第50話 キャパシティオーバー

 なんとかかんとか【暁の星アズールステラ】を良い感じに運用したい。

 そんな僕の夢見がちな目論見はあえなく破綻した。


 例え万全に育ったとしても、【暁の星アズールステラ】が【星剣】に対抗できるとはまるで想像もつかない。得体のしれない【星剣】とやらの対策を急いで行わなければ。


 同じ星の名を冠しているのにとんでもない差が両者の間には横たわっている。


 かたや、主人の指示も聞かぬはねっかえり。

 かたや、存在感だけで敵対者を威圧する異常の剣。


 他人の手にあるカードはどうしてああも強そうに見えるのだろうか。あのカード欲しすぎる。


「……なんて羨んでも、僕の手にあるのはこいつだからな……。こいつで何とかするしかない」


 ちらりと横目に【暁の星アズールステラ】を見る。

 かの妖精は口を半開きにして【星剣】をうっとり眺めていたが、僕の視線にハッと姿勢を伸ばしてツンとした。


 ……何とかなるか?


「するしかないんだが。僕のターン、んんん……ドローァッ!」


 疑念ばかりが浮かぶ自分の頭に言い聞かせて、ウルズフェイズの2ターン目に突入する。

 気合を声に乗せて山札をめくる。が、ダメ……っ!


 この緊急事態を乗り切れそうなカードは来ない。

 では何なら乗り切れそうなのかと言われたら、言葉に詰まってしまう。


 それくらいあの剣の醸し出す雰囲気がヤバい。


「仕方がないな。僕は『ノルンの憂い』で新たな手札に賭ける」


 ダメならダメで割り切って、さっさと次の手を探さねばならん。


 この状況下で持てる最大効率の手段は、やはり『ノルンの憂い』である。ノーリスクで手札交換できるなんて女神最高!

 僕の貧運を嘆いたノルニルが慈悲深くも手札を六枚も入れ替えてくれる。


「……こいつでワンチャンあるか?」


 手札に引いてきた内の一枚にわずかな可能性を見出す。


 アッシュとの対戦時も僕に多大なる貢献を果たしたサーヴァント【影妖精:シルエットゲンガー】。


 特殊能力は『劣化像幻視レッサーダブル』。フィールドに存在するサーヴァントの劣化コピーを創るというもの。

 戦闘力等は半減こそするが、相手サーヴァントの情報を丸裸にできる。コピーした特殊能力に関しては劣化もしないという大盤振る舞いだ。


 懸念はある。


 プレイヤーの目すら退ける秘匿能力を持つサーヴァントが相手だ。

 果たして世間話ゴシップ級サーヴァントの特殊能力で、その強度を抜けるのか。


「やってみなくちゃ分からない、か……」


 最後列に立っていた僕は2マス前進し、最前線フロントラインへとその身を移す。


 剣という武器を手にする以上、近接攻撃を行わなければその威力を発揮できないのだが、全く残念なことにプレイヤー:僕以外に剣を持てそうなカードが無い。


「右手側に【シルエットゲンガー】を出陣。これでターンエンドだ」


 【シルエットゲンガー】は行動力が1しかない。

 問題の答え合わせは次のターンに持ち越しだ。


「…………」


 【星剣】を腰に佩き、虚空に空いた穴から手札を補充する『黒』。


 全身鎧に囲われた姿からはどのような感情も読み取れない。

 どんな意図を持って、どんな決着を描いているのか。

 いまさらながら相手の表情を窺い知れないことの不気味さに慄いている。


 『黒』のターン。

 彼、あるいは彼女。次の一手は再びのサーヴァント出陣。


 引き抜いたカードを伸ばした手の先からひらりと落とす。

 カードは敵陣前列の石床へと吸い込まれ――またしても、意識の間隙を突いていつの間にかサーヴァントが現れていた。


 今度のサーヴァントは盾の形状をしている。


「いや……それは……、明らかにおかしくないか……!」


 盾のサーヴァント、その情報プロパティを確認して僕はうめき声を漏らした。

 剣と来て盾なのだから予想してしかるべきではあるのだが……、


「そりゃあるだろうが……【星剣】があるなら【星盾】だってあるだろうが、一人で二つ持ってちゃダメなやつだろそれは!」


 情報秘匿能力を持つカードなんて、そうポンポンと気軽に「やぁ」って出てきていいもんじゃないだろ! 2ターンで二枚目なんてお話にもならないだろうが!


