第31話 凍れる呼吸

「同軸上の相手を魅了し、誘引する……。本当の狙いは【シャニダイン】を倒した後、その奥にいる【荒野の盗賊】の能力を縛ることだ!」


 【誘う迷いの森】に魅了されたサーヴァントは、森に向かって移動することしかできない。一度フィールドに設置された【森】は効果を終了するか、地形ごと破壊されるまではずっとそこに存在し続ける。


 アッシュのデッキは初級レベルの『プレイヤー育成ビルダー』。強化系以外の神秘が入っていることは考えにくい。

 間違いなく、別のサーヴァントが【森】に囚われる他の解除手段は取れない。

 そしてアッシュのデッキ構築はここに至って、苦しい縛りをアッシュに強いている。


 『プレイヤー育成ビルダー』。


 必ずフィールドに存在する弱点ウィークポイントを強化することで利点ストロングポイントに変えてしまおうという発想のデッキ。

 裏を返せば、ほとんどのリソースをプレイヤーの強化に割かなければならないデッキということになる。


 強化に使ったリソースが破壊された時、そこに残るのは無力なプレイヤー。そして単体では能力を発揮しきれないデッキ群。


 十中八九、アッシュの残ったデッキに【フラワリィ】と渡り合えるサーヴァントは眠っていない。

 採用されているサーヴァントの傾向から、行動力が少ない代わりに効果の底上げを成されているカードで固めている……と見た。


 アッシュが装備している【山断ちの剣】の説明を精査すると、その攻撃の射程が伸びているわけではなかった。あくまで隣接するマスに対象がいること――通常攻撃を行使できることが条件であり、その同一マスと左右2マスに範囲を拡張可能な効果。実質、前方と斜め前を含めた3マスを同時に攻撃できる強力な装備だった。


 ただし剣身が伸びることはなく、僕の首を斬るにはプレイヤー:アッシュの戦闘力は不満足。

 どちらかを満たさぬ限り、僕の勝利は確定的に明らかだった。


 懸念すべきは、ただ一点。


「……途中までは狙い通りにキメられていたのにな。付き合ってもらうぜ、最期の足掻き。泥仕合にな!」


 アッシュも『詰めろ』に空いた穴には気付いていた。


 ゆっくり、一歩、二歩と足を進め、マスを区切る青い光のラインをまたぐ。

 前列右側へ。そして中列右側へと。


 これでプレイヤーの行動力は使い切った。


 僕とアッシュは互いに視線を絡め、それから後列右にぽっかりと空いた『穴』へと向けた。


 【ワンダリング・ガーデンラビット】が掘り、使うことなくずっと設置されていた『兎穴ワンダリングホール』。


「貴様の戦闘力200を上回るサーヴァントを呼び起こせたなら、まだオレにチャンスがある。……そうだな?」

「……さて。そう思うのなら、試してみればいい」


 プレイヤーの戦闘力200を超え、かつ行動力が2以上のサーヴァントが飛び出してきて。僕のプシュケー残り5点を削ってアッシュの勝利になる。


 その可能性があることは認めよう。

 それならば。


「お前の全身全霊を以って、微かな可能性を引き絞ってみせろよ、アッシュ……ッ!」

「ォォオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!」


 刺々しい髪の毛を逆立てながらアッシュが全身の毛穴という毛穴から咆哮を撒き散らす……!


