第122話 新妻のために鐘は鳴る

「いや…………………………そんなのダメだろ!」


 僕は灰島の提案を一蹴した。

 生憎、ゲームのために羞恥心は捨てても、良心とモラルを捨てた覚えはない。


「社会的常識が欠ける方向に僕を誘導するなんて……常識ってもんを考えろ!」

「一瞬どころかしっかり考え込んだやつが言うなよ」


 先ほど噴いた水を今更拭き取りだす灰島に鋭いつっこみを受けた。


 それは……男なら一度や五度くらい考えてもいいだろ!

 とにかく!


「僕が悩んでいるのは三人の中から一人を選び難いからだと分かったところで、建設的な意見を頼む」

「贅沢な悩みで困っているところ悪いけどな、二つに一つだぞ」


 飛び散った水を綺麗に拭き取って、くしゃくしゃに丸めたティッシュをゴミ箱に捨てると、灰島はホワイトボードに新たな名前を追加した。

 伊玖、満輝、リッカの三名が、僕の周りでトライアングルを形成した。


 灰島は伊玖の名前に丸を付けた。


「オレの経験から言うと、仲出勢は承認欲求に飢えているタイプの依存癖を持つ女だな。最初に満たされた方法に執着する厄介な種類の瞳をしてた。今は苑田、お前に執着している」


 それから満輝の名前にも丸を付けた。


「生徒会長は快楽主義者だろうな。脳みそを溶かす快感のためなら何でもする女の臭いがする。理性で制御してたはずなんだが、強固な鍵が外れかけてる。苑田につっかかってるってことは、お前がなんかしたんだろ。この手の女はしつこいぞ」


 最後にリッカの名前も円で囲む。


「マリカは普通に苑田のファン……を行き過ぎたガチ恋勢だろー。苑田が気付いてなかったのが信じられねーくらいだ。一軒家だから無事に済んでるけど、マンションとかアパートだったら、いつの間にか隣に引っ越してきてもおかしくない」


 さほど接していないはずの相手すら性格分析を行ってみせる灰島に僕は目を丸くした。


「すごいな、そんなことまで分かるのか?」

「女に限った話じゃねぇけど、おかげさまで危険な相手を診る眼は培われたからなー」


 何でもないように言うが、その言い方だと三人が危険な相手になってしまうのでは。


 首を傾げる僕に、灰島はホワイトボードをバン! と叩いた。


「苑田がこの三人の中から一人を選んだとしよう。その場合、将来的に刃傷沙汰になる可能性が八割ぐらいある!」

「ははは、そんなまさか。みんな優しいし、良い人じゃないか」

「オレの分析を聞いといてその感想が出てくるのは、ある意味大物だよ」


 直情的な行動に出る前に、頭で考えられる人だと思うが。

 あれだけカードで頭を使っているんだから、できないはずがなかろうに。


「八割モメるけど、上手くやれば二割くらいは平穏無事に済む可能性がある……のがオレの見立て。苑田を殺してあたしも死ぬー、ってやられたいなら別だが、誰か一人を選ぶのはオススメしない」

「もちろん体験したくないが。僕なんかがきっかけでそんなことになるか?」

「苑田の言動で確信したけど十中八九なるだろうな。夜道で電信柱の陰に誰かいたらマジで気を付けろよ」


 そうかなあ。傷害をもたらすような人たちには思えないけれど。


 しかし今の僕は灰島に助言をもらっている立場。灰島がそう言うのなら、一旦はそれで進めよう。


「誰か一人を選ぶのは危険、その言い分は理解したが……だからって三人同時に付き合えは横暴な結論じゃないか?」

「それなら三人とも拒絶しろ、って答になる。でも、それは嫌なんだろ?」

「まあ……、うん……」


 僕の頭には『誰か一人を選ぶ、でも一人しか選べないのは無理だ!』という感情しかなかった。

 誰も選ばなければ、元の関係で日常が過ごせるのではないか。その甘い考えは早々に否定されている。


「誰も選ばないのなら、オレは『三人とも受け入れろ』としか言いようがない。苑田は一人を選べないし、拒絶するのも無理なら、それしかないだろ」

「そう……なのかもしれんが」


 ちなみに今もまだ断続的にメッセージ等は届いている。たぶんみんな朝から寝ていない。

 そんな熱心にアプローチしてくれる人たちに優先順位を付けられるほど、僕は判断できる心も材料もまだ持っていなかった。嗚呼、優柔不断……。


「ま、そんな真剣に考えるなよ。高校生のオツキアイなんて、結婚まで一直線なもんでもねーし。いざ関係を進めてみたら、なんか違うな、ってすぐ解消する可能性もある」

「僕が懸念しているのは社会通念上の倫理なんだが。三股とか外聞が悪すぎるだろ」

「外聞が悪くなければ三人選びます、と。さすがは狂月の王。次は正妻戦争が始まるな」

「揚げ足をとるのはやめろ!」


 本当に王様だったら大奥なりハレムなり後宮なりでいくらでも相手はいるのかもしれない。

 だが、あくまでも僕はこの三人だから選べなくて悩んでいるのだ。


 僕などにこんな感情をぶつけてくれる人たちは、カードやゲーム以外でほとんどいなかった。滅多に現れない貴重な人たちだと思えば、失いたくないと考えるのは普通だろう。


 灰島はホロホをいじりながら、投げやりに言った。


「苑田が気にするべきは外聞よりも内実だってことを忘れんなよ? どうせ選ぶならさっさとマリカを選んどきゃ、こんなめんどくせー状況にはなんなかったのにな」

「リッカの周りには僕より良い人たちがたくさんいたじゃん……」


 どんなオタク遊びでも共通するのは性別の偏りである。五分五分に分布する趣味なんて存在するのか不明なほど偏りがちだ。

 カード系統のプレイヤー人口は男性に偏りまくり、数少ない女性プレイヤーと交流を取りたがる層が必ずいる。


 カードをナンパの手段にしている非効率な輩などだ。顔が良かったり、お金を持ってたり、カードが上手い以外の良いところがたくさんある人たちだ。

 とはいえ、カードが上手いだけの僕よりはマシな人間しかいなかったはずだ。


「自己肯定感が死ぬほど低いのは変わんねえなー」

「そう簡単に変わるものでもないでしょ。カードしかできない人間だよ、僕は」


 こんなにアプローチを受ける理由すら分からないのに、何を肯定しろと言うのか。

 インターネットの受け売りが良かったなら、それは僕の魅力とかじゃないし。


「……ところで、さっきから何をしてるんだ?」


 灰島はホロホを忙しなく操作していた。なんとなく気になって尋ねてみる。

 一段落ついたのか、操作を終えて、スクリーンを可視化させる。


「苑田がうだうだ言ってても、相手がいるもんだからな。三人に訊いてやったぞ。全員フラれるか、同時に付き合うか、どっちがいい? って」

「なにしてんの!?」

「三人とも付き合う方向でお願いしたいそうだ、よかったな」

「どうなってんの!?」


 想像だにしない衝撃。ほっぺたを摘まんでみたが、しっかり痛い。現実か、これ。


 知らぬ間に彼女? でいいのか? が三人? も、できた?


 ふわふわする足取りで帰宅させられ、ぽわぽわしながら布団に潜る。

 明日の朝になったら、正しい現実がはっきり分かるはずだ。今日はもう寝てしまおう。




 ……契約のことを説明すれば済んだはずなのでは?

 改めて考えると、どこから三人と交際を始めるみたいな話の流れになったのか。僕は首を捻りながら寝た。

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