第94話 フェアビッツはクソデッキ?

 冗談がキツい、の方向でゴリ押して僕は窮地を脱した。

 社会的立場はかろうじて守られたのである。


「エルス、ゴムの確認だけはしっかりしろよ」

「ゴム……?」


 疑惑の目は晴らされていないが、きっと今後の行いで僕がどうやらからかいの対象となっていることが分かってもらえるだろう。

 輪ゴムの確認が何の話なのかは理解できなかったが。


「とにかくデッキの出力に来たんだよ」

「そんなこと言ってたな、どんだけ出力すんだよ。カオティックムーンの遺産もすぐになくなっちまうぞ」

「店長、今回は私が希望したんです。大会で優勝したデッキを研究したいから丸々もらえないか、って。彼は快く了承してくれて。もちろん代金は私が出します」


 満輝が財布を取り出しながら言った。


「優勝? もう優勝したのか?」

「昨日ね。一周年で初心者だけを集めた大会があって、そこで」

「はー、そりゃ。おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 他人行儀に頭を下げる店長に、僕も同じくらいの角度で頭を下げた。


「しっかし、もう優勝か。カオティックムーンとノルニルの箱庭で二冠か? おれの一族のどっからこんな才能が湧いてきたんかね」

「偉大なる先人が薫陶を授けてくれたからだろ?」

「先人の屍は早々に踏みつけていっただろうが」


 何を隠そう、僕をこの沼に引きずり込んだのは店長その人だ。

 言うなればカードの師匠。


 もっとも、実力的には大したことなく、同じカードを使っていても敗けることはあんまり無い。敗ける時は大体ドロー運が酷く悪い。


 店長はロマン思考が強く、当たれば勝てるが確率としては一割もない、みたいな選択肢を積極的に選びたがる。運命力は僕の親戚だけあって弱い方なので、当然敗ける。

 それでも楽しそうにゲームをやるので、僕もエンジョイの仕方はかなり影響を受けているだろう。


 カードのいろはと、悪い遊びギャンブルについては店長から学んだ。


「にしてもお前がデッキを公開するたぁ、珍しいな」

「制服見たら分かるだろうけど学校の知人で、カードゲーム自体が初心者なんだ。せっかくの新規、多少は身を切って教えてあげないと」

「殊勝なお考えで。じゃ、デッキセットの出力で九百円な」


 シングルだと一枚百円の出力代金が、デッキセットになると枚数問わず九百円になるガバガバの値段設定。そりゃあ誰でもデッキで出力しよ、ってなる。入れ替えが八枚以下だったらシングルで八枚出力するけど。

 満輝が千円札を出し、その横に伊玖も紙幣を置いた。


「おじさん、私にもください!」

「まいど。エルス、一席空いてるが使ってくか?」


 店長は女子二人にお釣りを返し、僕は勝手にレジカウンターの中に入って、業務用の出力機にホロホからデータを送る。小遣い稼ぎでレジに立たせてもらうこともあるから慣れたもんだ。


「空いてるなら、そうだな……。二人ともまだお金出せるなら、自分のデッキも出力しなよ」

「元々するつもりだったから大丈夫だけど、何かあるの?」


 伊玖の質問に僕は親指で店の隅を指す。

 ちょっとしたスペースにテーブルが置いてあった。


「せっかく出力するんだし、紙で対戦していこう。やったことないだろ?」





 『ねこばん屋』には小さいながらもプレイスペースがある。

 テーブルは二つ置いてあり、二組まで同時にプレイできるようになっている。


 片方はすでに誰かが一人で座っていて、デッキを二つ使って動きを確認している。ニット帽にマスク、無地のジャケットといった出で立ちで、知人かどうかも分からない。知人なら声を掛けてくるだろう。


