第29話 狂戦士の眼光と王の睥睨
「不発もなにも、お前には見えないのか? 呑まれそうなほど深い森の入り口が」
「それが強力な持続型のカードであることは認める。――けど、欲しかったのは本当にそれか、エルス?」
……望んでいたのは場面を打開する即効性の高いカードだ。
【誘う迷いの森】は間違いなく優秀な
ここで引くべきは【誘う迷いの森】ではなく、【山の怒り】しか――
「アッシュ」
「【天武鬼人:シャニダイン】の生命力は2100。もう一発【山の怒り】を引いておければ、撃破圏内におけたもんな。【山の怒り】無しでシャニダインをなんとかできると思っているなら、そいつはお門違いだろ!?」
「お前が思い違いをするのは勝手だが、それを僕に押し付けるんじゃあない」
――【山の怒り】しかありえない、と思っていたらしきアッシュの表情が凍る。
戦闘力で対抗するのが難しい【シャニダイン】。それの対抗策として僕は神秘を主体に使っている。
だが【山の怒り】のような範囲型大ダメージを持つ攻撃系
そうなると低レアの神秘で打点を稼ぐしかなくなり、
そして懸念点の一つだった【トラブルハンター・フラワリィ】はたった今、役に立ちそうにない神秘で消費してしまった。
伝説、叙事詩を使い切ったLSにもはや残る手は無し!
アッシュが脳裏に一瞬描いたであろうその思考はほとんど正しく、そして一つだけ自分に都合のよい勘違いをしている。
「【シャニダイン】の戦闘力2200は事前に確認している。対策を考えない阿呆とでも?」
本命は【ナイツ・オブ・ガーデンラビット】の
素知らぬ顔でそう嘯いてみせる。
僕もできれば取りたくないルートではあるが、他に道が無い以上は、大穴、裏のエースに頼らざるを得ない。
「さて、ネタバラシをする前に、五枚目を使っておこうか。
残っていたカードを選択すると、僕の背後、空中に何本もの浮遊する腕が出現する。
「待て! エルス、それは妖精じゃなくて幽霊だろ!?」
「ポルターガイスト現象もほとんど妖精がやってると言っても過言ではない! 【かしましき腕の群】は単純明快な能力しか持っていない。『
「ヤ、バ……ッ!」
「対象はもちろんアッシュ、お前だ。さっきからプレイヤーのくせに近いんだよ、下がりなッ!」
妖精を引いてくるカードの対象になってるからどれほど疑わしくても妖精なんだ!
背景が夜の古城だったらトラウマ間違いなしのホラー映像、顔の横を青白い腕が飛んでいく。僕も怪しいとは思っている。
だがアッシュが顔色を蒼白にしたのは、この恐ろしい光景を目の当たりにしたからではないだろう。
1マス後退すること、それ自体がアッシュにとって、とてつもない不利益を被る事態だった。
アッシュが僕の自陣中列から前列まで押し退けられて、ついに【花の妖精境:ティルナノーグ】が効果を終える。あれほど美しかった花畑が、瞬いた次の瞬間には荒野へと戻ってしまっていた。同時に役目を終えた五枚のカードが捨て札へと吸い込まれていく。
景色は戻ってしまったが、経過した時間は戻らない。
【シャニダイン】と隣り合うマスに移動させられたアッシュは唇をキツく噛んでいる。
「【誘う迷いの森】は同軸上の相手を魅了する。魅了時は指定された行動を最優先で行う……真っ直ぐ森まで歩いて来ざるを得ないわけだ、【シャニダイン】は」
「いや! 次の手番でオレが前に出て、【シャニダイン】の前に別のサーヴァントを出陣させられれば」
最もお手軽な対策がそれだ。
目的のサーヴァントが罠にハマる前に、大勢に影響しない捨て駒を先に噛ませてやれば無力化する。
大枚叩いて発動させた神秘が無駄になってしまうのだから、してやりたい対策の一つに挙がる。
ただし今回に限っては許されない。
「魅了されたサーヴァントはプレイヤーの指示を受けず、同時行動になる……お前が移動すると同時に【シャニダイン】も移動する。間に合わんさ」
「ぐぅ……っ!」
「――そもそも、お前に移動をさせるつもりもないがな」
僕は残り三枚となった手札の中から、一枚のカードを選んで右手で掲げる。
「どんだけ行動するつもりなんだ!?」
「無論、息の根を止めるまで」
「……ッ!」
「僕はこれ以上油断しない。とどめは刺せる時に、刺す」
非情にも聞こえかねない台詞に、アッシュは手札を圧縮せんとばかりに拳をギリギリと握った。
視線だけで人を射殺す、そんな熱い狂戦士の眼光を僕は真っ向から睥睨する。
冷静に、冷徹に。一分の隙をも殺し切る。
しかし、僕は動じない。
もう1ターン、圧に呑まれてここを逃せば再び逆転される可能性だってある。
運命力で負けているのに、人間力でも負けたらどこで勝つというのだ。意地でも引かん。
眼力だけで僕の一手を遅らせようとするアッシュ。
それを正面から受け止め、揺るぎなく右手を掲げる僕。
――その拮抗は、長くは続かなかった。
「フフ、ハハハ……王は……、どこで生きようが王のままか。エルス」
「カード、オープン」
ふつと目尻を緩めて呟くアッシュに応えず、僕は右手のカードを提示した。
「序盤も序盤、2ターン目に引いてからずっと使いどころを探していたカードが日の目を見るぞ。【
「死者蘇生――となると、出てくるのは当然……」
「このバカ妖精しかいない! 戻ってこい【トラブルハンター・フラワリィ】! ぐ、うぅぅぅっ!!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます