とてなりたくてなったワケじゃないし。口には出さないが。
無言を貫き、明後日の方向に視線を向ける。
「私が自身の判断で選んだのだけれど……気に入らないということですわね?」
「王族の方々にお付きの
「ならば、試してみますか」
……なんだか話の風向きが変わってきたな?
シャルノワールは挑戦的に微笑んだ。
「
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