第95話 百の名前を持つ人種

「……どちらさま?」


 不審者を見る目で、満輝が尋ねる。


 僕が振り返ると極近いところ……というか、ほとんど背中が当たりそうな距離感で座っていた、もう一つのプレイテーブルで検証をしていた人であった。

 ほとんどの身体的特徴を隠している姿からは『誰か』を捉えられない。唯一、露わになっているのは瞳だけ。


「んん……?」


 何だか覚えがあるような色合い。

 つい最近も見たことがある気がする。


 というか、ゲームの中で会ったばかりだ。


「なんだ、マリカか。来てたなら言ってくれれば良かったのに」

「……知らない人がいたから」


 彼女はニット帽を脱いでマスクを取り、それからジャケットも脱いだ。


 ノル箱で会ったHIME-RIKAとほとんど変わらない造形の少女が現れる。違うのは髪の色くらいか。日本人らしからぬ、ふわふわとした金髪が広がった。


「あれっ? もしかして、昨日の決勝に出てた……」

「HIME-RIKAさん?」


 彼女の顔は決勝のスクリーンで飽きるほど見ていた二人も、早々に思い至る。

 髪の色が変わっただけで男たちは気付かないんだけど、女性陣は違いますね。


 少女はこくりと頷いた。


「ノル箱はHIME-RIKA、狂月はMARIKAでやってる……。ややこしいから、ここではリッカと呼んで」

「じゃあ名前を変えなきゃよかったのに」

「新しい環境には新しい名前がいい」


 また名前の覚え直しか……。

 幸い、マリカ――ヒメリカ――リッカは覚えやすい名前の繋がりで助かる。本人も特徴的だから紐付けしやすい。


 灰島もゲームごとに名前を変えるが、アッシュ以外の部分は何一つ覚えてないからな。

 僕のようにゲーム関係なく統一してほしい。


 リッカは帽子を被っていたからツインテールにこそしていないが、ノル箱とほぼ変わらぬ形状で登場した。なお服装や小物は女性らしいものに修整されている。

 クリーム色の半袖ブラウスに、肘まで届きそうな薄手の白いレース手袋を付けている。


 彼女はゲーム的な美人、というのがしっくり来るが、現実的に表現すると洋風の顔立ちというのか。

 目鼻立ちにメリハリがあり、良く言えばクール、悪く言うとテンション低めの表情を装備している。瞳の色が物憂げな紫色だからそう感じるのかも。


 海外の血が入っているそうで、綺麗な金髪と彼女のトレードマークになっている。日本人の血が一番薄いんじゃなかろうか。日本育ちで日本語以外は微妙だそうだが。


「にしても、またどうしてこんなところに。君のホームは都内だろ?」


 言ってはなんだが、『ねこばん屋』は都会と比べたら辺鄙な場所にあり、近隣のプレイヤーとネット通販だけで保っている店だ。都内のプレイヤーがわざわざ来るようなところではない。


 ヒメリ……ええい。リッカは小さく頷いた。


「大会の翌日、エルスはここに来る。だから会いに来た。あたしともデッキ交換すべき」

「そういえば……そうだったかな?」


 そんなつもりはなかったが、確かにカオティックムーンの大会翌日はここに来ていた気がする。

 対戦の反省とかして、売っているカードを見ながら調整をしていたような。


 大会の後になるとよくこの店で有名プレイヤーと逢うなあ、と思っていたが、もしかして僕に会いに来ていたのだろうか。


「エルス、交換して勝負。フェアビッツの弱点を見抜いてみせる」

「弱点はすでに大公開済だが……。君のデッキって紙でも運用できるのか? 【シャルロッテ】が使えないなら、単なる泥試合にしかならんぞ」

「……残念。紙でも戦えるデッキを作ったらやってくれる?」

「それはもちろん。楽しみにしている」

「じゃあ、できたら連絡する。プロフ交換しよ」


 すごすごとデッキを回収したリッカは、引き換えに左手に装着した指輪型のホロホ端末を示した。


 連絡先を交換するのはやぶさかではない。

 なんだかんだ、カオティックムーンプレイヤーとは遊ぶ友達というより、倒すべきライバルみたいな立ち位置の人が多くて、今となっては行方の知れない人ばかりだ。僕から見て、という一方的な認識だが。


 リッカとも正直なところ、対戦以外でこんなにたくさん話したのは初めてだ。


 僕も高校に入って、女性の友達を新たに二人も作っている。流れに乗って三人目を作ってしまっても……良いのだろう?


「待ってるよ、それまでに僕も調整しておこう」


 自分のホロホ端末を取り出して、リッカの指輪と触れ合わせる。

 インスタントに交換した連絡先をきちんと『友達』のカテゴリに保存する。灰島しかいなかった頃が嘘のようだ。


「えっと、リッカさん? 私とも交換してもらっていいですか? ノル箱ではイクハでプレイしています」

「……ああ、Top16の。よろしく……エルスのお友達?」


 端末を差し出しながら尋ねるリッカに僕は先んじて答えた。


「同じ学校の友人だ。こっちはフルナ、僕の先輩だ」

「フルナです、準優勝のプレイヤーと話せて光栄です」

「よろしく。あなたも大会には出てたの?」

「途中でバテてしまって敗けちゃいましたけど」


 表向き和やかに進む会話にホッとする。

 関係性を問われると暴走回答でからかわれるのが常、ならば先に正答を出しておくのが丸い。僕の先手が効いている。


 やはり打つべきは先の先だと深い納得をする僕とは対照的に、リッカはしばしの思案に視線を泳がせていた。


「四人……」


 彼女はぼそりと呟いて、それから僕らに尋ねた。


「明日、暇だったら、この四人でノル箱のダンジョンイベントに参加しない?」

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