第48話 スプリンガー・バトルフェス
『ノルニルの箱庭 ファーストアニバーサリー・フェスティバル』。
このように銘打たれた一周年イベントのスケジュールは三つのタームに分けられている。
今年のゴールデンウィークは九日にもなる長期連休となっており、全日を潰すスケジュールが設定されていた。
まずは初日に『
それから五日使って『タイムアタック・カウントバトル』が並列で行われる。
一日だけ休日(公式の配信イベント)を挟み、残りの二日で『ファーストアニバーサリー・バトルフェスティバル』が開催されるのだ。
やはりと言うべきか、公式としても一番に力が入っているのが全プレイヤーが対象のカードバトル大会らしい。
始まる前に間を空けて、注目度を煽る演出を入れるくらいだ。さぞかし熱い闘いが繰り広げられることであろう。
残念ながらそちらに僕は参加しないのだが……。
ダンジョンタイムアタックさえ無ければなー。
僕が参加する初心者向けバトル大会の方も詳細が告知されている。
スプリンガー・バトルフェスの参加者は四つのリーグに分類され、その中で勝ち上がった一名のみが本戦に出場できる。かなりの険しい道のりとなっていた。
リーグの参加者次第で予選対戦数は変動するとされており、基本的には同じ勝ち数の相手とマッチングするようだ。
いわゆるスイス式トーナメント。
つまり、同対戦数で同勝利数の者がいなくなるまで……リーグのナンバーワンが決まるまで、ひたすら対戦し続けなければならない。しかもその後に本戦が待っている。キツすぎ。
各リーグに一〇〇〇人が割り振られたとしたら、一〇試合はこなす必要がある。
どれくらいのプレイヤーが参加するのかは知らないが、耐久レースをこなした後に準決、決勝と真剣勝負を二連続でこなすのはかなりの持久力が問われる。
ライトなプレイヤーを振り落とさんばかりのブチギレ具合に僕はにっこりとなった。
大会に出てくるプレイヤーは力試し、好奇心、友達付き合い、その他諸々あるだろうが、各々創意工夫を凝らして勝つためのデッキを持ってきているはずだ。
意識や気持ちの差はどうあれ、ガチで勝ちに来ている。
対戦するのであればガチンコバトルが一番楽しいと思っている人間なので、それが十何回も楽しめることに今から喜悦が止まらない。
「なーにニヤニヤ笑ってんだエルス!」
「だっ……!」
背中をバーンとぶっ叩かれてたたらを踏む。
振り返ると、アッシュが長いアゴをこれ見よがしに反らして立っていた。
「アッシュ、何をする! 大会前に怪我でもしたら困るだろうが」
「怪我なんかしねーだろーが。モアイみたいに突っ立ってられる方が困るっつうの。新たな名所になるつもりか?」
言われて周囲を見回す。……なんだか遠巻きにされているような。
「……待ち合わせ場所なんだから動くワケにもいかないだろう」
ここは王都の玄関口、巨大な外壁に囲まれた王都の南側にある大門だ。有事以外は開かれており、よく目立つことから噴水広場に次いで待ち合わせに使われることの多い名所である。
フェスの会場が南口を出てすぐのところに建設されたため、ここで待ち合わせてみんなで行くことになったのだ。
「オレは今来たけど、他の人らはエルスに話しかけにくかっただけだろ。ほら、誰か知らんが見ているヤツがいる」
アッシュが指差す方に顔を向けると、慌てて建物の陰に隠れる人影が見えた。
「……移動するか」
「そーしろ、そーしろ」
僕は各人に集合場所の変更をメッセージで送った。
改めて集合した面子は僕を含めて六人となった。
アッシュは気合も新たにマントを新調し、ミラーボールのように輝いている。恥ずかしいという感情はないのだろうか。
それから男はアッシュの他にも二人増えている。
およそ鈴木ときっと佐藤のエセヤンキー二人組である。先日の初心者講習に誘っていたのについぞ現れなかったやつらだが、二人して時間を勘違いしていたらしい。来るつもりはあったのだが、間違った時間でひたすら待ちぼうけを喰らっていたそうな。
ぶっちゃけ、ゲーム内では今日が初対面になる。大会には出るつもりだというので、顔合わせをしておこうとなった。
「スズキング、さとうしょうゆ……呼びづらい名前だな。鈴木と佐藤でいいか?」
「良いわけねーだろ!」
「何のためにゲーマーネーム付けてると思ってんだ!」
「大差ないじゃないか」
始めたばかりの
「エルス、オレの知らないヤツが四人もいる。いつの間に友達を作ったんだ?」
アッシュにそう言われると腹が立つな。
僕とて人脈を増やすことくらい朝飯前に可能だ。もう高校生なのだから、中学時代のようにアッシュを経由しなくても問題ない。
「二人はアッシュも知っている相手だ。イクハは分かるだろ。それとこっちがフルナ・フルグライト、生徒会長だ」
「……へぇ、意外な名前が出てきたもんだ」
「よろしくね、アッシュくん」
「あなたも同じ学校なのかしら、よろしく。フルナよ」
「オレは“深淵よりの来訪者”†ブラッディアッシュ†、一年です。よろしくお願いします。まあ、今日は敵になったら容赦しませんが」
