第42話 ノルニルの箱庭、その本質
お互いに競い合う対戦ゲームにおいて絶対に発生するのが勝敗であり、モチベーションやトラブルの有無に強く関わる。
勝ちと負けが存在するのであれば、どのようなゲームであれ勝ちたいと思うのが普通だろう。そして実際に勝ちを重ねていく時間が最も楽しい瞬間の一つと言っても過言ではない。なお、最も楽しい瞬間は複数在るとする。
負けが混むと楽しくないし、やる気も失われがちだ。負けん気が強いなら逆境をバネに跳ねるかもしれないが、そんなのはまだ全然先の話でいい。
真っ先に哲学について叩きこんでおくことで勝ち方を理解してもらう。
僕に指導を受けるのであれば、勝つべくして勝つ。その思考を持ってもらいたい。
デッキ構築の試行錯誤、カードをめくる高揚感、プレイすることの楽しさ、相手との交流で生まれるライブ感……もちろんそういったものを否定するつもりはないし、むしろ僕はそれらこそが醍醐味だと思う肯定派だ。
ただし貧運の人間は勝ち方に自由がない。全部楽しんだ上で勝つのが、カードゲームの満漢全席。全てを楽しむためにはシビアな一面も頭に入れなければ。
『ノルニルの箱庭』という規則。その本質。
「ノル箱における対戦とはつまるところ、相手プレイヤーをフィールドから追い出すゲームだ」
「えっ? そんな勝ち方あったっけ? プシュケーを失くすんでしょ?」
イクハが僕の台詞に疑問で返す。
どうやら彼女はきちんとルールについてお勉強しているようだ。
一方、勉強を始めたばかりのフルナは僕の言葉をしばし咀嚼し、それから頷く。
「分かったわ」
「……本当に?」
疑わしい。
澄まし顔で返しているところが特に。
「相手のプレイヤーが行動できない状況を作るゲームということよね? 一応ルールを確認してきたけれど、勝敗の条件は全てプレイヤー起因だったもの」
「ちょっと違うけど大体合ってる……」
メガネの期待通り頭脳派なところを披露してくれるじゃないか。先日の残念さを盛り返してきた。
「イクハの言うようにプシュケーを20点全部削るのも勝ちの手段だ。でもこれ厳密には、プレイヤーがプシュケーを20点喪失すると力を失い、捨て札に行く。つまりフィールド上にプレイヤーがいなくなるから、勝敗が決まるんだと思う」
規則に記載されている勝敗決めのテキストは、そこの因果を簡略化、省略しているだけに過ぎない。
「つまり僕の見解になるが『ノルニルの箱庭』では最終的な目標として、いかに相手プレイヤーをフィールド上から排除するかを考えていく。勝利条件はあくまでそのための手段として捉えてくれ」
「む、難しいよー……」
いつの間にか隣に立って頭から煙を噴いているイクハが呟く。そんなエフェクトあるの?
「簡単にすると、どういうプレイをしたら勝ちに繋がるのかを考えて、極力無駄な行動を無くそう、って話だよ。例えば、相手プレイヤーに接近できるのに、倒せそうなサーヴァントがいるからってそっちを倒しに行ったりしてないか?」
「してる!」
「どうして?」
「倒せそうだから!」
僕はピコピコハンマー型アクセサリをインベントリから取り出して、イクハの頭をピコン!とした。
「いたい!」
「サーヴァントを倒してもプレイヤーには傷一つ付かないの。倒すべきは倒して、当座は無視して別の行動をすべきかどうかをよく考えて。このように脳死で己の内なる欲望に釣られてはなりません。よろしいか?」
「あら。分かりました、LS先生」
おどけて言うと、フルナもわずかにきょとんとしてから、ころころと笑いながらかしこまって答えた。くそ、可愛いじゃねえか。僕は自然な動作を装って胸を押さえた。小さい子に先生と呼ばれるのは打点が高い。
「むぐ……わたしのカワイイなのに……!」
ぼそりと呟かれたことを聴き取れずイクハを振り返るが、彼女は涙目で頭を抱えていた。気のせいか。
「なんとなくでプレイするのではなく、根拠と意図を持ってのプレイングができるようになるといいね」
「分かったわ。そこについては私の経験が活きそうね」
フルナがよしっ、と軽く両手で拳を作る。「あざとい」という言葉を知っているのかもしかして。
「将棋や囲碁、チェスみたいな陣取りゲームをやるつもりでも通用しそうだもの」
「確かにその要素はあるかな」
もろに盤面が小さくなった将棋みたいな形であるし。
チェスは駒の復活しないところがちょっと違う。
「自分と相手が同じ駒を持っていないこと、相手の駒が出てくるまでどんな強さか分からないことを除けばまるで将棋だな。下手すると自分の手札が全部『歩』で、相手は『飛車』六枚とかもあり得るけど」
あとは相手の王を囲んでも、パワープレイで詰みから脱出も可能なところが将棋とは違う。
陣取りゲームにトレーディングカードゲームの要素をプラスした、そう考えるとしっくり来るシステムだ。
「元々は戦争の代わりに行われたゲームらしいから、陣取りの要素が含まれるのは当然かもしれないな」
「へえー、そうなんだ。じゃあカードは何の要素?」
「戦争に参加した人とか、実際に存在しているモンスターだったりなんじゃないか。ゲームの中で会えるかも、と思ったら色々なカードを集めたくなるだろ」
今となってはカードパックも国家の立派な収益の一つらしいし。有名人やら見栄えのするサーヴァントを実装して、カードパックの購入欲を煽るぐらいはするはずだ。
そして、そういうネームドは叙事詩級よりも上のレアリティを誇るに違いない。汚いな、カード協会。
「では心構えを理解してもらったところで、始めていこうか。ええと……プレイヤーコマを置くのはこれか」
オプションでプレイヤーに代わるコマを選択する。いくつかの種類があったけれど、先ほど将棋の話が出たから王将のコマにしておこう。
僕、プレイヤーの代わりにプレイヤーカードの役目を果たす王将が現れた。モノリスの如くズオオオオと立ち上がっているため、中々の威圧感があった。
これで自由に動けるようになったので、フルナの側まで歩いていく。イクハも音を立てずに付いてくる。
「手札はどんな感じ?」
「こんな感じ。悩ましい?」
フルナは両手に山札からドローしてきたカードを広げて見せた。
今回はフルナの先行に設定したので、すでに六枚の手札が揃っていた。フルナの横から覗き込む。
「うーむ、同名サーヴァントの二枚セットが二組か。確かに悩ましい」
彼女の手札はまあ悪くない。
同名のサーヴァントが二枚あるということは初手から
悩ましい部分は問題のサーヴァント自体が主力になりうる能力を持たぬところだ。
フルナのデッキは、スターターデッキに毛が生えた程度の強化しかされていない。チュートリアルを終えてカードパックを空けただけなので当然の話ではあるのだが。
つまりは数合わせのカードがかなりの枚数含まれている。
そして
どれほど急いでも『同一マスに重ねて出陣』させる必要がある以上、実行するには2ターンを消費しなければならないのだ。
だがドロー次第になるため
そうなった時、相手から攻撃されることの無い貴重なウルズフェイズを2ターンも使う価値があるか、という話になる。
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