第220話 燕転花

 【飛燕スワローシューター】に弱点を一つ設定するとしたら。


「僕はてっきり射線だと思ったんだがな……!」


 フルナの言葉を信じるならば、【飛燕】は6×3マスのフィールド全領域に手が届くとんでも兵器だ。

 使用料金についてもめん玉飛び出るような高コストではなく、鼻をほじるような感覚で気軽に使えるかなり実用的なパフォーマンス。


 実用的すぎる、と言っても過言ではない。神秘力と手札一枚だけで多数のサーヴァントを一撃破壊できるのは、あまりにも便利すぎる。

 その便利さの代償が何かしら設定されているはずだと踏んだ。


 それは射線。


 【飛燕】を装着したフルナと標的は直線で結ばれている必要がある。遮蔽があれば、射撃を抑制できると考えた。


 現状ではおそらく最も破壊したいのは【ラビッツロック:マジカルギター】であるはずだ。行動力拡張能力は単純に強い。

 中央最後列に出陣させたのが功を奏して、間にはプレイヤーカードたる僕と【グレムリン】、さらに今フルナが出陣させたばかりの【空転虫】がいる。


 貴重なフィールド変容カードをこんな短時間で処理するとは考えにくい――


「だってのに、躊躇いなく撃ちやがって! 普通のクロスボウは真っ直ぐしか飛ばないだろうが!」

「お生憎様! 確かに【飛燕】はクロスボウみたいな見た目をしているし、高速で飛翔する燕弾は直角に曲がったりしないけれど!」


 放たれた燕型の光弾は風を切って舞い上がる。

 空を縦に裂いた後、くるりと回ってヒュウンと音を置き去りにして天空より滑り落ちてきた。


 フルナより前方。中央前列、【空転虫】へと向かって。


「――『天空』に棲む飛行生物たちが、低視点の襲撃を避けられないとでも?」


 『天空』を転がる【空転虫】の下を【飛燕】の光弾がすり抜けていく。


「飛行属性を持つサーヴァントは対戦中に一度だけ【飛燕】の対象から外れる……【空転虫】と【グレムリン】をすり抜けて、耳障りな【ラビッツロック】の片割れを破壊させてもらうわ! 2マスも離れていれば斜め射線をエルス自身が妨害することはできない!」


 狙いは【ドラム】か!


 【ラビッツロック】は複数運用による相乗効果で真価を発揮する。失うと一番痛いのは【マジカルギター】だが、【ドラム】を失っても両足をもがれたに近しい。ま、すでに片腕は撃ち抜かれて、頭は出陣すらしていないんですけどね。


 弾丸の射線が正確な直線であることは現実やFPSであれば喜ばしいのだろうが、移動に制限のあるノル箱においては確かに泣き所として作用している。


 この場では飛行属性を持たず、生命力の代わりにプシュケーで受けられるプレイヤー:僕が遮蔽としてもっとも高適性だ。というか自動的に遮蔽となってしまうのだから、フルナとしては避けて通るのが当然だった。


 【偽星地雷スターマイン】の解除に動かなかったのは【鏡写しの拘束着ミラージュ・コロイド】の時間稼ぎが主体的要因だろうけども、僕というお邪魔虫が安全を取って後退するのが都合良かったからかもしれない。


 都合が良かったと言えば……、


「待て、……どうして君が勝手に【陰鬱なグリムグレムリン】の行動を決めるんだ? 僕のサーヴァントだぞ」

「【空転虫】による『スカイ・クローラー』、飛行属性を付与する効果は敵味方関係なく四方マスに与えられるの。飛行属性のサーヴァントは【飛燕】の対象からはと言ったわ!」


 そこだ。僕は唾を呑んだ。

 わずかな綻びを捉えた――!