「し、深淵……。……その時は胸を借りるわね」
イクハ、フルナと順に手を繋ぎ、それぞれ圧をかけるようにギュッと力強く握った。
男女を問わず顔とパワーでなんとかしようとするのがアッシュだ。だから狂戦士とか
「それと僕のクラスでヤンキーデビューに失敗した鈴木と佐藤だ」
「ああ……、あの、あれか」
「その顔は何なんだよぉーッ!」
「おめぇ、ちっと顔がいいからって調子乗ってんじゃねぇぞっ?」
明らかに覚えていない様子のアッシュに恫喝し始めた鈴木と佐藤だが、真実を知ってしまった今となっては怖さも半減している。
とはいえここまで怒鳴り声しか上げていない二人の近寄りがたさは全く軽減されておらず、女子二人は身を引いて僕の後ろに隠れる始末。オタク趣味の嗜好は悪くなかったので、落ち着けばいいと思うのだがしばらくは無理かもしれん。
「じゃれるのは構わないけれど、もうエントリーの時間よ」
「おっと、そろそろ行くか」
そっとフルナに耳打ちされる。くすぐったいが。
「……むっ」
「あまり引っ付くな」
イクハが歩きだした僕の腕に飛びついてくる。
いや僕が抱きつかれる分には喜ばしいことなので働かなくてもいいけれど。バグじゃないことを祈ろう。
僕の移動を察してアッシュがイクハと反対側に並ぶ。
溜め息を吐いたフルナはすぐ後ろを陣取った。
そのフルナを鈴木と佐藤が挟んで色々話しかけ始めたが、フルナはめちゃくちゃ引いていた。いくら着物だからって下着の有無を訊くのはヤバいだろ。
王都の南門から出てすぐのところに縄張りされたフェス会場は、プレイヤーとNPCでごった返していた。
様々な屋台や催し物が出ているが、一番目立つのは最奥にある大きなステージか。
ステージでは大会で行われている対戦などをピックアップし、解説実況が行われるらしい。本戦に入ると、舞台をステージ上に移して対戦を行うという。
その脇に、エントリー受付があった。
エントリーを終えたプレイヤーが次々と姿を異空間へと消していく。
大会へと臨むプレイヤーたちはエントリーを終えた直後から外界と隔離され、次々と現れる対戦相手とだけ会話をすることになる。
「ではな、エルス。次に会うのは、あのステージの上でだ」
「決勝で待っている、アッシュ」
不敵に告げるアッシュに笑って返すと、アッシュはギラギラ光るマントをひらめかせてエントリーに向かった。
スイス式トーナメントでは同じリーグに配置されたとしても必ずマッチングするとは限らない。この大会で戦いたい相手がいるのであれば、互いに勝ち続ければそれでいい。トーナメントの最後に出逢うだろう。
次に駆け出したのは意外にもフルナだった。
「イヤだってば、イヤ、もう本当にキモいッ! 佐藤と鈴木、お前らは対戦したらぶち殺すから! あっ、LSも覚えてなさいよ!」
「待ってくれフルナたん!」
「俺たちのどこが悪かったんだフルナたん!」
「フルナたんはヤメろ!!!」
佐藤と鈴木から逃げ出すように駆けていくフルナ。口調もぶっ壊れているし、実際逃げているだけかも。
マジでキモいオタク崩れ共も彼女を追いかけるようにエントリーして消えていく。直後にエントリーしたところで同じリーグに配置されるとは思えんが。
残ったのは僕の腕にくっついたままのイクハだ。
「さて、初めての大会になるけど、自信のほどは?」
彼女は腕から離れると、その白いかんばせに映える赤い焔を瞳に宿して答えた。
「もちろん、優勝するつもりだから!」
「大きく出たな」
「だってロウくん――エルスくんを倒すんだもん。だったら優勝くらいはできないと、ね?」
「アッシュも、君も、僕を高く買いすぎなんだよな。全く……」
僕は苦笑いで頭を掻いた。
カオティックムーンの頃から度々思っていたが、周りの人が随分と僕を買い被ってくれるものだ。
おかげさまでいらぬプレッシャーを押し付けられて毎度困っている。
「エルスくんはどうなの?」
「アッシュとの約束もあるからな。いつも通り、対面する全ての
「ふふっ、すっごい自信! ……じゃあ、勝負だね」
「楽しみにしてる」
僕は軽く握った拳を突き出した。
するとイクハは両手で僕の拳を包み、それから不思議そうに僕を見た。
「違うって、拳をぶつけ合うんだ。お互いに頑張ろう、とさ」
「あっ、ああ……分かってたけど!」
照れ隠しか、はたくようにゴンと拳をぶつけて、イクハはエントリーに行ってしまった。
彼女が異空間へと飛ぶ間際に振り返ったので、僕は拳を突き上げて応援しておいた。
「……僕も行くか」
『ノルニルの箱庭』において、初めての公式大会。
いつも大会エントリーの直前はデッキの見落としとかないか、神経質に何度も確認していたものだ。
それが今日は何時にもまして、わくわくと昂揚した状態で対戦に入れる。
負ける気がしない。
受付に向かい、エントリー登録を済ませる。
「これより予選を開始します。良き対戦を」
NPCの受付嬢が告げ、隔離に伴い視界が暗転する。
僕のバトルフェスが始まる。
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