第198話 捨て札の奇術師

 合計で二十八もの隕石に晒された戦場は尽くが崩壊していた。そりゃそうか。残りの二発は僕のところに落ちている。


 大規模戦場に携わっていた参加者のサーヴァントは降り注いだ星に破壊され、あるいは生き残ったサーヴァントに集中攻撃を受けてポリゴンと化す。

 残りわずかなプシュケーで生き残っていたプレイヤーも隕石直撃でお亡くなりになられた方が少なからずいる模様。


 ランダムな神秘により結果が収束し始めている。


「僕らも、そろそろここの決着を付けないとな!」


 そう言って、僕は眼前の【一つ目巨人】を睨みつけた。


 【暴れ牛】は二度目の流星を受けて砕け散ったが、【一つ目巨人】は運良く未だに健在だ。プレイヤーの方には直撃したのにな。


「っつ、つっても、LS、今度こそお前に打つ手はないはず……! その切り札ジョーカーには死ぬほどビビらされたが、下手な鉄砲はいくら撃っても当たらんということが分かっただろう!?」


 強気な言葉で対面のプレイヤーは僕の手札を探る。

 どこか自分の言葉を信じられないのか、言葉の強度が高い割に表情はパッとしない。隕石に潰された後遺症もありそうだ。


 彼の脳裏によぎったであろう嫌な予感を肯定してやるべく、僕は希望的推論を鼻で笑った。


「打つ手がない――はずがなくないか? だって、この手札は全部自分で選んだカードなんだから」


 残った僕の手札はまだ七枚もある。

 ここから【一つ目巨人】を倒す手段は星の数ほどある、と言ったら過言だが二つ三つは選択できる。


 僕が撹乱に使ったカードは【シルフィンド】たった一枚であり……撹乱用に入れたカードもまた【シルフィンド】たった一枚だ。


 戦闘は必ず発生するものだという認識は外していない。

 きっちりと対戦でも勝利できる手札を用意してきたつもりだ。


 ただ、できれば全ての手札を使わず、なおかつ楽をして勝ち上がりたいがために小細工をしただけで。

 まさかローブを脱いだだけで全然バレないとは思ってもいなかった。特徴の薄い顔で大変申しわけないね、ケッ。


 それにダンジョン攻略の時も思ったが、僕はあまり集団戦が好きになれない。

 状況がゴチャゴチャと雑多になることが多くて、頭の中がこんがらがってしまう。


 僕はカッコイイ台詞を言い放つのが趣味だがとっさの瞬発力に欠けている自覚がある。じっくりと流れを作り上げて、決めセリフを放つにはやっぱり個人戦の方が都合が良い。

 気の入らないイベントは省エネで抜けたいところだ。


 手札から使用できるカードは何も【フラワリィ】が専売特許というワケではない。

 僕だけでなくとも、デッキに潜ませているプレイヤーはそれなりにいるだろう。


 手札からサーヴァントの特殊能力を使用するメリットは大きく二つある。


 まずは出陣の権利を消費しないこと。実質、二枚のサーヴァントを同一ターンで指揮することを可能とする。

 それからプレイヤーの行動力も消費しないのが強い。代償はテキストに記載があるもののみ。


 一応のデメリットとしては手札の消費が早くなる点が挙げられるけども、それを補ってあまりある効果があるのだから受け入れるべし。しっかり対策すればよい。


「次も手札からサーヴァントの特殊能力を使用させてもらおう。使うのはこのカード……世間話ゴシップ級【捨てたがりのマヨヒガ】!」

「おおい! それは妖精なのか!? どっちかってと妖怪寄りのだろ!」

「知らんが、おんなじあやかしだしセーフ!」


 半分合ってるからセーフ! いや実際はどうか本当に知らんけど、妖精系統のカードで選択先になってるからこのゲーム的には妖精のはず!


 もやもやとした陰鬱なエフェクトと共に、古民家風の家屋が現れる。ふすまの隙間からこっそりとこちらを覗いている和装少女が見えた。

 あれはきっと妖精に違いない。


「特殊能力『毎日が大掃除エブリデイ・ビッグおそうじ!』は手札から発動時、手札を最低三枚捨てなければならない。捨てたカードの枚数×400の神秘力を追加する効果だ」


 僕が残り手札六枚から三枚を選択するとそのカードは【マヨヒガ】に吸われていく。カードを受け取った【マヨヒガ】の少女はお家の奥に駆けていき、次の瞬間ふすまがスパァンッ! と全開になり、中からポイポイポイッと飛び出してくるものがありけり。


 ボロい二槽式洗濯機、底に穴の空いた釜、50型有機ホロテレビ。


「古いのか最新なのか不明なチョイスだな!?」


 いや、別に最新でもないんだが。今どきテレビなんて媒体を使用しているのはそれこそおじいちゃんとか機械に弱い人だけだし。性能的には最新だが、機能的には古い……と言えばいいのか。

 それにしても古民家から出てくるもんじゃないと思うけど。


 【マヨヒガ】がゴミを『ウルズの泉』に不法投棄し、僕の神秘力が補充されていく。怒らずに神秘力をおごってくださる女神様は懐が深い!


