第30話 【トラブルハンター・フラワリィ】
宣言と同時にプシュケーが抜けていく。
痛覚低減させているとはいえ、僕のプシュケーは残り5点。未だかつて体験したことの無い痛みが神経を灼く。心臓が耳元でドラミングしているような激しい動悸を感じる。
絶対にこの対戦が終わったらさらに痛覚設定低くすることを決意しながら、呆れた様子でこちらを見下ろす妖精に訊いた。
「っっつぅ……! はぁ、はぁ……それで、数値はどれくらいだ!?」
「LSさんはせっかちさんですねえ。ご安心くださいな。2200は超えておりますよ」
妖精――改めて正式に箱庭に降り立った【フラワリィ】は、その手に五枚の神秘を従えていた。自陣の中心からフィールドを見回す。
「知ってはいたが、実際に発動しているところを見ると、壮観としか感想がないな……」
アッシュの言葉には悔しいが賛同せざるを得ない。
「【フラワリィ】もう一つの特殊能力『
六枚以上の神秘が捨て札にある場合はランダムで選択される。仮に神秘力100で発動する神秘を多用していたら、戦闘力500の雑魚妖精が生まれる可能性があるわけだ。
ちなみに、この特殊能力無しで出陣した時の基本性能は間違いなく全てのサーヴァントで最弱を競える。
何と言っても戦闘力0が猛威を振るう。生命力は辛うじて200、行動力2はあるが……戦闘力0は通常防御が意味を成さない。スターターデッキのうさぎにワンパンで潰される弱さだ。
だが、今回は高火力の神秘を捨て札に揃えられている。
「【花の妖精境:ティルナノーグ】、【山の怒り】に【誘う迷いの森】……見事に高打点を揃えてきているな……!」
「【生命回帰】の神秘力0点さえ引かなければ、上回る計算ではあった!」
この三枚だけで2100を確保する形になる。低レアで構わないから適当な神秘を引っ張ってこれれば容易に【シャニダイン】を上回る。
「こいつが出したくなかった裏のエース【フラワリィ】だ!」
「フラワリィさんの顔を見たくないとはどういうことですかあ!? 歩いてよし、眺めてよし、喋ってよしの美女に向かって礼儀がなってないのではございませんか!」
妖精の戯言を僕は無視した。うるさすぎるのだけが難点だ。
「戦闘力2700を上回れはしまい……などとは言わん。お前に時間を与えたら、必ず上回ってくる。ゆえに全力を以って、ここで潰す!」
圧倒しているように見えて、一歩踏み外せば敗北へと落ちる細い綱を渡り続けていた。終幕までの道筋がようやく繋がった。
【フラワリィ】の特殊能力『
「
「人使いが荒いですねえ! 『
「幻の二回目……! うぐおおおおおおぉぁあっっっ!!!」
装備している神秘をノータイムで発動可能な移動砲台。戦闘力の高いゴリラとしても、最大で神秘を五発連射できるダメージディーラーとしても運用可能なトリックスター。それが【トラブルハンター・フラワリィ】の本質だ。
一度リリースした神秘は再装備できずに捨て札に戻ってしまうのは残念だが。
これで【シャニダイン】と同じ戦闘力2200まで下がってしまったが、全く問題にはならない。
次の一手でやつはフィールドから退場することになるからだ。
「続いて『
「はいなぁ!」
汎用性の高い魔術系神秘。カード資産の不足している僕も当たり前に入れている。
隣接する上下左右4マスではなく、斜めも含む周囲8マスにいる相手を対象に取れるのが人気の理由。
本来、神秘はプレイヤーが発動するもので、プレイヤーが起点位置となるのだが、今回は【フラワリィ】の能力で【フラワリィ】が装備している神秘を発動する形なので、僕ではなくこの騒がしい妖精が神秘の起点となる。
中列中央に陣取る【フラワリィ】が対象に取れる相手はプレイヤー:アッシュ……そして斜め左前に位置する【天武鬼人:シャニダイン】。
「アッシュ、お前の敗因は自分で言っていた通り、テンション上がりすぎて【シャニダイン】を無駄遣いしたことだ」
仁王立ちで二度の天雷を耐えきった鬼人が、か弱い人の生み出した下級魔術たる魔力の弾塊を身に受け、ポリゴンへと崩れ去る。
アッシュをようやく指先に触れた勝利宣言でぶん殴る!
「お前の目論見は御破算だ。もらうぞ、僕がッ!」
「……ハッ、ハハハ……ハハハハハッ!!!」
高らかに放った僕の台詞を、しかし、アッシュは高笑いで打ち消す。
「……そこまで貴様に信頼されていては、何としても期待に応えなければならないな! 貴様の残り僅かなプシュケー、ちょっと撫でたら吹き飛んでしまうに違いないのだから!」
頼みの【シャニダイン】はすでに亡く、やつの前には戦闘力1900の妖精が立ちはだかる。
降参してもおかしくない状況だ。むしろプシュケーを失う痛みを考えれば、降参して然るべき状況だろう。
だが、アッシュは諦めない。微かな可能性を追って、戦いを挑んでくる。
最後の一枚を追う者に勝利の女神――ノルニルは微笑むことを知っているのだ。
僕に打てる手は全て打った。
あとは僕がアッシュのプシュケーを削り切るか、それまでにアッシュが打開の一手を見つけ出すかの勝負だ。
「ターン、エンド」
「オレのターン……ドロー! そして【荒野の盗賊】から追加ドローを買うぞ!」
序盤よりも恐ろしくプシュケーの残高が貴重な状況となったにも関わらず、アッシュは躊躇いもせずに可能性を倍にする手段を口にした。
身を切って、実を得るのであれば構わない。遮二無二勝ちに来た!
もっとも――
「――そいつは許さない」
「何……、……ッ!?」
アッシュの有利は追加ドローによる手札の増強。ひっくり返される要素を僕がそのままにしておくと思うのであれば心外だ。
ちゃんと油断せず、本気で潰している。
泡を食ったアッシュはここに来て、初めて味方のサーヴァントを確かめるべく背後を振り返った。
敵陣後列の
「まさか【誘う迷いの森】!?」
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