第132話 こころのうずき
「ぼーッとすんなチンカス! また死ぬぞ青ビョータンがッ!!!」
「ハイッ! スイマセン!」
「チッ、下手くそ……。これなら棒と石で突っ込んだ方が活躍できるぞ!?」
「ハイッ! スイマセン!」
「顔出すなボゲ! 何度言えば理解すんだ肉袋が、トマトの方が素直でマシだぞ!」
「ハイッ! スイマセン!」
僕はゲームから離脱すると同時に床に両手をついた。
土下座である。
「デスしまくって、誠に申し訳ございませんでした」
流されてすっかり忘れていたが、『アサルトライン』は身体能力こそ
死ぬほど満輝の足を引っ張りまくり死んだ。びっくりするくらい死んだ。
敵が取ったキルの半分くらいは僕が献上した。センスなさすぎて困る。
チラッと顔を上げると、身体を起こした満輝が目を細めて僕を見ていた。慌てて顔を下げた。
「……他に何か、感想があるんじゃないの?」
「他? ……ええと、
「そうじゃなくて……」
謝るところしか思い浮かばない。満輝が足を撃って動けなくした相手に、接近戦を仕掛けて負けたアホは僕です。
それとも持っておく弾丸の種類を間違えて肝心なところでどの銃も使えなくなった間抜けな試合だろうか。
どの失敗か悩んでいると、満輝は言葉を継いだ。
「本当の私を見て、幻滅したんじゃないか、って……。『アサルトライン』をやると野蛮な自分が出てきて、それがすごい楽しいのよ……。私には人を撃つのが好きで、粗野で荒れている本性があるの。こんな女、イヤでしょう?」
満輝の言葉に引っ掛かりを得て、つい頭を上げてしまった。
「そういえば……。言葉はアサルトライン仕様になってたけど、他はいつもと変わらず優しかったよな?」
僕が尋ねると、満輝はたじろいだ。
「ば、罵倒に罵倒を重ねたり、汚い言葉を使ったり、邪魔だからってお尻を蹴ったり……色々したじゃない」
「現実でやられたら僕も嫌だな、って思うけど、『アサルトライン』ってそういうゲームだろ。勝とうと思ってやってたら、必然的に『アサルトライン』の会話手法は覚えて使うんじゃないか? 僕もノル箱ではあまり褒められた言動してないぞ」
「ロウは男だからいいけど、女が使うとはしたない言葉とかもたくさん使ったし……」
「いや男女関係なく『アサルトライン』と同じラインの人間にしか使っちゃいけない言語を喋ってたよ。このゲーム、男と女とチンパンジーがいて九割方チンパンジーだけど、間違いなくチンパンジー側の言語使ってたよ」
「で、でも完璧な生徒会長とのギャップで評価がすごく下がったりとか……」
「完璧だとは全く思ってなかった」
「なんでよ!?」
「生徒の規範になるべき人が性奴隷とか言葉にしちゃいかんでしょ」
「ああぐぅっ……!」
満輝が顔を赤くしてダメージを受けている。心臓を抑えていたが、そこまで致命的? ……致命的だな。
『アサルトライン』のやつらは長い台詞を言ってても、そういう鳴き声だと思えばいいらしい。中身はほとんど詰まっていないから。
チンパンジーと比べたら、まだ田舎のヤンキーの方が意思疎通取れる気がする。
「でも、どんなに僕がミスって死んでも、君は僕を見捨てなかったし、ずっと助けてくれてたじゃないか。偶然当たったヘッドショットも褒めてくれたし」
崖を滑り落ちる時に間違って撃った弾丸が、ちょうどたまたま移動しようとしていた敵に当たって、なんか知らんがその一発で死んだことがあった。
結果的に銃声で僕らの居場所がバレて襲撃を受けてしまったのだが、満輝は軽く肩を叩くだけだった。
僕も「ハイ、スイマセン」を繰り返すbotになっていたし、チンパンジーとの会話精度を対比するならトントンではなかろうか。
「あと本当の満輝というのがよく分からない。実は二重人格だったり、ドッペルゲンガーみたいな偽物がいるのか?」
「そこは一人だけど」
「じゃあ、満輝は『本当』しかいない、ってことだろ。それで……幻滅したかどうか、だっけ?」
