第45話 待望のウィークが来る

 ゴールデンウィーク、黄金週間、長期連休。


 中日の平日を潰せばとても長いお休みができますぜ、と言われている全日本国民待望の四月末がやってきた。

 残念ながら平日の登校はなくならないのだが、それを鑑みても遊ぶには十分なお休み日数である。


 クラスメイトがあちこちで「何してあそぶー?」「あそこいきたーい、新しくできたショッピングセンター」「カラオケいこーよ」「カラダ動かしたいなー」などと楽しそうに予定を決めている。


 それを尻目に、僕はホロホで重大告知を眺めていた。


「なるほどな……」

「何がなるほど?」


 見入っている内に、気が付けば真横に清楚な風味のある少女が立っていた。

 伊玖である。毛先を指でいじりながら小首を傾げている。ここ最近、いつも気付けば横に立っている気がする。


 僕はスクリーンを可視化して、彼女にも話題の告知を見えるようにした。


「ほら、ノル箱の一周年イベントが発表されたんだよ」

「わ……! 大会やるんだ!」


 ゴールデンウィークを目前にして、ついに周年イベントの告知が来たのだ。まさに狙い通り。

 その中の目玉が、伊玖の挙げている公式大会になる。


 一瞬だけ盛り上がった伊玖だったが、そのすぐ後にトーンダウンしてぼやく。


「でも大会ってことは、強い人がたくさん出てくるんだよね。わたしの出る幕はないかも……観戦はできるのかな?」

「いや、今回は君も参加してみればいいんじゃないか。初心者におあつらえ向きの大会みたいだからな」


 ページをスクロールさせて要綱を拡大する。


 参加資格の項目が二つに別れており、明確に「今年の四月から始めたプレイヤー」と「他」に区別されていた。「他」は全プレイヤー対象が正しく、自信があるなら四月スプリングプレイヤーもそちらにエントリーできる。


「カードゲームが上手いか下手かはさておき、カード資産は同じくらいに整えてくれるそうだ。これなら伊玖も参加しやすいだろう」

「……ちなみに、ロウくんはどっちに参加するの?」

「僕は初心者大会の方にする。全プレイヤー大会に出たいのは山々なんだが、種目的にやれそうにないからな」


 大会はプレイ歴の他に、種目分けもされていた。


 ノル箱は大きく分けて二つの遊び方ができる。

 純粋なカードゲームとダンジョンの攻略だ。例えば僕はカードゲーム……ランクマッチをメインで遊んでいるし、灰島ならダンジョンを制覇せんぐらいの勢いで踏破している。


 そして、今回の大会におけるこの二つは少しばかり遊び方が違っているのだ。


 ダンジョンの方は、攻略速度を競うタイムアタックが種目に挙げられており、正直全くタイムを短くできる気がしていない。僕の足の遅さは別格だ。


 ゲームのシステム的な補正が受けられるならともかく、自分がイメージする素のフィジカルを参考にしているこのゲームで、身体能力が必要な項目にはどうあがいてもクソザコナメクジの僕は勝ち目がなかった。

 一応、職業とかで戦士だったりすると、その辺りも多少の補正がもらえるそうだが、僕には全く関係のない話だ。森の奥に引きこもっていそうな素養と無職ではねえ。


 全プレイヤーの方はカードゲーム大会とタイムアタック、両種目の合計で順位を出すそうなので選びようがないのが実情である。


 そこへ来ると、初心者大会の方は部門に分かれていてそれぞれで計数してくれるらしいので、じゃあそちらだなとなる。


 運営も始めたばかりのプレイヤーが両方を満足にこなせるとは思っていないのだろう。ダンジョンは一か月で遊びきれるほど底の浅いコンテンツではない。対戦は言わずもがな、だ。


「伊玖は出るならどっちにするつもりなんだ。君がどこまでやり込んでいるかは聞いてないが、出場を迷うくらいにはやっているんだろう?」

「……ロウくんはカードバトル大会の方だよね」

「当然、そうなるな。タイムアタックはナメクジより遅い可能性まである」


 百メートルを二十秒で走るこの健脚、すでに衰えるばかりゆえに。……少しは運動しないとマズいな。こないだの運動能力テストは最悪の結果だったし。


 ううん……、と少しばかり考え込んで、それから伊玖は顔を上げた。


「決めた。わたしもバトル大会に出る!」

「ほう。わざわざ僕の出る方を選んだ、ということは宣戦布告か? いいだろう、受けて立つ」

「そうだよ! ロウくんに勝つ気持ちでやる!」


 冗談のつもりで飛ばした台詞に、爛々と瞳に満々のやる気を漲らせて伊玖が拳を握る。


「ふむ……、そうか」

「……怒った?」

「別に怒ってはいないが。どうした急に」


 顔色をうかがう伊玖に、きょとんとして返す。


 彼女は両の手の指先を遊ばせながら、


「だって、ほら、ロウくんと違って、わたしは本当にカードゲームの素人でしょ。そんなのが勝負を挑むなんて……」

「いいや、望むところだ」


 僕がニヤリと笑って言うと、今度は伊玖が目を丸くしていた。


「対戦には相手が必要だからな。遊んでくれる、って言うならありがたがっても疎むことなんかないさ。ただ――」

「……ただ?」

「大会で挑まれたのなら、僕は手加減できない。全力で仕留めにいくから覚悟しておいて」


 デッキの仕上がりを確認するための練習試合テストマッチなら、僕も負けることを許容するし、伊玖みたいな初心者に自信を付けさせるためにワザと負けたりもしてあげられる。……生意気な初心者相手にはわからせてやらねばなるまいが。


 けれども大会、特に運営公式が直々に開くようなビッグマッチでは、仏陀の如く寛容なさすがの僕も譲れはしない。

 もしも道の途上で出逢ったのならば、そのプシュケーが失くなるまで殴るのを止めないだろう。


 僕の威容に気圧されたのか、伊玖は腰を引き、


「…………っ、こ、こっちこそ望むところ! ロウくんに消えない傷を付けてあげるんだから!」


 空元気で胸を張り、ドンと大言で宣戦布告してきた。


 力量の差も分からないのにがむしゃらに挑んでくる……その様子は僕の気分をアゲるのに十分な気概だ。


「いいね、それなら予選を抜けて、本戦で逢いたいところだ。僕も本戦を最後まで勝ち抜けるように頑張る。伊玖も僕に逢うまで負けるなよ」

「うんっ!」


 燻ぶる火種をそう煽ると、伊玖はキリリと眉間を険しくして力強く頷いた。

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