第44話 ボコられた生徒会長はお怒りです。

 完全没入ホロダイブから離脱し、私はイヤーカフ型の端末を外してサイドボードに置いた。

 これで間違っても外部に露見することはない。


 すうぅ……と大きく息を吸って、


「ああああああああああああムカつくううううううううううううっっっ!!!!!!!」


 枕に顔を押し付けて溜め込んだイライラを吐き出す。


「何が『神秘の恐ろしさは分かったかと思いますが』よ!!! ふざけやがってえええええ!!!!」


 仏頂面で弱そうなサーヴァントばっかり出して、盤面を私のサーヴァントで埋め尽くしたところまでは良い。私が初心者だから花を持たせてくれるつもりなのかと思ったぐらいだ。


 許せないのはその直後、私の感謝を嘲笑うが如く、知らない技で頑張って揃えたサーヴァントを一掃されたことだ。

 どこからどう見ても舐めプレイってやつに違いない。


「許せない……っ! 私を舐め腐りおって……!!!」


 この無地鳴満輝みつき、対戦ゲーで舐めプ、煽り、お気持ちメールをもらうのが一番嫌いなのだ。

 自分でやるのは好きだが、やられるのは大嫌い。やられたらやり返すまで粘着してやるのが信条だ。


 内申のために生徒会に入ったら、いつの間にやら会長を押し付けられていて、ストレスが半端ない。抑圧された感情をぶつけるはずのゲーム内でも煽られてしまえば、現実がどうなってしまうか分からない。


 早急にあのにっくきプレイヤー、苑田ロウをブチのめす必要がある。


 ひとしきり枕に向かって喚いたところで頭が冷えてくる。


「……面白半分につついて藪蛇を出した感じは否めないけども。あの子、めちゃくちゃ性格悪いよお……」


 そして性格が悪いやつはゲームが強いんだ。よく知っている。

 なぜなら私がそうだからである。


 苑田ロウには伝統的ボードゲームしかやらないなどと嘯いたが、私は重度のFPS人を撃つのが好きなゲーマーだ。他者をおちょくり、銃弾をぶち込むことに快感を得ている。


 他のジャンルにも多少なりとも触れており、おおよそ共通する事項が一つある。


 他者の嫌がることを進んで実行できるプレイヤーが強い、その事実だ。

 つまり、強いプレイヤーの大半は性格が悪い。偏見もある。


「はあー……ちょっかい出す相手を間違えたかな……」


 私はこうなった原因を思い返して呟く。


 苑田ロウと知り合ったのはちょっとした事故がきっかけだ。あの時、英和辞書がつるりと行かなければ、こんなことにはなっていなかったはず。


 何メートルも上の階から落としてしまった辞書が彼の脳天に直撃してしまった。この時はさすがに血の気が引いた。殺人……、刑務所で青春を浪費……、払いきれない慰謝料……。視界がぐにゃりと曲がったことを覚えている。