「違うんじゃないかッ? 厳密な効果は『一度だけ対象から外れ“られ”る』だったりするんじゃあないのか!?」

「っ……ちょっとした言い方の違いではないかしら。言葉尻をすくうのが好きなあなたらしい物言い。発言をこねくりまわしたところで、虹色粘体コロイドに拘束されたエルスに出来ることはない。単なる遅延行為に過ぎないわ!」


 出来の悪い生徒に言い含めるかのようなフルナの態度。


 いや、これは質の悪い大人が言いくるめようとしている言動だ。

 過去数々の対戦で、口八丁手八丁を弄してテキストを誤魔化そうとしたいけない大人たちを思い出してしまった。


 こんな小賢しいところまでは覚えなくても良かったのに。思わず苦笑が漏れる。


「ハハ……ちょっとした違いではないから僕は確認したし、フルナ――君も大した違いだと認識しているから言葉をちょろまかしたんだろ!」


 確かに僕は今、気味の悪い粘体コロイドに包まれて身動きのできない美少女になってしまっている。

 だが、それとこれとは話が別だ。


 自らのサーヴァントに対する判定を判断するのに、行動制限効果は思考と意思にまでは及ばない!

 ……か、どうかは半ば賭けだったが、状況からして僕は賭けに勝ったようだ。


 【飛燕】の光弾は【グレムリン】の脇をすり抜ける……直前で静止している。


 僕の意図を含んだ『待て』というゲームコマンドが差し挟まれた結果、その判断を待っている。逆に言えばコマンドを差し挟む余地のある状況なのだ。

 すでに出陣しているサーヴァントにまで効果が波及する影響力を、この美少女変態粘体コロイドは所持していない!


 とはいえ、無限に落ち着いて考えられるほどの時間を待ってくれるワケではなかった。


 ピタリ、静止しているように見えるが、実のところ、じりじりと時間は進んでいる。プレイヤーを除くフィールドの全てがハイパースローモーションになっただけで、分水嶺を超える前に判断しなければ判定を止めた意味が無くなってしまう。


「勢いで判断を飛ばさせようとするのは僕の常套手段だ。師匠として見逃すわけにはいかないな」

「……あなたの言い分を解釈すると、自動的に『対象から外れる』のでなければ【グレムリン】で【飛燕】を止めたいというように聞こえるわね。どちらにせよ自分のサーヴァントが倒されるのに変わりはないけれど、それほど【ラビッツロック】が大事なのかしら」

「いやあ、わざわざ射線を阻害するつもりで置いた遮蔽なんだから、むざむざと後衛まで攻撃を通すはずがないだろ?」

「やっぱり……。その【グレムリン】は後列を守るためにわざと前に出したのね!」


 単体高火力攻撃をこなす【飛燕】の重大な欠陥。


 それは弱点たる単調な射線を予想して置かれた遮蔽を避けられなかった時、どんなクソ雑魚カードが相手だったとしても全ての威力を吸われてしまうことだ。

 【陰鬱なグリムグレムリン】のような戦闘力と生命力の合計が500に満たない低能力カードだろうと、そこにいてくれれば過剰な火力を放散してくれる高機能使い捨てシールドに早変わりする。


「回避可能だと教えてくださったのに恐縮だが――【陰鬱なグリムグレムリン】は【飛燕スワローシューター】を回避しない! 役目を果たしてもらおう!」


 宣言と共に時間が動き出す。


 すれ違いかけた燕の進路へと飛び出す、鬱々とした表情の【グレムリン】。

 むしろ迎え入れるようにして、胸の内へと燕を呼び込み。貫かれた背中から異常な量のポリゴンが弾けた。


「お望み通りに【グレムリン】は破壊されたけど、本当に良かったのかしら。これでエルスの正面は無条件で私のものよ?」


 カツン、と空を蹴ってフルナが煽る。


 それに応えるのであれば、もちろん「良かった」の一言以外にないだろう。


「倒してもらうために遮蔽として置いたんだから、良いタイミングで破壊してくれて礼を言いたいくらいさ。強制回避だったらむしろ困っていたから助かったよ」

「なんですって……?」


 どうせ破壊されるために出陣させるのなら、一度で二つ美味しいカードを置いておきたいのが人情だ。


「【陰鬱なグリムグレムリン】には生命力を全損した時、隠匿が剥がれて公開される特殊能力があってな。……時に、一般的にグレムリンがどんな妖精として語られているかはもちろん博識なフルナ女史ならばご存知であらせられますかね?」

「…………機械にいたずらをする、あるいは狂わせる、比較的新しい時代に産まれた――まさか!?」


 フルナが飛び退り、足元に視線を落とす。


 制御を失い、暴走した【偽星地雷スターマイン】が球形に膨らむ。

 無音の抵抗。一瞬の拮抗。偽星の反抗。

 直後、『天空』に華やかな神秘の花スターマインが咲いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る