第121話 クズ男会談
ベッドに寝転がっていたアッシュ――灰島が「くぁ……」とあくびをして起き上がる。
「珍しいじゃん、苑田がウチに来るなんてさ」
「そうか? そうかもしれないな」
「おいおい、どうした? えらくソワソワしてんじゃねーの」
キャスターをギシギシと揺らしている自分に気付く。
椅子に深く座り直し、僕は深刻な表情で言った。
「差し迫った問題が発生している。忙しいところ申し訳ないが、助言がほしい」
「……まー、なんかあるのは分かってたが、本当に珍しいな。苑田がオレに助言を求めるなんて。日本最期の日かもしれねぇな」
冗談めかしてベッドに両手を突く灰島は状況を全く分かっていない。
僕も単なる相談ぐらいだったら、ここには来なかった。
「クーリング期間は過ぎていないと思うが、すまん」
「いいよ、そんなのは。敗けたオレが頭を冷やすための時間がほしい、ってだけだからな。もう十分冷えたし……友達が困ってる時に力を貸してやれない理由にはならねえよ」
「助かる」
僕と灰島は友人だ。
それは間違いないが、仲が良いゆえに色々と加減やラインを見誤ることもある。
過去、激烈に見誤ったことをきっかけに、大会のような大舞台の後は時間を置くようになった。敗けた方が落ち着いたら話しかけるということにしていたが、今回、僕はその約束を破ってしまった。
でも、灰島は快く許してくれた。得難い友人だと思う。
「それで? オレのタイムアタックを邪魔するのはどういう理由なんだ?」
「これを見てくれ」
僕はとあるホロホアプリのスクリーンを可視化した。
「朝まで四人でダンジョン攻略していて、攻略が終わった後、僕はすぐ寝てさっき起きたんだ。そしたら、この有り様だ」
「おお……着信が五十四件にメッセージ、チャットが百件以上か。苑田も人気者の仲間入りだな?」
「勘弁してくれ」
普段使いしている連絡用のアプリが、いまだかつて見たことのない履歴を表示していた。
チャットとメッセージは今もなお鳴動して新着を告げている。
これがグループチャットで会話が続いている……のであれば良かったが、全て僕一人に宛てたものであり、僕の返事がないのに積み重なっているのがポイントだ。
ちなみに僕の個人情報を知っている人はかなり少数だ。
佐藤と鈴木が相手なら「うるせえな、何時だと思ってやがる!」とでも言ってやれば喜んで噛みついてくるだろう。
だが、伊玖と満輝、リッカを相手にそれを言う勇気はなかった。
「どうすりゃいいんだ、これ」
「中身は見たか?」
サイドボードのペットボトルに手を伸ばしながら灰島が訊く。
「ちょっと見たから僕はお前に助言を求めに来たんだよ。見ていいからどうすりゃいいか教えてくれ」
「そんじゃ、失礼して」
灰島はペットボトルを咥えながら開封済メッセージの一つを選択し、中身を確認して、それから盛大に水を噴いた。
伊玖『さっきキスしてた女は誰?』
「何やってんだよお前!?」
「僕だって人前でやるつもりはなかったんだよ! ただ、この時は眠くて頭が回らなくて……」
「ガチなのかッ?」
ガチです。
久しぶりに素晴らしい快眠を貪り、日が沈む前に気持ちよく起きたはずなのに、ホロホの通知を見た瞬間に今朝の記憶が走馬灯のように蘇った。背筋が瞬間凍結したのは初めての経験だ。
マーリンもアルセーヌも、大チョンボをやらかした僕を慰める言葉はホームページに記載していない。
インターネットは僕を助けない。
泡を食って家を飛び出した僕は、蹴躓きながら灰島の家まで走ってきたというワケだ。
「灰島なら修羅場も食い破ってきただろ!? 僕はどうすればいいっ?」
「うわー……こりゃ逃げられんわ。見ろよコレ、最初に結婚式を挙げたやつが勝つとか言って式場まで探してるぞ。すげぇなこの式場、海外だから百万以上掛かるぞ。誰が金出すんかな」
「面白がってないか……っ?」
「他にどうすりゃいいのか教えてくれよ」
「ウワーーーーーッ!!!!!」
灰島に匙を投げられて、僕は頭を抱えた。
スクリーンも放り投げた灰島が言う。
