第49話 六戦目の『黒』

「――次のターン、僕のうさぎが君の首をかっ斬る。まだ耐えられるなら、続けるといい」

「く、そ……! 俺の敗けだ!」


 対戦相手の男がそう言って残り一枚となった手札を投げ捨てる。

 すぐさまシステムに降参サレンダー行為と認められ、勝利テキストが流れてくるのを見ながら僕はホッと息を吐いた。


 五戦を終えて、合計の対戦時間はすでに三時間を越えようとしている。


 序盤の二戦はレーティングで言うならば『一つ星』プレイヤーと戦い、そこは時間を短く終えられた。しかし三戦目からは『二つ星』とばかり当たるようになり、さすがに一回当たりの試合時間が伸びている状況だ。


 試合が終わるとすぐにマッチングがされ、休憩も無く次の試合にいかされるのがかなりキツい。

 現実の大会でも休憩はもっとあったぞ。


 喉が渇いた感覚はないのだが、一旦落ち着けるためにお茶でも飲みたいところだ。


 ふっ、と痴女の出してくる茶を思い出す。

 いかんいかん、アインエリアルの淹れた茶が飲みたいなどとわずかにでも思ってしまうとは。


 僕の疲労を鑑みることなく、新たな試合のマッチングが行われる。


 やはり五連勝程度ではリーグの代表に選ばれないらしい。他にも連勝を続けているプレイヤーがいる。


 草原のフィールドから石造りの砦へと移動した僕は、箱庭の向こう側に立つ相手の姿に訝しげな視線を向けざるを得なかった。


 全身鎧。

 まさかのアーマーナイト姿でプレイヤーの顔も何も見えなかったからだ。


 プレイヤー情報プロパティでは『星無し』……ランクマッチに参加していない。

 名前は『黒』とだけ。


「よろしく」

「…………」


 『黒』は僕の声に頷くだけで返した。


 不気味な相手だ。


 ランクマッチに参加していないのは分かる。ダンジョンに挑戦ばかりしていたら、ランクマッチに挑む時間はそう見つからないだろう。

 だが、ランクマッチで対人プレイをしていない者がここまで勝ち残れるものか。

 アッシュのように別ゲーで経験を積み重ねているとしても、対人対戦とダンジョンはあまりにも勝手が違う。


 僕は改めて気合を入れ直した。


 互いのやる気を確認したところで二分のデッキ調整タイムに入る。

 この大会には使用するデッキ一つの他に、リザーブデッキを二十枚まで持ち込むことができる。

 各対戦が始まる前にリザーブデッキがその二十枚を超えない範囲で入れ替えが可能なのだ。


 メタ読みになるが、プレイヤーの衣装を見てデッキの傾向を考慮し、対策カードを入れたりもできる。

 僕の場合は対策カードを入れるというのもあるが、それよりも困ったカードが二枚もデッキに入っているので、実践でそれの調整をしている意味合いが強い。


 デッキの調整を終えると、すぐさまコインが弾かれる。

 先手後手に関しては完全にシステムチェックになっている。僕が指先で弾くまでもなく、落ちてきたコインが僕の先手を告げる。


「僕のターン、ドローさせてもらう!」

「…………」


 違和感。

 疲れ切った脳みその端にそれを感じたが、次の瞬間には引いてきた六枚のカードが押し流していた。


 そして混ざり込む一枚のカードに目を伏せる。


「……来るなら、こいつを出す他にないんだよな」


 僕のデッキに入り込んだ問題児。

 そいつを抜き取ると、僕の立つマスの左側に出陣させる。


「出陣! 【まつろわぬ妖精:“暁の星アズールステラ”】!」


 先だってのオークションで手に入れた夜明け色の妖精が、銀色の光幕をめくるようにして現れる。

 その妖精はくるくる回っていたがふいに僕の顔を見て、ツンとそっぽを向いた。


「ぐっ……特殊能力の判定を入れるぞ! コインを投じて表だった時、特殊能力『暁の星アズールステラ』が発動する!」


 虚空から降ってきたユグドラシル印のコインを掴み取り、祈るような気持ちで空高くに投じる。

