第199話 ノル箱ちゃんねる ToK予選実況解説席

 およそ三十にも及ぶ百人単位で戦うバトルフィールドを映すウィンドウが、一つ、また一つと消えていく。

 それは勝者が定まったがために、必要のなくなった箱庭フィールドが消滅していくからだ。


 その全てに目を通すことなどお釈迦様でもない、ただの美少女コスプレイヤー紅めのうには不可能。


 しかしながら、ノル箱には優秀なAIを用意できるスタッフが揃っている。

 自動的に優先順位を付けて、有力選手が活躍したり、下馬評に反して脱落してしまう場面があればスクリーン表示を前面に持ってきてくれる。


 おかげさまで眼が顔の前に二つしか付いていないめのうでも実況を乗り切れた。


 そして、また『六つ星』が散っていく。


 プレイヤーはほとんどが『六つ星』だが、中でもトップランカーに近いプレイヤーが含まれる予選リーグで波乱が起きたようだ。


「おっとぉ、こちらの……二十七番会場もそろそろ本戦進出者が決まりそうですね! あまりクローズアップされなかった会場のようなので、改めてメンバーリストも表示しましょう!」

「……あら、見覚えのある名前が二つもありますわ。それに見覚えのある小生意気な妖精も」

「はは……妖精が代名詞と言えば」



>LSか

>あれから妖精の使用者が一瞬だけ増えたけど、結局使えねえつってLSを残して消えたからな

>フラワリィいないとパワー足んねえ

>極端すぎるんだよw

>見てたけど、フラワリィヤバすぎわろたwww



 トラブルメイカーLSの名前を思い浮かべて、そしてリストに思い浮かべた文字の羅列を発見してしまい、めのうは息を漏らすところだった。

 シャルノワール姫がLSに肩入れしているのは周知の事実なので、せめて本戦まではあまり触れたくなかった。


「やはりLSさんですか。ノル箱一周年記念大会『スプリンガー・バトルフェス』の優勝者が、しっかり勝ち残っていますね。あの時は新参者だけの大会でしたが、今回はきちんと『六つ星』としての出場、さらに『六つ星』トップ50のランカーも含む予選リーグでここまで残られるのであれば、はっきり“実力有り”と言ってしまって構わないでしょう!」

「そうですわね。メンバーリストを拝見いたしますと、王都の精兵やそれなりに名うてであろう傭兵も含まれているようですから、対外的に実力を示すには及第でしょうか」

「姫様はLSさんに厳しいですね……。LSさんはエースカード【トラブルハンター・フラワリィ】を出して勝利を掴んだようですが、そこに至るまでの道筋が分かりませんねえ。少し時間を戻して、どのようにランキング上位の選手に勝ったのか見てみましょう」



>虎華琉牙轟轟轟がいるやんけ、あいつ敗けたんか

>誰?www つーか、なんて読むんだそいつw

>トラファルガー三号だぞ

>六つ星の一桁ランカー知らないってマジ!?

>一号と二号は?

>いない

>お約束だなwww

>ランカーならピロリ院シリアツもおるやん、敗けたみたいだけど

>いつ聞いても汚い名前だなw

>ピロリ院よりランク下なの、マジで最悪なんだよな……



 コメントがメンバーリストで盛り上がっていて助かった。

 トラファルガー三号とか読めてたまるか。ピロリ院も読んでたまるか。美少女広報で食べている人間なのに外聞が悪すぎる。


 一応、時間を戻した映像をちょっと確認して、LSの視界にピロリ院が映っていないことを指差しチェックする。ヨシ!


 しかしLSを背後から映した映像のほとんどは、なぜか砂嵐でノイズが走っているようにしか見えない場面ばかりだ。どういうこと?


「あっ、ここから映像が復帰しますね……。ええっと、この時点で残り人数が十人飛んで七……えぇ……砂嵐の中にいるだけでほとんど人数いなくなってる……」

「LSが私の授けたローブではないものを装着していますわね。フィールドと同系色のボロ布を。この程度のカムフラージュで紛れるのであれば、さすがに他の参加者が悪いです」

「記録を確認すると、この時点でほとんどの参加者に対戦人数の数値に変動があります。擬態を暴きに行く余裕がなかったのかもしれませんね」



>LSが全体に強風をぶつけて、無理やり他のプレイヤー同士を対戦させてたぞ

>なお本人は砂嵐に紛れて0戦闘の模様

>なるほどな、と思ったけど普段使わない技術ナンバーワン

>ダンジョンでPKしたい時に使おう!