「…………」


 苦情をものともせず、僕と同様に最前線フロントラインへと歩みを進めた『黒』が【星盾】を拾い上げる。


 やはりパッと見は鉄のようだが、『黒』が手を付けた瞬間に光を纏うように異変を起こしていた。今度は間違いではない。

 見た目こそ変化がないけれども『黒』が『武装』することで真価を発揮する道具型のサーヴァント。


 合っていると辛いので考えたくなかった。しかしさほど考えなくても神話に登場するようなレベルの代物だと行き着いてしまう。


 【シルエットゲンガー】でコピートークンは創れる。創れるが、対象は一枚だけだ。

 果たして劣化した【星剣】で、【星盾】をも装備した『黒』にダメージを与えられるのか。


「…………」


 打つ手をどんどんと失っていく僕を、アーマーナイトは静かに眺めている。何を思っているのだろうか。すでに勝ちを見込んでいる?


 まだ勝ち目自体を失ったわけではない……と僕は考える。

 蜘蛛の糸よりも細い糸を手繰り寄せられたら。だが、その糸がどこに垂れ下がっているのか見つけられない。


「僕のターンでいいか」

「…………」


 微かに頷く『黒』。返事くらいしろよな。


「では、いざ。ドゥロォオオオオオッ!!!!」


 ……が、ダメ……ッ! 赤目のうさぎさんが微笑んでいる……ッ!


 ドローボイスだけでも気合を入れてみたのだが結果は伴わなかった。

 迷いに迷っている心根ではまともに絞りすらかけられぬ。未来を変えるなど噴飯ものだ。


「……さしあたっては、やるべきをやる。【シルエットゲンガー】! あの【星剣】を僕の手元にコピーしろ!」


 対抗策の根幹はまずココだ。


 【シルエットゲンガー】がうまいことコピーしてくれなければ端的に言って終わりである。


 灰色の影は僕の指示に、いつぞやのバトルホースを生み出した時のようにその不定の身体をマス一杯に広げた。そして、狙い通りに影から剣を吐き出す……のではなく、激しく振動しノイズが奔ったが如く存在をブレさせた。


「だ、大丈夫か【シルエットゲンガー】!?」


 安否を問う僕に影妖精は満身創痍ながらも剣を吐き出して答えた。

 同時に赤いスクリーンでエラーコードが僕の眼前に表示された。


【警告!

 事象:2階級以上、格上の相手をコピーした。

 実行カードの実力を大きく超える相手を対象としたため、実行カードは実行能力キャパシティをオーバー。

 成果物は劣化し、現状の該当カードは特殊能力を実行する力を失う。】


「……こういうことになるのか」


 無理をした【シルエットゲンガー】はかさかさに渇いた煤みたいになってしまっていた。これでは確かに新たなコピーを創るのは無理そうだ。


 生み出したコピートークンはかろうじて【星剣】の形を保っている。しかし中身を伴っていないのは情報を見るまでもない。情報プロパティを見るためにコピーしたのだから拝見はさせていただくけれど。


 そして覗かせてもらった情報量に、僕は変な笑みを浮かべて石の天井を仰いだ。


 【コピートークン:粗悪な星剣】。

 分かった詳細は以上。


 情報統制はバッチリであり、戦闘力がコピーのさらに半分、四分の一しか持たない『粗悪』まで品質が落ちていること以外は不明。


 コピー品までもが秘匿されるとは。


 他にも何らかの特殊能力を持っているはずだが、それが何なのかを知らなければ使いようもない。

 幸いながら僕が先手ゆえ、相手の使いたそうな特殊能力は先に使ったれ精神を発揮する予定だったのに。


 残念だ、と乾いた笑いが溢れる。

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