第43話 巻きでわからせた

「……基本的には期待値とかデッキ状況、相手の手札を鑑みてになるけど『ノルンの憂い』で手札を交換してみようか。今のフルナのデッキだと中身はほとんどサーヴァントだし、この手札を捨てても特に問題はないと思う」

「えっ、スタックできるのにしないの?」


 イクハが口を挟む。後ろから耳をくすぐるようにかすめる声がこそばゆい。


「スタックさせる価値があまり無い状況だから。出陣の権利は1ターンに一回しかもらえないんだから的確に使っていきたい」

「楽しいのに……」

「それは分かるけど、溜めに溜めて、重要な場面で主力をスタックさせる時が一番気持ちいいぞ」


 大きく戦闘力と増大させる効果だから、なんとか戦闘力で上回って反撃だとか言っている相手の眼の前でスタックさせると、相手の顔色があからさまに悪くなるのでめちゃくちゃに楽しい。

 性格が悪いと言われかねないが、相手の思惑を外して喜ぶのはカードゲーマーの性だ。


「わざわざ2ターンを使って戦闘力バトルポイント600を準備するより、最初から600持ってるサーヴァントを引いてくる方がコストパフォーマンスが良いんだよ。特にウルズフェイズではノーリスクで手札を総入れ替えできるんだから、積極的に使うべき」

「私の手札が『歩』六枚だから、『金』『銀』を引き込む可能性に賭けるべきということね。新たに『歩』が六枚来ても、実質内容に変わりはないのだから交換得になると」

「今後、デッキが強くなったらまた状況も変わるだろうけど、今より良い手札になる期待値が高いなら利用していきたいところだ」


 どうしても捨てにくいカードが手元に来たのなら保持しておかねばなるまい。


 僕で言えば【花の妖精境:ティルナノーグ】を初手で引き込んだのなら、他の手札が悪くても交換しにくい。

 神秘力が1000点と発動にはかなりの労力が必要なので、あがいても発動には至らないと思ったら迷いなく捨てられるのだが、その判断は序盤だと難しい。結局、手札に死蔵したまま沈んでいく、死に札として持ちがちだ。


「納得したわ。それでは『ノルンの憂い』を使用、手札を全交換するわね」


 本来ならここで仰々しい演出が入るが、設定で演出スキップを入れてある。ガチ対戦ならともかく、色々教えながらやるのに演出が入ると邪魔だからな。

 フルナの手札が明滅したかと思えば、またたく間に様変わりしていた。


 改めて覗き込むと、あまり代わり映えはしないものの、二枚ほど戦闘力高めのサーヴァントが補充されている。


「いいね、この二枚を基軸に展開していこうか」

「どちらから出した方がいいとかあるのかしら」

「そこはカードとか戦略次第だな。フルナの場合、このデッキだとサーヴァントを出して、前に進めて相手を囲んで殴る。これが基本戦略になる……というか、それしか出来ないからどっちからでもいいよ。どっちも大差がない」


 スターターデッキの宿命。

 特殊能力を持つサーヴァントがほとんど入っていないので、できることが限られている。

 それはそれで分かりやすくて良いのかもしれん。囲って棒で叩くと人は死んでしまうことを教えてくれる。


「今後のために教えておくと、真っ先に準備したいのはドロー供給源ソース。手札を増やすことで選択肢に幅を持たせる、それと狙いのカードを引く可能性を高める意味でも必須だね。可能な限り序盤で用意したいけど、中盤から終盤まで役に立つ」

「山札の中から好きなカードを選べるやつがあるけど、そういうやつのこと?」

「そういうのは探知サーチって呼ばれてて、対戦ではそれも必須のカードだね。引きたいカードを引きたい時に引いてくるのは、一種の最強と言っても過言じゃない能力だから」


 イクハの疑問に答えてやると「なるほど~」と頷いていた。好きなカードを選べるやつ、僕が欲しいくらいだ。羨ましい。


「あとウルズフェイズでは壁になるサーヴァントか、主力として戦えるサーヴァントのどちらかを用意したいね」

「戦えるサーヴァントは理解できるけれど、壁になるというのは? どちらにせよ戦うことになると思うけど」

「主力は相手のサーヴァントを倒して、相手プレイヤーにまで肉薄する想定ができるサーヴァント。壁になるのは本当に時間稼ぎだね。ターンを稼ぎたい時とかに生命力ライフガードとか行動力の多いサーヴァントを置いて、隣接されないようにするわけ」