>毒にしかならない技術で草



「こういう手法で対戦を避けるのはかなり少数派ですね……。一部の傭兵が周囲の風景に紛れて逃げる技術は持っていましたが」

「基本的に騎士は目立つ行動が多いですから、騎士を目指す以上は目立つ方が多いですわね。実際にはああいった隠蔽行動も重要とは聞いております」

「LSさんはすでに姫様の騎士ですけれども、こういった場では目立つのも役目なのでは……?」

「見てくれよりも中身を重視しているのですわ」


 しれっとそんなことをのたまうシャルノワールが「あら」と呟いて、LSを映すスクリーンを注視した。


 めのうもシャルノワールに振った視線を戻すと、そこでは背後から急襲を受けたLSが映っている。


「あれは……」

「トラさんさんですわね」

「急に気の抜ける呼び名に!」


 姫様がそう呼ぶのであれば、という大義名分を得て、「トラさんは……」とさらに略しながらめのうは状況を把握する。


「対戦人数が驚異の二十七名! 大規模戦闘に巻き込まれながらも勝ち残った模様です! 残る手札でLSを急襲!」

「勝ち残ったのではなさそうだけれど。おそらく餌を撒いたところで戦域を離脱したのでしょう」


 対戦人数の他にも集積されるデータは事実を語る。

 たった一人だけ逃走回数が1となっているのはトラファルガー三号。


「トラさんさんはランカーとやら。狙われるのは分かっていて、大規模戦場を構築。多少のダメージと引き換えに、蟻地獄を作って逃げ出しましたのね」

「なるほど、そのような策の巡らしあいがあったと」

「他の方々は……一人を除いてこの二人に遊ばれたようですわ」


 紅めのうは広報としてこうやって実況も任される身であり、ゆえにプライベートのアカウントでそれなりにプレイもしている。もちろん自費だ。


 なので理解しているのだが、逃走について仕組みは知っているものの使用したことがない。

 逃走前提のサーヴァントを用意するよりも、きちんと対処できる準備をすべきだと広く知られているからだ。


 逃走するということは、そもそも戦闘に巻き込まれているのが前提だ。


 ダンジョンでは自分の足や五感で戦闘を避け、どうしても避けられない敵やボスだけを倒して周回するのが良いとされている。

 逃走行動を選ぶという時点で攻略はかなり失敗に寄っているというワケだ。


 そこに来て十枚しか持ち込めない手札の中に、逃走用に切り捨てるサーヴァントを入れる発想はなかなか思い浮かべられない。


 腐ってもランカー、というコトか。


 ゲームは進行し、神秘力を得たLSが伝説→叙事詩→伝説級の脳みそがやられそうなコンボを繰り出した。

 LSが伝説レジェンダリー級の神秘ミスティックを持っているのは周知だが、まさか別種の二枚目を持ってくるとは。


 空いた口が塞がらない。


「プ、プリズムカードパックの面目躍如、といったところでしょうか……。確かにゲーム全体における所持レアリティは上昇傾向にあるそうですが、まさかゲームを始めて半年も経たない内に二枚目の伝説を手に入れるとは、LS恐るべし……」

「ああ……、あれはお兄様のイベントに参加した褒賞ですわね」

「は!? イベント褒賞に伝説レジェンダリー!? そんなの聞いてないですよっ!?」

「何を仰られているの? 前回の一周年企画で、お兄様が開催したイベントダンジョンのクリア褒賞ですわよ。LSのチームしかお兄様の下へは進めなかったようですが」



>イベントの報酬にそんな良いのがあるとか聞いてないです

>あのクソダンジョン、クリアできるやついたのか

>LSとかいうやつ、王家と癒着してね?

>チートかよ

>チートしてもらってた方がまだマシだわ、だったらアカウントキル狙えるし

>それな

>対戦したら隕石落ちてくるの最悪なんだが

>なんとか隕石やりすごしても二回目と、あと戦闘力5000のムキムキ妖精でしょ? ランキング下位にいるのがバグだろ



 隕石乱舞の後に出てきたやかましさとパワーのイカれた妖精が出陣したことで、コメントはLS一色に染まってしまった。

 【豪腕の一つ目巨人】というハイレアカードを持つランカーを一蹴してしまったLSに注目が集まり――ついぞ予選を抜けるもう一人の話題は上がらなかった。


「……あのお爺さん、まだ足の萎えた振りで猥褻行為をしているのかしら」


 記憶の底に名を引っ掛けていたシャルノワールを除いて。

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