第135話 七つ星は地を転がる

 シャルノワールが差し伸べた手を取ったのは、


「何しに来たの、第一王女さま」


 抑揚のない声でそう尋ねたリッカである。


 いつの間にか王女と揉めたようで、あまり仲がよくなさそうだ。

 王女はドスッと乗せられた小さな手を落とすと、ここにいる経緯を話しだした。


「招待されているにも関わらず、いつまで経っても現れないLSを迎えに来た。それだけですわ」

「……招待、って」

「お手紙が届いていたでしょう? 開封しているのは分かっているわ」


 届いていただろうか。

 メッセージは結構中を見ないで開封済みにしてしまう。必要ならチャットで連絡が来るだろうという思い込みがあった。


 オプションメニューからメッセージを確認すると、確かにあった。


「これか……。ええと、『閉会式登壇の依頼』……で合ってますかね?」

「そうですわね。今回のファーストアニバーサリー・フェスティバルでしたか、そちらの四部門で優秀な成績を残された方をお呼びするようです。だというのに、全く、姿を現さないとはどういう了見ですの? 私、自ら名付けた貴方が出ないとあっては赤っ恥ですわ」

「全然気付いてなかった、申し訳ない」

「よろしい。大人しく貴方が付いてきてくれるのなら、遅刻については不問にします」


 イベントの総決算では各大会の優秀者を呼ぶのは理解できる。長丁場の企画だったが、最終日までやっていたのはオールプレイヤー・バトルフェスのカード大会だけだもんな。


 せっかくスプリンガーでもダンジョンタイムアタックでもそれぞれ賞金を出したのに、何の話題にもならないのでは意味がなさすぎる。

 閉会式で改めてイベントの振り返りをしつつ、色々と思い出してもらうために呼ばれるのだろう。


「それじゃ、悪いな。ちょっと行ってくる」

「むぐ……、……行ってらっしゃい」


 どことなく不満そうにしながらも、イベントの関係で呼び出されたとあっては止めるわけにもいかない、とリッカが僕の背中から離れた。

 彼女も大会では表彰台の常連だったから、対戦が終わった後も色々とあるのは分かっている。


 他の面々については、普通に行ってこいと送り出してくれた。なぜリッカは王女に噛みつくのだろうか。


「LSを少し頂戴するわね、銀の君シルバーコレクター

「あげないから」

「うふふ、怖い顔」


 そしてなぜ王女もリッカをからかうのだろうか。

 優秀なプレイヤーと見れば端から声を掛けたくなる人なのかな。それは僕が自意識過剰すぎるか。


 僕は首を傾げながら、シャルノワールと共にスタッフ以外立入禁止のエリアへと向かった。






 控室の空気は控えめに言っても最悪だった。

 僕が原因とかではない。誓って違う。


 しかしまあ、空気が悪いのは至って当然の結果だ。

 なにしろ、さっきまで勝敗を競っていた四人が揃っているのだから。


 四月開始者スプリンガーのカード大会とダンジョンタイムアタックから一人ずつ、全選手オールプレイヤー部門からはDTAダンジョンタイムアタックのランキング上位から二名、そして先程まで本戦でTop4を争っていた四人が登壇するようだ。


 人数の違いは単純に参加したプレイヤー数の違いで、やはりメインの扱いとしてはオールプレイヤー大会になるから。

 DTAから選出された人数が二名と少ないのは、ランキング上位八名のうち四名がTop4に入っているからである。残りの二名は面倒で辞退したとか。


 すなわち、僕ともう一人以外は全員因縁があるわけだ。


 特に優勝者と準優勝の二人などは今の今までバチバチに争っていたのだから、勝った方はともかく敗けた方はギスギスしても仕方がなかろう。すぐさま和やかに会話できるのは菩薩だけだ。場合によっては民主主義を採用した時のガンジー並みにキレる可能性もある。


 重い沈黙がべったりとへばりつく控室は酷く居心地が悪い。

 トイレに行く振りをして席を外そうか、なんて考えていると、知らない人が立ち上がって僕の前に来た。


「あんたがLSでいいんだよな?」


 派手な暖色のバンダナを巻いた男の子。スプリンガー部門DTAで選出されたプレイヤー、のはずだ。

 アッシュを僅差でかわして、ランキングトップで期限を終えたプレイヤー。


「ああ。そういう君は、確か……zenonさんだったか?」

「そうだ。『triangle power』に所属しているzenonゼノンと言う、よろしく」


 握手を要求されたのでそれには対応をしておく。


 挨拶をして、返すことは、お互いの持っている常識が同じである、そういうことを認識するための儀式だと読んだことがある。

 話が通じる相手だと示し合うことで意思の疎通を図るのだ。


「それで、どういったご用事で? こんな雰囲気だから、重くなる話題ならお断りしたいところだが」

「いや、おれもこんな空気で切り出したくはなかったが、ここを逃したらそんな機会もないかもしれんと思ってな。諸先輩方から厳命されていることがあって、話しかけさせてもらった」


 zenonは手元でオプションメニューを操作した。

 [リリン]とシステムサウンドが響く。眼の前に現れたスクリーンには『ギルド『triangle power』から加入申請が届いています』のメッセージ。


「端的に伝えるが、うちのギルド『triangle power』に入らないか? 言ってはなんだが、トップギルドの一つだからLSにもメリットはあるはずだ」


 こういう話も僕は苦手だ。断るのが気まずいから。


 集団行動は基本的に向いていない人間なのだ、僕は。

 六人もの集団で動けている現在は……というか、僕が主体で集めた面子でもないから、まとまれているのは当たり前に奇跡だ。


 どうやって断ったものか。

 口の開き方に悩んだ一瞬、


「聞き捨てならないわ! トリパがトップギルドなら我が『恋依神社』は何になるの、神か!? 神よね! 崇めなさいっ!」


 甲高くて耳の痛くなりそうな鼓膜破壊環境トップのボイスが飛んできた。

 Top2の恋々恋依、重圧を生み出していた一角が会話に参戦してきた。


「随分と弱い神だったな」


 それを鼻で笑うのがTop1、優勝者のジンである。


「ワンマンのパワハラギルドに入るくらいなら、『イホウジン』にでも入ったらどうだ。ガチガチのバトルギルドだ。トップの環境で練習できるぞ」

「あんたのギルド、借りてる部屋の外まで汗臭いのよ! ゲームの中でまで漢臭いなんてやめてよね!?」

「筋肉はあらゆる問題を解決する。恋依、お前は結局勝ててないぞ」

「ジンんんんー……!!! それを言ったら……ッ! 戦争だろうが……ッッッ!!!」


 仲良く喧嘩を始めたTopの二名を見て、zenonは大きく肩を竦めた。

 掴みかかって床を転がるこの二人がトップなのか……。

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