第138話 ノル箱ちゃんねる FAFMVP

 表彰者の紅一点、八人中唯一の女プレイヤーにスポットライトが当たった。


 くるぶしまである桃色の長い髪を、前側はぱっつん、いわゆるお姫さまカットでサイドと段々にしている。

 姫カットに似合う、逆三角形の顎を持つ小顔はどこか幼さを感じさせる。だが可愛いというよりは綺麗な印象を与える、掴みどころのない容姿だった。

 着ているのは和と洋が混合した和装ドレスとでも言うような代物、白と赤で巫女を彷彿とさせるが、仕える者にしては模様や刺繍、飾りが華美に過ぎる。


 一言で表現するなら間違いなく『優れた容姿』の持ち主ではあったが、ちぐはぐな要素ばかりを集めた女性に見えた。


 その女性をめのうが簡単に説明する。


「皆さん御存知、日本国内に七人しかいない『七つ星』の一角、その名の通り恋多き乙女! “歩くかんしゃく玉”と呼ばれて久しいプレイヤーがTop2となります!」

「誰がかんしゃく玉よ!? せめて大輪の花火くらいには飾りなさいよね! だから「口が納豆みたいに悪い」とかネットに書かれるのよ!」


 脳みそが小さい女プレイヤーはついさっき感じた危機感をすでに忘れてしまったらしい。


 紅めのうは締める直前の鶏を見るような目で睨みつけ、とても自然な動きで息をするように暴言を吐く主にぬるりと絡みついた。


「ん、なにを……アッ」


 背後に回っためのうが左足を腰から回し掛け、右手側の脇下に身体を通す。

 その状態でぐいっ、と身体を起こしてやると……、


「な、イダッ、なにこれいだい……っ、うあああああーッ!」


 がっちり極まって身動きの取れない彫像が完成した。



>コ、コブラツイスト……

>まさかコスプレイヤーが習得しているとは……

>惚れ惚れするような

>口だけじゃなくて手癖も悪いぞ!



「“桜華七星”、序列五位――ギルド『恋依神社』マスター、“愛と恋の狭間人ラブ・ライク・ライフ”の恋々恋依! 自らを崇めさせる頭痛い系の声デカ迷惑プレイヤーだが、残念なことにその実力は本物! ご自慢のねっとりねとねと粘着デッキでグランドファイナルまで駆け抜けた、文句なしのTop2です! 感動のあまり、このように高く手を挙げていただいて嬉しい限りですねっ」

「ぐうううぅ……っっっ」


 さらにキツく締め上げられた細い身体がギチリと悲鳴をあげて、高く掲げられた右手の手首が、百合のように静かに折れていく。力尽きそうだ。


「ふんっ」

「ぐえ」


 最後に力を入れてからめのうがホールドを解く。

 しかし、恋依は固められた状態から動かない。正しくは、動けない。


 恋依は白目を剥いていた――。


 そっとzenonが右手で十字を描いていた。絶対に違う宗派だが、それで良いのか。


 千年の恋も冷める白目具合を晒す恋々恋依は放置され、紅めのうは次のスポットライトへと視線を移した。


「最後の一人もまた『七つ星』、“桜華七星”の序列四位」


 彼もまた世界観から外れたプレイヤーの一人。


 黒い道着を羽織り、下はなぜかスラックスを履き、そして素足である。

 筋肉質ではあるがスマートな体躯で、格闘技をやっている雰囲気が察せられる。


 ファンタジーな神話の世界にはまず似合わない格好だった。どうせならパンツ一丁の方が合っていただろうに。


「オールプレイヤー・バトルフェスのTop1は、ゲームの中でも筋トレを怠らぬ、インナーマッスルを愛してやまないこの男! ギルド『イホウジン』マスター、“内燃筋肉マッスルエンジン”を搭載した実用筋肉バカの名は、ジン!!! “直行通過ドライブスルー”の二つ名が示す通り、優勝までノンストップで制してまいりましたッ!」

「脳筋はおろか体幹すら鍛えていないやつに敗ける要素などない」



>普通に考えたら脳筋って悪口なんだがな

>優勝者に言われると脳の筋肉も鍛えなきゃならんか

>脳みそまで筋肉でできてるやつしか鍛えられんが

>つまり筋肉は脳みそってことでは?

>おれの全身に脳が……?

>歩く度に脳挫傷してそう

>直行しすぎてドライブスルーで注文するの忘れる話好き



 舞台に呼び出された八人目までが無事に表彰を受け終えた。

 恋々恋依は起きなかったので表彰状を顔に貼られている。紅めのうの怒りを買った恋依が悪い。


 最初と同様にタイミングを見計らって送還されるものだと誰もが考えたが、


「実は、まだ一件、表彰すべき賞が残っております」


 めのうの台詞で会場は騒然とし始める。


「ぶっちゃけ、こちらの八人の方々はすでに賞品もお渡ししておりますし、ほとんど同じ内容ですから改めて表彰する必要なんてなかったんですよね。それでも敢えて、ステージにお呼びさせていただいたのは、この賞が、この八人のいずれかに与えられるからです」


 スクリーンに一つの記章が映る。


 太陽と月の輪郭が交差し形作られた楕円の中心で、何よりも強く眩く輝く星。


「――『星輝褒章スタブライト・スター』。スタブライト王家、直系の方しか与える資格を持たない名誉ある記章。第一王女、自ら選出したMost Valuable Player……MVPに授けたいとの御意向を受け、MVP賞を急遽設定いたしました! このイベント中、最も優秀だと王女の瞳に適ったのは、はたして誰なのか!?」



>こういう前振りをするってことは、APBF優勝のジンじゃないってこと?

>王女の瞳に適った、だからなあ……

ひなげし>エルスだ!!!

>スプリンガーから選ばれるか?

>でもシャルノワールが参加したのはスプリンガーだし可能性はある

>ジンじゃないってのが答えだろ

>つーか、LS、確か姫さんから二つ名もらってたじゃん

>気に入られすぎワロタ

>スプリンガーで目立って、カード運が良かっただけでこれか。ズルいわー



 ドラムロールと一緒に躍るスポットライト。

 緊張感の高まる会場とは打って変わって冷静なコメント欄の予想が一本化していき……、そして予想通りにスポットライトが“死神”を現世に浮かび上がらせる。


「『ファーストアニバーサリー・フェスティバル』のMVPは、“狂月の王”、“終焉を告げる者エンディング・ウォーカー”の名を一夜にして日本中に知らしめた超新星! “アズール・ステラ”を戴くギルド無所属の、LSです!!!」



「――異議がある」



 その声に、会場がシンと静まった。


 恋々恋依と違い、自らの意思で手を挙げたのは……“桜華七星”が序列四位のジン。

 現在、日本で四番目に強いとされるプレイヤーが不服を申し立てた。

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