「でも、結局は苑田の心次第だろ。分かんねぇ振りばっかしてるから、こんなややこしいことになるんだろーが」
「分かんない振りとかしてないが? 僕は好きだって言われたら好きになっちゃう男だが」
「言葉にはしてないかもしれんがよぉ、見てたら分かんだろ」
「僕なんかを好きになってくれる人がいるとは思えん! ちょっとは好意的だなあ、と感じることはあったが」
ほとんどの女子は顔が良い灰島を好きになるから、そういうものだと諦めていたところはある。
僕に優しくしてくれる人も大半の最終目標は灰島だったし。
それに自らを省みても、確かに僕と灰島が並んでいたら、灰島を選んでしまうだろうな。
自分への好意を最初から除外していたがゆえに、僕は正気を保っていられたとも言う。
「しょうがねぇな」
「何か的確なアドバイスをいただけると!?」
灰島は自分のホロホでホワイトボードを立ち上げた。指先で文字を書ける優れものである。昔から変わらぬインターフェイス。
「オレが苑田にしてやれるのは、ただ一つ」
「うん」
「客観的な現実を突きつけてやることだ」
「うん。……うん?」
『そのだ』と平仮名でホワイトボードの真ん中に大きく書く灰島。
「まずはお前だ、苑田。そもそも、何でそんなに嫌がるんだ? いつもオレには僻みのお気持ちをくれるじゃないか。いざ自分が同じ立場になって狼狽えるのはどうかと思うぞ」
「ぐっ……いや、それは……悪かった。いざ自分が同じ立場になったら、現実が未だに理解できないでいるんだよな……。寝て起きたら、お前以外に友達いない朝が来るんじゃないか?」
だって入学式で出逢った美少女に迫られたり、トラブルで知り合った美人生徒会長に迫られたり、前から知っている少女がどんどん綺麗になって突然迫られたり、挙句の果てには絶世の美女に初対面で迫られるどころかキスまでされるんだぞ!?
こんな都合の良いこと、夢じゃなければ何なんだ!?
夢に違いないんだよな……。明日、起きたら、きっとまた、静かな一日が始まるはずなんだ。
灰島が訊いた。
「苑田。お前は、そんな明日が来たらいいと願ってんのか?」
「……っ」
それは……、
「……ない」
「はっきり言えよ。はっきり言わねぇとお前、自分の気持ちも分かんねえんだろ」
「来て……ほしくない」
今更、誰もいない人生になんて戻れない。
心は不可逆なんだ。こんなに楽しいと思える毎日を知ってしまったら、知らなかった時の僕にはもう戻れない。
カードに触っている時以外、この世界に存在していなかった頃の僕には、戻れない。
だから、僕が行動を起こすことで、壊してしまうのが怖い。
「昨日までの関係に戻れないかな」
「無理に決まってんだろ。もう分水嶺は過ぎてんぞ」
「ですよねぇ……」
「ったく……カードの思い切りはいいのに、人間関係は本当にヘタレだな。お前が散々羨ましがってた美人揃いだろ、好きなのを一人選べばいい」
呆れた様子で灰島が言う。全員断ってきた人はパワーが違う。
「まだ付き合うとか考えられねぇなら断わりゃいいしな。苑田はそういう関係に興味ないのか」
「いや、僕も男だ。興味はある」
じゃなきゃ迷わないだろう。
「んなら、何がイヤなんだ?」
「……僕の勘違いでなければ、三人の女性からアプローチを受けている状況だよな?」
「こいつらのメッセージを見る限り、オレの知らん四人目がいるようだが」
「そいつはとりあえず除く」
ゲームの住人だから。
「僕には三人の中から誰か一人を選べない……!」
「刺されそうだからか?」
「僕のことをこんなに好きだって伝えてくる人たちから一人なんて選べなくない? みんな好きだよ僕」
「お前、腹に分厚い雑誌いれといた方がいいぞ」
「なんで?」
僕の疑問に答えることなく、灰島が名前を丸で囲んだ。
「要は今の環境が壊れなければ、先に進むことはヨシ、と」
「でも、そんなの現実的には無理だろ?」
「全員と付き合っちゃえばいいじゃん」
ケロリとした表情で灰島は言った。
……どうやって?
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