「三枚を捨てたことで神秘力1200が追加、っと」

「合計で1700……! もしや、まだ【星堕ちの詩】レベルの攻撃神秘ミスティックを持っているのか!?」


 先ほどの悪夢が忘れられないのか、慄いた表情で対面が悲鳴をあげる。


 はっは、と笑って僕は右手をひらひらと揺らす。


「まさかだな。伝説レジェンダリーレベルのカードをそう何枚もほいほい入手できるはずがないじゃないか」

「そう……、だよな!?」


 彼は嬉しそうに口角を上げ、しかしすぐにハッとなる。


「それじゃあ、なんであんなカードを……?」


 わざわざ自分から三枚も手札を捨てるようなカードを使って、神秘力を補充する意味とは。


 肝心の【フラワリィ】はすでに消費して、捨て札にいるというのに――


「――どちらかと言えば僕の目的は、捨て札を充実させること。じゃないと、この神秘ミスティックが活かせないからな」


 僕が仕掛けた一連の流れ、『星灯舞踏会スターライト・オリンピア』で入手した民話フォークロア級カードにて〆させてもらおう。

 星を代表するイベント会場のくせに、一部のうさぎたちを思い出してつい購入してしまったカード。月はおろか星にもうさぎは住んでいる?


民話フォークロア神秘ミスティック――『ゴミ箱脱出奇術ダストリプレースメント・マジック』! 手札を全て捨てる代わりに、神秘力を200支払う毎に捨て札をトップから最大十枚回収することができる!」

「………………は?」

「神秘力1200を支払い、現状の捨て札六枚を全て回収することにしよう」


 言葉を失っている対面をよそに、僕の捨て札置き場が黒い箱ブラックボックスとして具現化した。


 黒い箱は唐突に爆発、炎上! 中の捨て札もこれではただでは済まない!

 と思いきや、おもちゃめいたバネ仕掛けのピエロが箱の天面を割ってビヨンビヨンと飛び出す。


 その演出にみんなが気を取られている間に、僕の手札は六枚に変化していた。


「今予選、最大最高の入れ替え手品マジックはいかがだったかな? さて……三度目の正直、ということでいい加減【一つ目巨人】も隕石に当たって良い頃だと思うんだけど、君の考えはどうだろう」


 最上級の捨て札回収を経て、三度【星堕ちの詩】を降臨させる用意が整った。


 下手な鉄砲がどれほど撃っても当たらなかったとて、当たるまで撃てば事は解決するんだよ……!


 ……だが、しかし。


「こ、行動力が……LS、お前の行動力は二度の神秘使用で切れたはずだ! 次の手番を回さずにプシュケーを削りきれば問題ないっ!」

「それはその通り」


 ロマンを求めての行動は、次の手番まで僕の生死が確約された状況で行うべきであって、今ではなかった。


「仕方がないので、僕は唯一残された権利を行使しようと思うよ」

「残された権利? これだけやりたい放題やっておいて、まだ何かやるつもりなのか!?」

「それもその通り。せっかくもらった権利は使い切らないともったいないだろ? だからきっちり、も消化しておこうじゃないか……なぁ【フラワリィ】!」


 僕がかろうじて破壊されずに残ったマスに、回収したばかりで元気が有り余っている花の妖精を解き放つ。


「二度目のふらわり~! 今日は出番がたくさんあっていいですよぉ! さすがLSさん、憧れちゃいますね!」


 捨て札にあった四枚の神秘ミスティックを装備して現れた【フラワリィ】は非常に上機嫌だ。【一つ目巨人】などアウト・オブ・眼中。


 それもそのはず、ばっちりと装備おめかしを施した【フラワリィ】の戦闘力は5000を超えていた。

 いかな戦闘力に優れたパワーファイターであろうと、さらに容易く上回る【ゴリラリィ】をどうこうするのは難しい。


 対面のプレイヤーが浮かべた絶望の蒼白な表情は、額に入れて飾っておきたいほど見事な色味であった。




 ――ゴリラの膂力を得た【フラワリィ】が、生き残っている各参加者自慢のサーヴァントをワンパンで倒していき、僕は本戦進出の権利を獲た。戦意喪失した参加者に死体蹴りを加える【フラワリィ】を抑えるのが大変だった。


 結局、手札を全部使ってしまったが、勝ち残れたならまあいいか。考えたところでもう遅いし。

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