 落ちてきたコインの柄は……ぶっとい根っこの方。裏だ。


 【暁の星アズールステラ】はツンツーンと、空気椅子に座って足を組み、動かぬ姿勢まで見せ始めた。特殊能力は発動の片鱗も見せずに行動力を失った。


「またか……! クソ、ターンを終える!」


 このカードは【フラワリィ】とは別の意味で問題児であった。


 書いてあるテキストは間違いなく優秀なのだが、『まつろわぬ』ことが全ての足を引っ張っている。


 何らかの作為が働いているのか、異常なほどに【暁の星アズールステラ】は初手で手札に入ってくる。

 入ってきたなら使わずにはいられない魅力がこのカードにはあるのだが、結果はご覧の通りだ。


 『まつろわぬ』カードは全ての判定が確率になる。


 攻撃や特殊能力の使用はおろか、移動すらまともに聞かない有様だ。

 コインの表裏なのだから50%で指示を聞くはずだが、これまた異常なほどに裏ばかりが出る。完全に確率が操作されていると思わざるを得ない。


 出陣だけは確実に発生するのが救いだろう。


「…………」


 無言を続ける『黒』が山札からドローをする。


 迷いなく手札から一枚のカードを選び、目の前に出陣をさせたのは――剣。何の演出もなく、気がつけば地面に刺さっていた。


 神秘ミスティックではない。間違いなくサーヴァントのはず。


 何の変哲もない鉄の剣、そのように見える。だが、それから目が離せない。

 計り知れない感覚に背中がぞくぞくと震えて仕方がなかった。


 僕がそのサーヴァントの詳細を確認する前に、『黒』が歩を進めた。


「そりゃ、当然『武装アームド』能力を持ってるよな……!」


 思わず漏らした呟きに頷いたのか定かではないが、床の石を斬り、突き立つその剣を『黒』が抜き放つ。


 たったのそれだけで、剣の持つ威圧感が二倍にも三倍にもなったかのように感じた。

 鉄にしか思えなかった剣の材質すらも、瞬く間に変異し、輝いている気がする。実際に瞬きをしたら、やはりただの鉄の剣にしか見えなくなったのだが。


 『武装アームド』は『騎乗ライド』と同様に、別のカードと一体化する能力だ。

 リビングソードのように武器の形態を取るサーヴァントがよく持つ特殊能力の一つになる。悪しき鎧として有名なリビングメイルも『武装アームド』を持っていて、プレイヤービルダーの間ではこの二つを揃えておくのは主流だ。手軽にプレイヤーを強化できるからな。


 初手で『武装アームド』を出してきたということはプレイヤービルダーの可能性が高まった。


 ――だが、今、ここに限ってはそんな考察、何の意味も成さない。


 デッキコンセプトよりも、何よりも真っ先に、剣の情報を得る必要がある。


 あの剣は尋常のものではありえない。

 なにせ情報プロパティを確認しようとしたが、アクセスが弾かれる。


 こんなことは初めてだ。

 噂には聞いていたが、情報秘匿能力を持つカードがまさか初心者向け大会で出てくるとは思ってもいなかった。


 現時点で分かったのは『黒』が晒しても良いとみなした情報のみ。


 剣の簡略名称。

 その名も、【星剣】。


「どう考えても鉄じゃないし、下手すると伝説レジェンダリー超えるんだよな……」


 幻想ロストメモリー級が発見された報告は未だ無いのだから、最高でも伝説レジェンダリー級までだとは思うが、しかし。

 この五感どころか、六感、七感ですらもチリチリと刺激する存在感はそれ以上をどうしても予感させる。


 僕につれない態度を取っていた【暁の星アズールステラ】さえ【星剣】に目を奪われている。

 どんなに生命力を失おうと全く戦いに興味を持たなかった、あの【暁の星アズールステラ】が。


 内容不明で異常な剣が、ここにあることだけは確かだった。

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