第47話 まつろわぬアズールステラ

 机を挟んで向かい合って座る。

 キャスターの滑り心地は良く、床を蹴ると滞りなくまっすぐ滑っていく。


 滑った先から手を伸ばして自動販売機の品揃えも確認した。おっ、りんごジュースがある。RingOだからたぶんそうだろう。見たことのない紫色のパッケージしているが。二本購入し、受付嬢にも案内のチップ代わりに渡してやった。


「私にですか?」

「間違えて二本買ったから。要らなかったら返してくれ」

「いえ、ありがとうございます。あとでいただきますね」


 こういう時のスマートな渡し方を知らず、こんな言い方になってしまった。受け取ってはくれたけど内心でウザがられてはいなかろうか。後で『ミスターマーリン』に教えを請おう。

 気恥ずかしさをごまかすように、パックにストローを刺して口を付ける。


 次の瞬間、僕は噴き出しそうになって慌てて呑み込んだ。

 りんごのさわやかな甘酸っぱさとは正反対の、ねっとりしたケミカルな糖度が味蕾にこびりついている。


「な、なんだコレ!?」

「何って……リングオーですよ?」

「りんごじゃないだろ、これは!」

「ええ、りんごじゃなくて、リングオーですが」


 ほら。と見せられたパッケージは確かにRingOだが。


「これの読み方りんごじゃないのかよ!?」

「リング商会のドリンクで、Oシリーズの無印ですね。これ一本で夜も眠れないと定評がありますよ」

「エナジードリンクじゃねえか! ややこしいな!?」


 ゲームの中でもそんな身体に悪そうなもの飲みたくないんだが!

 ……いや、逆に考えればゲームの中だからこそ身体に悪いエナジードリンク飲み放題なのでは。


「ところでご案内を始めてもよろしいですか?」

「あっ、はい、どうぞ」


 考え込んでしまったどうでもいいことを頭の片隅に追いやり、せっかくの一度しかない初回案内に身を入れる。


「では。こちらを御覧ください。実際のオークションボードになります」


 拡大されたスクリーンを提示される。


 まず目に入るのは「人気の入札」という感じでピックアップされている特集。他にも「最新の出品」や「注目の出品者」などいくつかの項目がカルーセルで表示されている。


「ページトップに時節の特集がこうやって挿入されます。基本的には条件を満たしたものから自動で選択されますが、特集の内容によっては事前に許可や取材をさせていただく場合がございます。都合がよろしければその際はご協力いただければと」

「都合がよろしければ、ね」

「ぜひ。特集のゾーンから下にスクロールしますと、過去の利用状況から興味のありそうなカテゴリの入札が表示されるゾーンに移ります。ここは表示内容をご自分で設定できますので、必要なければ非表示になさってください」


 特集ゾーンこそ非表示にしたい人が多いのではないかと思うができないのか。案外、特集の名目で広告料とかも取っているのかもしれない。


「さらに下、こちらは人気カテゴリの一覧となっております。全体で検索されたカテゴリの上位ですね。人気のトレンド、その移り変わりがよく分かりますよ」

妖精フェアリィは……影すら見当たらんな……」

「そうですね、戦士のみなさまにはまだ扱いきれないものかと。……一部の特別な方を除いて」


 受付嬢の意味ありげな言葉回しに思わず視線を向けると、彼女はニコリと微笑みを返してきた。僕はすぐさま視線をボードに戻す。

 動悸がどきどきしてきた。病気かもしれん。


「いずれは妖精も注目を浴びる日が来ることでしょうが、今はまだ戦闘力の高いカードに人気が集まっておりますね。神秘ミスティックを習得されている戦士の方が少ないから仕方ないのですが、腕力でなんとかなるダンジョンしか攻略も進んでいないようですし」