 もう片方は空いていたので、遠慮なく使わせてもらう。


「対戦してくれるのは嬉しいけど、昨日敗けちゃったデッキだから先に修正とかしたいなあ」


 伊玖は丸椅子に座って、出力したばかりのデッキをそこで買ったお安いクリアスリーブに入れながら言った。

 満輝もまたテーブルの脇に立ってせっせとスリーブにデッキを入れている。椅子がなくて悪いな。


「いや、デッキはそのままでいいよ」

「優勝した人の優勝したデッキを相手にして勝てるとも思わないけれど……いじめるのが好きなのかしら」

「そういうことではなく。単に僕は、『フェアビッツ』を使うつもりがないのさ」

「えっ、新しいデッキをもう組んだの?」


 スリーブに入れる手を止めて、びっくり、と目を丸くしている。

 僕はそれに頭を振ることで応えた。


「残念ながら。期待に応えられなくてすまんが、新しいデッキなんか組めないぞ」


 一周年記念のイベントに向けて、僕らは全力で準備してきたワケで。

 『フェアビッツ』なんていう先駆者のいないデッキで勝ち上がるため、資金リソースのほとんどを妖精と神秘に注ぎ込んでいる。新たにデッキを組んだとて、また別の『フェアビッツ』ができあがるだけだ。


 しかし、毛色の違うデッキならここに二つもあるではないか。


「デッキを交換して遊ぼう。君らは僕のデッキが実践できて、別人によるデッキの運用が見れる。僕も久しぶりに……というかほとんど初めてだけど『フェアビッツ』以外のデッキに触れる」

「いいの? ロウくんのデッキを私たちが使っても。大事なカードを他人に使われるのって嫌なのかなって思ってた」

「イヤだって人もいるかもしれんが、二人にはデッキごとあげてるしな……。レプリカなんだし。僕は気にならないから。それを言うなら伊玖と満輝がどうだって話になるが」


 知らない人にべたべたとデッキ……私物を触られるのは当然イヤだが、二人は知らない人でもない。何なら灰島を除けば学校で最も親しくなった人間だ。僕が感じている以上に親しみを持たれている気がしないでもない……。


「私は興味しかないわね。私たちのデッキでも使い方次第で優勝デッキにも勝てるところを見せてくれるのでしょ?」

「本人に見られるのは恥ずかしいけど……私も、いいよ?」

「僕も拙いプレイングをデッキの持ち主に見られるのは恥ずかしいけど、即興プレイまで含めてデッキ交換の醍醐味だから」


 期待が重い二人に前置きをして、僕らはそれぞれのデッキを互いに交換して対戦を始めた。


 伊玖は初めて触る伝説レジェンダリー神秘ミスティックを使おうとサーヴァントを使い潰しては、敵に四方を囲まれ。

 満輝はと言えば、デッキトップから引いてくるカードがことごとく神秘ミスティックだけという切ない引きを魅せた。


「何よこのクソデッキは!? サーヴァント入れてるっ!?」

「使えない神秘しか入ってない!!! こんなのでどーやって勝つの!?」

「僕のデッキが大好評で何よりだ」


 二人のデッキを交互に使う僕は自滅していく彼女らを素直に殴って勝利を収めるだけの簡単なお仕事を遂行するだけ。

 空しい勝利だ。何もできない相手を一方的にボコれるので気持ちは良い。


 テーブルに散らばっていたデッキをまとめて、手前に置く。


「出力した紙でノル箱やるのは初めてだけど、やっぱ紙は紙で楽しいな。システムがやってくれてたところを自分でやらなきゃいけないのは面倒くさいけど」


 一番面倒なのはダメージ計算だ。ターン計測も忘れがちだが、サーヴァントの個々に生命力が設定されているので、生命力の管理がめちゃくちゃ大変。

 さしあたっては硬貨をダメージカウンターにして運用した。あまり現金でやるのはよろしくないが、他に代わるダメカンもなかったので仕方ない。


 誰かリアルプレイ用のホロホアプリでも作ってくれないだろうか。


 諸々の煩雑さはあるものの、対戦自体は楽しかった。

 出陣した時にサーヴァントの立体映像が出てこないのは逆に新鮮だったし、久々に普通のカードゲームを遊んでいる気になった。


 ホロホを介さずに遊ぶと本当にただのカードゲームだな。ホロホでやるとあんなに派手なのに。あと紙だと永久にネガティブカードが解放できなくて笑った。


「さて、そろそろいい時間だし帰」


 時計を見て、一日の終わりを切り出した、その半ば。


 ――タンッ。

 と、背中越しに腕が伸びてきて、新たなデッキがテーブルに登場した。

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