第105話 存在しないはずの手札破壊

 そもそも、ハンデスとは。


「ハンド・デストラクション……手札破壊を指す言葉で、これをやられるとカードゲーマーは発狂して死ぬ」

「えぇ……?」


 僕の説明にイクハが引いている。至極まともな説明のはずだが……。


「分かったわ」


 フルナが言った。彼女がそう言うと、何も分かっていないような気がしてしまうのは……やはり日頃の行いか。


「サーヴァントや神秘ミスティックは、手札から場に出されて初めて性能を発揮できる。手札にある内に破壊する手段があれば、コストパフォーマンスは高いのね」

「理解度が高い。その通り」


 リッカが褒めると、澄ました顔で応えた。


「場に出させると面倒なカードがあるのは誰かのおかげで承知しているから」


 全員の視線が【フラワリィ】に集まった。


 なんとかフレグランストルネードキックの余韻に浸っていた【フラワリィ】は僕らの視線に気付くと、


「どうかされました? はっ、もしや無意識に耳目を収穫してしまうフラワリィさんの三千世界を照らし出す美貌がまた悪さをしてしまいましたかね? 申し訳ないので、飽きるまで御覧いただいて構いませんよお! お亡くなりになるまで視界にフラワリィさんが存在することになるでしょうけれども!」


 ドヤドヤとした表情でポーズを取り始めた。

 敵の手札にいたら真っ先に破壊していただろうな。


「デス始動……っていうのは、タイミングの話でいいんだよね?」


 サラッと無視してイクハが話を続ける。


「そう。特殊能力は自分の手番で使うのが基本だけど、一部は特定条件下で自動的に発動するものがある。その一つが特定のタイミングだな」


 出陣時、行動時、攻撃時、防御時……言葉のマジックで特定条件はいくらでも作成可能だが、今のところは複雑な条件のカードはあまりない。


「生命力が0になった時に発動、というのは割とポピュラーな部類のカウンターだ。考えて倒さないと後で痛い目を見る」

「痛い目は?」

「見てない。セーフだった……」


 もはや使いどころのない、無駄にデッキを膨らませた食料品が破壊された模様。


 本来ならダンジョンでは空腹度のシステムがあり、敵との戦闘ごとに少しずつ減っていくので、それを回復する術として食料品系統のアイテムがある。サーヴァントに食べさせるものもあるけど。


 通常のダンジョンであれば数え切れない戦闘が発生するのだが、部屋と戦闘数が決まっているここにおいてはほとんど無用の長物と化していた。

 今みたいに手札破壊の囮にはなるか。


「参ったな……ハンデスが出てくるとは思ってもなかった。ランクマじゃ一枚も出てきたことないよな?」

「初出……だと思うけれど、ダンジョンではよく見るのかも? 探索方面はあまり調べていなかったから分からない」


 他のカードゲームでは、手札破壊は常識と同じレベルで組み込まれている。同時に山札破壊なども混じっていたりと、とにかく運営がプレイヤーを発狂させようとする心意気は、どのカードゲームにおいても変わりはない。


 デッキの方向性を考えるにあたり、当然ながらノル箱でもトップシーンの使用カード、採用率などについてはある程度の調査をしている。

 だが僕が調べたのはランクマッチ、対戦において使用されるカードであり……つまりはプレイヤーが持っていないカードは調査の網をすり抜ける。


 ハンデスは凶悪がゆえに、実装されていれば少なからずメインデッキの一角に名乗りを挙げることは確か。

 その様子がなかったから、てっきり手札破壊を用いるカードは未実装なのだと、頭の中から存在を排除してしまっていた。


 最も厄介なところは、手札破壊の存在が確定しても、それを僕らが返すことは不可能だということ。

 なにせプレイヤーの手元には手札破壊のカードが存在しないのだ。存在しないカード効果を妨害するカードが存在するはずもなかった。


「しかし、実際どうする? 今は一枚だから被害は軽微だが、敵の枚数が増えたら加速度的に破壊されていくぞ」

「困った。でもどちらかが受けるしかない。あたしの方が手札には余裕があるから、なるべくあたしが受けるようにする」


 生命力が0になった時、攻撃を仕掛けたプレイヤーにカウンターが発動するので、カウンターを受けるプレイヤーが倒すことで矛先をある程度コントロールできる。

 けれど破壊されるカードはコントロールできない。先ほどは食料アイテムが破壊されたから助かったが、次は重要なカードが破壊されるかもしれない。


 手札はまだ潤沢にあるが、これから先の補充はできない。効率的に破壊を受ける必要があった。


 僕とリッカのどちらが受けた方が良いか。


 出すべきカードを全て出しているリッカが手札破壊を受ける方がマシだというのは共通の思考としてあった。


 【シャルロッテ】が箱庭フィールドに出ているなら、どんなサーヴァントでも『おともだち』運用ができる。『素材』の強度はあるが、敵の強さを考えればそんなのは誤差だ。

 【フレンドラゴン】以外の『おともだち』はほとんど賑やかしにすぎない。何を破壊されても影響が少ないということ。


 対して僕は神秘ミスティックを多く抱えている。

 【暁の星アズールステラ】と【フラワリィ】を出陣させたので、致命的なダメージは無い。

 ただし彼女らの火力を増大エスカレートさせる支援サーヴァントや、援護に使う神秘ミスティックは手札に持っておき、適切な場面で使用する必要がある。


 そこに、名乗り出る声が一つ。


「そのハンデスっていうの、私が引き受けるよ」


 イクハが胸に手を当てて、そう言った。


「敵を倒したプレイヤーの手札が削られるんだよね? ギリギリまで敵の生命力と行動力さえ削ってもらえれば、そこに『交戦連携エンゲージコネクト』で割り込めば、私のサーヴァントでも倒せると思う。複数出てくると難しいかもしれないけど」

「それは助かるが……」


 言われてみれば、それなら確かに僕とリッカの手札をかなり維持できる。


 対決ファイト中の敵はなるべく倒し切る。それがダンジョンの鉄則セオリーなので、倒し切れなかった時を除いてトドメを誰かに任せるという発想がなかった。

 普通のダンジョンとは違う仕様のココならば、トドメだけ他の人に刺してもらうのは有効な手段かもしれない。


 ここから四階層分の敵は一枚だろうし、少なくとも四回分の手札破壊を引き受けてくれるのは助かる。

 敵の枚数が増えても必ず一回引き受けてくれるなら、継戦能力はかなり伸びるはずだ。


 【フレンドラゴン】ならちょうど良い感じに生命力を削れる。

 戦闘力に欠けるサーヴァントで、敵に防御させて行動力を削り、後はイクハに任せてしまう手段は現実的に実行可能だ。

 行動力10なら【暁の星アズールステラ】一枚で全削りもできる。


 だけど……。

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