第96話 イベントダンジョン:『星灯舞踏会』
『ノルニルの箱庭』の二大コンテンツ、ダンジョン。
世界のド真ん中を流れる大河、本流がカードゲーム対戦だとすれば、その脇を流れる妙に長くて太い支流がダンジョンアタックになる。
実際、対戦よりもダンジョン攻略が楽しくてしょうがないという人もいるようだ。
ダンジョンとは、各地に存在する迷宮――異界化した一種の結界だという。
千差万別がゆえに、廃屋となった貴族の館が丸々ダンジョンになったり、あるいは山の中にある洞窟の奥から月が七つ見える草原に突然移動するダンジョンもあるそうだ。
そういう異界を一つの空間に内包する隔絶された結界空間をダンジョンと呼ぶ。
異界化しているからか――という前置きで――ダンジョンの中では他のプレイヤーに出逢うことはなく、現れる敵にも自意識はないし、無制限に供給される。リソースが許す限りではあるが、様々な異界を旅をできるのがダンジョン攻略の副次的な面白さと言えるだろう。
そんな楽しい楽しいダンジョン遊びには、一つだけとんでもなく厳しい仕組みがある。
――なんとダンジョンは、自分の足で走らなければならないのだ。
これが非常に辛くて、僕はダンジョン攻略を後回しにしていた。
迷宮というだけあって、五分くらい散歩したらゴールに着ける、なんてちゃちなものはほとんど存在しない。
オープンワールド式に地図が必要なほど広い大地を擁するダンジョンもあれば、階層式でクリアまでに数十階も階段を登らなきゃいけないダンジョンもある。
車もバイクもないが、移動はどうするのか。
人間には便利な足が二本も付いているではないか。
そう、徒歩である。
運動能力は現実準拠のゲームなノル箱で、インドア培養人間がAI補正無しに運動できると思ったら大間違いだ。
現実では運動していないのに、五分も走ったら脳みそが『運動した』と誤認して息切れ動悸不整脈に心身の不調を訴える有り様。やだ……貧弱すぎ……?
のんびり歩いていると、気が付いたら敵に囲まれてリソースを食い潰してしまう。
走り続けて敵を避けるのが基本的な攻略手法だと、攻略サイトには記載があった。
試してみたらマップの広さに僕の運動能力が付いてこなかったという、悲しい結果が出てしまったわけだ。数キロも走って疲れない方が異常なんだぞ。
ダンジョンは、あまり好きではない。
「じゃあ、今日はよろしく」
「よろしくおねがいしまーす! ダンジョンって初めてです!」
「私もそうね。大会もあったし対戦ばかりしていたわ。右も左も分からないけれど、よろしくお願いします」
談笑しているヒメリカ、イクハ、フルナの三人を横目に僕は溜め息を吐いた。
「なぜダンジョンなんかに……」
いや、あまりにもダンジョンには向いていない旨を告げて、一度は断ったのだ。
だけれども今回挑戦するダンジョンは走る必要ないから、ちょっとだけ、一回だけだから、と押し切られてしまった。
もちろんいずれは挑戦しなければならないなとは思っていた。
だが、それは先の話であって、わざわざ連休なのに疲れる真似をしなくてもいいじゃないか。連休だからこそできるのではないかとの疑問は聞かなかったことにする。
僕は今にも崩れ落ちそうな石造りの巨塔を見上げて、改めて溜め息を吐いた。
「エルス、あまり乗り気じゃない?」
「最初から乗り気ではない」
ツインテールに換装したヒメリカ――リッカが僕の袖を引いて尋ねた。
彼女は小さいので互いに立った状態だと、常に見上げられる形で話すことになる。女性の上目遣いとはどうしてこうもパワーがあるのか不思議でならない。事実を伝えているだけなのに、それが彼女の意に背く内容だと分かっているからか悪いことを言っている気がしてくる。
「見ての通り、ハイキングですら遠慮したい人種だ。ダンジョンなんか駆け巡ったら僕は誇張抜きで死ぬぞ」
服装こそ一新されたが、中身は修正されていない。
そこのところを鑑みてはいただけないでしょうか。
僕の訴えに対し、リッカは自信満々に「大丈夫」と応えた。
「今回のダンジョンは特殊。ワンフロアにボスしかいない、
「……ああ、そういえば色々な企画があるんだっけ」
大会なんかにゃ興味ないぜ、って人向けにも一周年の企画が用意されている。
特別オークションやカードバザールが期間中は開かれているし、先行で
現金への両替はできないが、専用ショップで使えるポイントだそうだ。GCよりレートがかなり渋いようだが、ゲームを地道に遊ぶだけでも入手経路があるのはいいことだ。
そのイベントの一つが、この巨塔ダンジョンなのか。
「『
「妖精か? そんな立派な妖精がいてもな」
フラワリィの駄々こねて拗ねる姿が脳裏に浮かぶ。
しかし、巨塔インフォメーションを眺めていたイクハとフルナの呟きが、確かに僕の興味を引いた。
「Sランククリアでもらえるカードってどれくらいすごいのかな?」
「さあ……【星堕ちの詩】なんてリリカルな名称だから、演出はさぞ美しいのでしょうけど」
……【星】か。
最近、よくよく付いて回る単語だ。
景品表を確認すると、そのカード【星堕ちの詩】は一番良い景品として展示されていた。
last(1)。
残り一枚。
最初に取得したもの勝ち、というやつ。
「あの女を調べている途中で【星】のカードが出ているイベントをいくつか見つけた。およそ取得させるつもりのない難易度ばかりだったけど、ここならあたしとエルスがいればチャンスがあるかもしれない」
「イクハとフルナは?」
「数合わせ。四人じゃないと制限に引っ掛かる。一緒に挑む味方がいないと思ってたけど、たまたま顔見知りになったし」
「アッシュは呼ばないのか。ことダンジョンなら僕より詳しいぞ」
「あの二人のどちらかを弾けるなら呼んでもいい」
景品リストから欲しいものをキャッキャと探している二人を引き裂くような真似はできない。
アッシュを諦めたのもむべなるかな。まあタイムアタックしてるから来ないと思うが。
「つーか、取れるなら僕があの景品をもらっていいのか? 一枚限定みたいだけど」
「評価自体はチーム+個人で計数されるらしい。だからSランクが取れたら、もらって構わない。おそらく名称的に
仮に僕がSランクだったとしても、他の三人はAランクかもしれないわけか。評価を景品選択時に共有できるのかは不明だが、取れる時に取得してしまうのが良さそうだ。
被ったら……早い者勝ちの原則に従う形でいいか。
「問題ないなら構わない。そもそも最高評価を取らないと始まらないんだしな」
「今日までの最高クリア階層は二十三階だって」
「記録を倍以上に伸ばさなきゃいかんのか……気が滅入る前に行こうぜ」
そして僕らは天へ向かって聳え立つ、古の巨塔攻略へと乗り出した。
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