 改めて考えると、とっさに自分のことしか考えていなくて性格の悪さが滲み出ている……。


 幸いにも大事には至らなかった、その安堵から気を緩めすぎてしまったのが失敗だった。

 手を滑らせた私に瑕疵はあるのだけれど、人生でこれほど焦らされたことは始めてだ。同じくらい焦らせてしまえ、と疼いた虫が良くなかった。


「なぜ私は『どれみみ』の会長を真似してしまったんだ……あああああ……」


 最近プレイしていたく心に残った美少女ゲームがある。『どれいの耳はロバのみみ?』というタイトルで、学園調教系のよくある恋愛アドベンチャーゲームだ。

 ヒロインの一人に、生徒会長でメガネをかけていて、と私と似ている属性のキャラがいて。夏冬の大祭ではコスプレまで視野に入れるほど感情移入してしまっている。


 学園というからには当然、保健室が舞台のシーンもあり。

 苑田ロウの終始控えめ、人の目を見ない様子を、つい主人公と重ねてしまった。


 気付けばシーン再現欲が抑えられずに奴隷宣言プロポーズしていた。


 ハッとした瞬間には知らない他のヒロインが突然現れ、私と競るように「婚約者」などとのたまうものだから、ついつい張り合って引くに引けなくなるまでいくところであった。


 彼がまだ性的消費時空に囚われていなくて助かった。

 もしも理解のある彼だったら今頃、目も当てられないほど最短で堕落の坂道を駆け下りていただろう。危なかった。


 その後、話を軟着陸させるために『ノルニルの箱庭』をやることになったのはご愛敬。


 いいのだ、それは。

 興味あったし。


 それから、ちゃんと言葉通り、苑田ロウは始めたてのプレイヤーが受けるべきクエストとか、どういうカードが強いとか、役に立つ攻略サイトとかをきちんと教えてくれた。


 だがしかし、初心者を良い気分にさせておいて強いカードでバーン! とやるのは違うだろうが……!


「確かに多少煽り文句は言ったかもしれないけど……! ちょっとしたお茶目じゃない……っ!」


 自分の言動は棚に上げておく。普段プレイしているFPSで放つ言葉よりだいぶ柔らかいはずなので。


 しかも、しかもだ。

 この苑田ロウとかいう男。


 私の後に指導した仲出勢には、普通に弱そうなサーヴァントとか出して勝ちを献上している!


「どうして私をブチのめして、あの女の子には優しくするの……!?」


 あからさまなえこひいき!

 銀髪がいいのか!? それとも盛り過ぎた胸か!?

 日本人の緑なす黒髪たる私もひいきしろ!


「というか、どう考えてもあの女の子より私の方が後から始めてるんだから、私の方を手厚く接するべきでしょうが!」


 最後に組まれていたイクハとの対戦も当たり前のように負けた。


 デッキパワーは同じくらいとか言っていたが、そんなの大嘘だ。じゃなきゃ最初の3ターンで戦闘力3000なんてバケモノが生まれるはずない。百枚フルデッキで主力のカードを三枚引いてくるのはなんなの!


 ちょろっとやっただけの時点で二人に勝ってみせて「わぁー、すごい!」「めっちゃ強い!」と言われたかっただけなのに、伸びた鼻をポッキリ折られて惨めな想いをしている。なんて考えが真っ先に出てくる自分が惨めだ。


「はぁ…………」


 大きく溜め息を吐いた私は凹まされたメンタルを癒やすべく、違うゲームをやるかと気分を変える。


 銃弾を放った時のリコイルショックと硝煙の臭いだけが私の心を補修してくれる。やさぐれた戦士たちの汚物ボイスをおかずに雑魚を見下して、世界への優位性を取り戻さなければ平静の均衡が保てない。


 ……二人はまだ一緒にノル箱をやっているのだろうか。


「くそ……くそう……。私がいるのに横でいちゃいちゃしやがって……」


 余計なことまで思い出してしまった。隣でスキンシップやら耳元への囁きやら、いちゃいちゃと触れ合いやがって……!


 私が辿ってきたこの歳に至るまでのゲーム遍歴は、男女交際を始めとする交流を著しく遠ざけてしまっていた。


 立ち位置が下の相手にはマウント取りに行きがちだし、上の相手には覆るまで粘着してしまう。そしてプレイ中の口は長年の育んできた汚物ワードに染まっている。

 さらには性的嗜好も歪んでしまった自覚がある。


 これでまともな交流は望むべくもない。


 せめて生徒会に所属中は、イメージだけでも守ろう、下手な口を利かぬようにとしてきたのに。二年の最初から暗礁に乗り上げるなんて聞いていない。


 本音を言えば、私だっていちゃいちゃ青春したい。高校生じゃなきゃ味わえない甘酸っぱいアレコレをやりたい気持ちはある。

 どこかに自分をさらけ出せる相手はいないものか……。


「……もう寝よ」


 別の意味でも心を傷付けてしまった私は、新たな怪我をする前にベッドに潜り込んだ。

 粘着するのは明日からにしよう。

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