 サーヴァントに出陣させる間も与えず、カードのまま『兎穴ワンダリングホール』に叩き込んだ。

 間髪を入れずに飛び出してきた人型のサーヴァントが、プレイヤー――僕に大きく振りかぶった拳で殴りかかって来る。


 それを僕は、


「勝負、あったな」


 左腕の籠手で受け止めていた。


 通常防御ノーマルガード。差分ダメージは、無い。

 戦闘力バトルポイント100。世間話ゴシップ級【酒場の親父情報屋】。


 本来であれば戦闘に参加することのない、【荒野の盗賊】と同じ立ち位置にいるべきドロー供給源ソース


 しばし俯いていたアッシュは、両目を右手で覆い、天を仰ぐ。


「ターン……、エンド」

「僕のターン。カード、ドロー」


 形だけのドローで手札を一枚増やす。


 引いたカードを確認もせず、僕は【酒場の親父】に殴りかかり、フィールドから排除する。撃破と同時に、後列右へと移動する。


 【フラワリィ】をアッシュの背後、前列右側に移動させる。

 そして僕が立っていた後列中央に適当なサーヴァント……手札にあった【クラウディ・ガーデンラビット】を出陣させて、中列中央へと動かす。


 これで相手プレイヤー:アッシュの三方を囲った形が作れたことになる。残り一方は壁だ、マスが無い。


 『ノルニルの箱庭』において、相手プレイヤーの四方を味方サーヴァントで囲むことは、移動と出陣を封印させることと同義。


 いわゆる一種の王手、チェックメイト、詰み。


 この状態に持ち込めた時に限って申請可能な行動コマンドが存在する。申請を受けた該当のプレイヤーは手番の有無に関係なく、自分の意志でそれを選択できる。


「……悔しいが、受け入れるしか……ねぇな」


 アッシュはぽつりと呟いて、眼前に現れたその申請を受諾した。

 宙より降りてきた木片にサインが刻まれる。


 僕はその決定を見届けて。

 勝利を宣言する。


特殊行動スペシャルアクション『ヴェルザンディの木片』――アッシュ、お前の運命は定まった!」


 行動力が枯渇していても関係がない。

 対象のプレイヤーを囲んでいる全ての味方による特殊一斉攻撃スペシャルアタック


 補助AIが僕の身体を誘導する。

 流れるような動きで左腕の籠手がアッシュの尖った顎をブン殴る! 硬い風船を割ったような感触。アッシュが聞き取れない音域で獣のような悲鳴をあげた。


 続いて地面をてこてこ駆けてきた【クラウディ・ガーデンラビット】がアッシュの脛を蹴りまくる。見た目には可愛らしいが、そんな一撃でもプシュケーは削られて、アッシュの苦しみが積算されていく。


騒動蒐集家トラブルハンター、最後はド派手に頼んだ! じゃないと入れてる意味ねぇからなっ!」

「大活躍、MVP間違いなしのフラワリィさんなのですが!? 失礼なLSさんではありますが……、ご要望とあらば魅せてあげようではありませんかっ。フラワリィさんにひれ伏しなさいな!」


 そう言って【フラワリィ】は空中で軽やかに旋回した。

 纏っていた華花が淡くカラフルに輝きだす。


 独立して動き出し、輝く華花は宙を舞っては【フラワリィ】が正面にかざした手のひらの先に集う。花が集まって、また大きな花弁を形作っていく。


 何枚もの細い花弁を重ねて現れる神秘の花。


 ゆるやかに回転を始め、放つ彩鳥燐光が次第に強く、眩しく溢れていった。


 迎える臨界点――


『――――――っ』


 聞き取れぬ【トラブルハンター・フラワリィ】の言葉で、神秘の花から極彩色が迸る!

 極太のレーザーみたいな彩色の奔流はアッシュを呑み込んで、ついでに僕をも呑み込みかけて、荒野の果てへと消えていく。


 アッシュは塵も残らず消し飛んだかと思いきや、五体無事でマスに残っていた。

 ただし魂が抜けてしまったかのように白目を剥いている。


 アッシュの心魂プシュケーは『ヴェルザンディの木片』によって定められた最期の一撃ラストアタックで0と尽きた。


 僕の、勝ちだ。




  【Blessing...Freeze...】




【You Win!!!!!!!】

【プレイヤー:自称“深淵よりの来訪者”の†ブラッディアッシュ† の プシュケーが失われました】

【...Close miniature garden】

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