 唐突にもたらされたゲームの攻略進度に思わず再び視線を向ける。それにやはりニコリと微笑みを返す受付嬢。かわいい。

 我を失う直前、自分の頬をブッ叩いて無理やり目線を切った。


 もしかしたら僕は女性の笑顔に弱いのかもしれない。心臓がダイナミズムに躍動している。爆発して死ぬかもしれん。


 運動一つしていないのに息切れしている僕に受付嬢が動揺していた。


「と、突然どうされたんですか?」

「失礼。虫が止まった気がして」

「え? この部屋は隔離されているから虫なんて」

「虫がいた気がしたんです。先に進めてください」

「は……はい、分かりました」


 僕の強い口調に気圧されて、スクリーンをいじる受付嬢。

 画面端に浮いていたボタンをタッチすると別のスクリーンが立ち上がった。


「こちらが詳細検索の画面です。カード名検索からキーワード、レアリティ、カテゴリに渡って探すことが可能です。ちなみにカテゴリは出品者様の自己申告によるものですので、イレギュラーが混じっていることもあるのはご了承ください」

「システムで自動区分けしているんじゃないのか……」


 そこは気になっていた点だ。

 カテゴリなんてどうやって項目分けしているのかが不明だった。


 システム的に分けているのであれば、僕らに公示されていないマスクデータがある。それを見分けられるようになれば、ポルターガイストみたいな妖精のように、一見それとは分からない妖精を低コストで探せるかもしれないと思ったのだ。


「試しに妖精で検索しましょうか。……出品は相当少ないですね」


 受付嬢がかけた検索に引っ掛かったのはわずかに三件。先ほど見た出品は長くても入札期間が一週間とかだったのに、妖精はいずれも一ヶ月以上の期間が残っている。もちろん入札はゼロ件だ。


「御所望のカードはございますか?」

「そうだな……、真ん中のやつとか気になる」


 数少ない妖精の出品だから全部落札するつもりではいる。その中での目玉を強いて挙げれば、並んだ三枚では真ん中の妖精だろう。


 検索の一覧画面ではカードのレアリティと名称、図柄、そして現在の金額と入札件数だけが表示されている。詳細を確認するには閲覧をしなければならない。


 僕は手を伸ばし、民話フォークロア級サーヴァント【まつろわぬ妖精:“暁の星アズールステラ”】に触れる。


 夜明けの空を背景に飛ぶその妖精は、燐光を放つ蒼い髪と羽衣で瑠璃色の空に溶けていきそうだった。

 それでも彼女がそこにいると判別できるのは、美しい水晶の如き翅が輝いているからだ。


 一つだけ夜に忘れ去られた“暁の星アズールステラ”。


「『まつろわぬ』カードですか……。扱いの難しいカードですよ」

「扱いの難しいカードが一枚増えたところで大差ないさ」


 【フラワリィ】よりは簡単だろう。

 なんせこっちは立って歩いて動いて喋る。


「そう言うのでしたら……入札はこちらに金額を入れていただいて。即決がご希望なら、このフラグを立てて入金ですね」


 民話フォークロア級のくせに妙に安い。

 下手すると有用な世間話ゴシップより安いかもしれない。


 人気の無い妖精だからだろう、と感じた一抹の不安を押し流し、さっさと入金してしまう。


 安いとは言ったが腐っても民話フォークロア、ようやく駆け出しを抜けたばかりの僕にはかなりの出費だ。具体的には所持金の七割を失う。


 即決金額を支払うと、間もなくメッセージが届いた。

 開くとカード協会からで、落札したカードが添付されている。


「落札、おめでとうございます。……さすがはアインエリアル様が目をかけておられる方ですね。迷わずに『まつろわぬ』カードを手にするとは」

「……念のために確認しておくんだが『まつろわぬ』ってどういう意味なんだ?」

「従属しないもの……カード的な意味でお答えしますと、五割の確率でプレイヤーの指示に反抗するサーヴァントになります」


 僕は天を仰いだ。

 買う前に話を聞いておくべきだった……。

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