カードのテキストに書いていないことを推測するのは苦手なんだが、最低限の国語を学んでいる僕には簡単な問題だ。
「特には。ゲームの外でも『的になれ』とか言われて撃たれたら嫌いになるけど、そんなことしないだろ」
「現実では、ね……。抑圧された感情が解放されたらこんな乱暴粗野な女になってしまうのよ?」
「あのな……」
僕は土下座を止めて立ち上がった。
頭を掻いて、根本的な事実を満輝に教えてやる。
「現実と! ゲームは、別っ!!!」
「……っ!?」
「そういうゲームでそういうことをするのは全く問題がない。だって、そうやって楽しむものなんだからな。真っ当にゲームを楽しんでる人を非難する資格なんて僕にはないね」
むしろ、僕の方がそのあたりの区切りはガバガバだ。
「満輝は立派……かどうかはともかく生徒会長まで務めて、現実は現実として生きられてる。すごいことだと思うよ。僕なんか寝ても覚めてもカードの構成をずっと考えてた。ゲームでしか生きられない人間だからさ。現実の時間は少なければ少ないほど良いと思ってた」
ゲームのことを考えれば考えるほど、現実の存在が確固たる地位を築くのだ。
人間は現実を無視して生きられる設計に今のところなっていない。
だから、バランス良く人間をできる人は羨ましいし、尊敬する。
人を楽しませることに特化している『ゲーム』という麻薬を知ってしまったにも関わらず、楽しくもない『現実』へと帰れる強さを持っている人たちだ。
「まー、現実では理性的に生きなきゃいけないんだから、ゲームでくらいは快楽的に生きてもいいんじゃないか? 『アサルトライン』じゃ見たことないくらいイキイキしてたぞ」
僕がそう言うと、真っ赤な顔のままで満輝は「はあー……」と息を吐いた。
少しだけ唇をとがらせて、彼女は質問を飛ばした。
「どうして、すぐそんなに何でも受け入れられるの?」
「何でもってことはないだろ。僕も受け入れ難いことはあるし、嫌いな人もいる。単純に心構えの話だよ」
「どんな心構えをしてるのよ」
「相手が良い人だといいな、と考えてる」
「……それだけ?」
「うーん……出逢う人がみんな良い人だったら、幸せな人生になるのかな、って。良い人じゃなかった時は僕の見る目がなかったと思えば、楽なんだ」
人付き合いは苦手だ。相手に応じて臨機応変に対応を変えられたりはしない。
だから、僕は自分のイメージを勝手に押し付けている。
相手に、良い人であれ、と。良い人なら僕のことも受け入れてくれるはずだと。
『カオティックムーン』ではそれで上手くやれた。『ノルニルの箱庭』でも上手くやろうとしている。
現実は……どうなんだろうか。
「僕を好きだと言ってくれる人なら、良い人のはずだし、それなら奇行にも理由があるはず。って説明を考えていくと、僕は納得できるから、僕はそれでいい。他の人は知らないけど」
「奇行って言われると複雑ね……。余計に複雑な気持ちだわ」
「余計なことを言ってたらごめん」
「そうじゃなくて」
ベッドの上をずりずりと這ってきた満輝がちょいちょいと僕を手招きする。
なんだろう。
近付いて少し腰を落とすと、膝立ちになった満輝と目線の高さが合った。
「私、他にも色々と趣味があって。物語の登場人物になったつもりで妄想したりね」
そういう人種がいるのは知っている。多趣味だなあ。
「……それで性奴隷?」
「お望みならいいわよ?」
御冗談を、と言いかけた僕の口を、満輝の唇が塞いだ。しっとり、ひやりとした。
そしてすぐに離れる。
「あの時は単なる勢いだったけれど、今はあなたと色々チャレンジしてみてもいい。他にもやってみたい役が増えたし」
満輝はお下げを止めていた髪ゴムを取ると、ゆるく頭を振って髪を広げた。
「でも、今日はせっかくお城にいるのだからお姫様の気持ちにさせてくださるかしら、私の王子様?」
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