「……文字通り、壁になるのね。大駒の脇に置く『歩』みたいなもの」


 明確に種類分けされてはいないのだが、非公式にサーヴァントはおよそ三種類に区分けされている。


 アタッカー、ディフェンダー、サポート。


 敵陣に攻め入り生命力やプシュケーを削るのが得意な攻撃役アタッカー

 怒涛の攻撃を受け切り、あるいは遅延行動で陣地を守護する防御役ディフェンダー

 それらに属さず、手札や味方の増強、陣地に影響を与える支援役サポーター


 適正が存在するのは明らかなので、それっぽいカードをそれっぽい役割で言い習わしている。


「しばらくはアタッカーで攻撃しに行って、ディフェンダーでプレイヤーを守って、サポーターで色々な支援を受ける。そういう認識で構わないかな」

「しばらく?」

「役割でカードの行動を縛るのはもったいないから。防御役ディフェンダーだろうが支援役サポーターだろうが、時と場合によってはプシュケーを削り切る重要なラストアタッカーになってもらう必要があるものさ」


 無職のプレイヤーなんか戦闘力は200しかないのだ。

 300も戦闘力を持つサーヴァントならアタッカーでなくとも、十分に役目を果たせる。


「将棋でも状況さえ許せば『歩』が『と金』となって王を詰めるだろう。要はどんなカードも使い方次第さ……今はカードの動きとかを覚えてもらうために有用だって話な」


 前に一歩しか進めぬ雑兵たる『歩』も敵陣にまで到達すれば、一気に二階級特進して前後左右斜め前に動ける『金』にまで成り上がれるのだ。

 元が『歩』だけに気軽に使い捨てられる、便利な仮の大駒だ。例え仮でも、使い捨てだとしても、その能力に欠損は無い。立派に役目を果たすことであろう。


 もっとも値千金の働きをするには駒の能力は当然だが、それが最も刺さる立ち位置や状況に持ち込む用意が要る。


「分かったわ」


 僕の説明に片手で口元を隠して考え込んでいたフルナがおもむろにそう言った。

 彼女の「分かった」はあまり信用ならないが、何が本当に「分かった」のか?


「主力とはつまり追い込み役ね。確かに、追い込み役は脅威に思ってもらわないと、予定通りに動いてもらえないものね。やり方が少し分かってきた気がするわ」

「本当に分かってる……」


 強力なサーヴァントは存在するだけで場を支配する。

 その『強力なサーヴァント』という道具を巧みに操り、相手にやりたいことをやらせないようコントロールするのが、勝ち目を出しやすいと僕は思っている。


 相手にやりたいことをやらせると、最終的には運命力の勝負になりがちで、そこは僕の不利なフィールドだからだ。

 灰島との対戦時も細い細い蜘蛛の糸を手繰り寄せるのが非常に大変だった。


 よって僕としては運の要素が絡みにくい戦略を使っていくのを勧めたいところだ。プレイングの技術を磨くことで勝率を上げていける部分なので。


 ……まあ、強いプレイヤーは僕がどんなに運を排除しようとしても、戦略及ばぬ運命力のせめぎ合いにまで寄せてくるのだが。


「その辺まで分かったら、とりあえずは十分かな。プレイ中、僕からは何も言わないようにするから、質問があったら訊いてくれ」

「分かったわ。質問するまでもなく勝ってみせるから!」




 ――この後、わらわらと出陣したサーヴァントを【山の怒り】で焼き払い、手の回らなくなったフルナをサーヴァントで囲んで叩いて勝利した。

 神秘ミスティックの恐ろしさを実地で体験できて良かったな。

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