第106話 合法的にヤる気を出してもらう
「なら、イクハさんが倒しきれなかった時のために、私は待機しておくわ」
悩む僕に静かな口調でフルナが被せてきた。そこに焦りなどの余計な感情は籠もっていない。
「それぐらいしか私に貢献できることはなさそうだから。戦闘は任せきりになってしまって申し訳ないけれど……」
「元々こういう作戦だっただろ。その辺りは気にしなくていいが……二人ともいいのか?
敵の枚数が減ったタイミング、そこに戦力補充の余裕が生まれる。
というよりは敵の枚数が少ないところで補充しないと間に合わないのだが。
特殊能力ブッパ階層を抜けて、ようやく
イクハとフルナも上手いこと育てれば、戦闘力3000級になるカードは所持しているはず。僕の教え子だけに多少の
ドロー
僕の記憶が定かなら、まだ二人ともメインアタッカーとして採用しているカードは出していないはずだ。
勝負どころに向けて温存していたことは理解している。
序盤だけ頑張ってくれればいい、なんて言われたところで言葉通りに序盤だけ頑張ろうなんて思わぬ二人であることは承知だ。特にフルナは一転、逆転、大活躍の妙手を狙いがちだから、後半にも何とかして爪痕を残そうとしてくるのはイメージ通りだ。
カードに限らず、ゲームプレイヤーなんてそんなものだろう。そこの是非は問わない。メインカードを使わずとも、二人は仕事を完遂したのが結論だ。
ところが、ここから手札破壊の壁になるということは、大切に温存してきた精鋭を失うかもしれない苦渋の決断だ。
僕としてはそこまでしなくてもいいんじゃないか、そう思う。
リッカはともかく、初心者の二人にはもっと、カードゲームを楽しくプレイしてほしいと思っている。
正直な話をすれば、序盤だけ前に出して中盤以降は後ろに下がらせる戦法もどうかと考えていた。実質、観ているだけになってしまうからつまらなく感じてしまうのではないかと。
景品にある【星】のカードは確かに欲しいし、気になる。
おそらくはダンジョンをクリアしないと届かないであろう景品だ。
だが、友達を苦しめてまで欲しいとは思わない。
ゲームは楽しんで遊ぶのが一番だ。
そもそも僕はダンジョンの攻略には消極的なプレイヤー。誘いがなければ入手することもなかったカード、最初からなかったものとすれば別にどうということもない。
僕のデッキは『フェアビッツ』。
【星】のデッキではないのだから。
そんな内心を知ってか知らずか、イクハとフルナは視線で会話をして、それから頷いた。
「私のことは気にしなくていいわ。ここまで来たら、最後まで行ってみたいもの。私よりLSとヒメリカさんの手札を温存した方が勝率は高まるでしょう?」
「他人任せになっちゃうのはごめんけど……。私もフッさんと同じ気持ちだから! どうせなら一番にこの塔を攻略しちゃおうよっ!」
フルナはたおやかな指先で手札からカードを引き抜き、顔の横に構えた。
「案ずるより産むが易し。ヤラれる前にヤれば良いの。心配せずとも何階層か先で私の最大戦力を手配して、あなたの活躍を半分ぐらい食べてあげるわ!」
格好よく聞こえる台詞を放つ彼女に、僕はフッと笑って応えた。
そこまでの気持ちがあるのなら。
「どうせなら、半分と言わずに全部食ってやる、くらいの意気込みが欲しいところだな?」
「あら。残してあげたもう半分はイクハさんの分よ」
「えっ」
ご指名を受けたイクハは目を丸くしていたが、パチパチと瞬いて、表情が凛々しく切り替わる。
「……ううん、私はそんなだいそれたこと言えないけど……、一番美味しいところをかじるくらいならさせてもらおうかな!」
「競争ね」
イクハの宣言を真っ向からリッカが受けて立つ。
「歓迎する。……でも、エルスを倒すのはあたし」
「私も初心者狩りされた恨みがある、譲れないわね」
「そういうのは無いけど、エルスくんに挑みたいのは私もだから!」
「趣旨が変わってる!?」
今、倒さなきゃならないのはダンジョンの敵であって僕ではないのだが!
リッカは人差し指を立てた。
「ダンジョンの景品以外にもご褒美を用意しよう。より、やる気も出るはず」
「ご褒美……って君がか?」
「本日のMVPは、エルスを一日借りれるということで」
「勝手に貸し出さないでもらっていいか?」
僕のツッコミは歓声の中に埋もれていった。
「いいわね、乗ったわ」
「絶対勝つから待っててね、エルスくん」
「まずはあたしよりも活躍する算段を付けてから言って」
三人の間に合意が取れたことで、目の色が変わった。
眼の奥に光源が産まれたかの如く、熱く輝きだす。
「いや……そんなんでやる気が出るなら……、まあ連休だし……別に一日くらいはいいけどさ」
僕が提示した報酬ではないが、今更取り下げることもできない盛り上がり具合に、仕方なく追って承認する。
遊ぶのが絶対にイヤとかいうワケでもないし。でも何で一人だけなんだろう。
「ところで僕がMVPを取ったら何かあるのか?」
他の三人は恥ずかしながら僕がご褒美になっているけれど、僕も同じ内容なら静かな一日が始まるだけになってしまう。
「そうね……、あたしたち三人を貸してあげる」
相談もせずにリッカが勝手に賞品を設定した。
僕はともかく、女性を貸し借りで話すのは良くないだろう。
「四人で遊ぶならご褒美とかじゃなくて、普通に遊びに行こうぜ。賞品を勝ち取るくらいじゃないと、僕とは遊べないってならそれでもいいけど」
「それはそれで行く。例えば……あたしは【
「なんだって……?」
僕は実物の【
【
「私は【ラビッツオーケストラ】でもすればいいのかしら?」
「バニー!?」
まさかうさぎの着ぐるみを用意するワケではあるまい。
フルナのバニードレス姿を脳内で調合する。……よいですね。
その流れでついイクハに視線を向ける。
「えっ、ええ~!? エルスくんのカード……エルスくんの……あっ!」
しばし考え込んだイクハはポンと手を叩く。
「私は【シルキー】をやるね!」
視界の端で耳を忍ばせていた【フラワリィ】がズッこけた。空中で器用にコケるな。
「ちょちょちょちょちょ!!! ちょぉっと、お待ちくださいな!!! なぜこの永世眉目秀麗登録されたLSさんのファンタスティックパートナー、フラワリィさんを演じようとしないのですかあ!?」
「あなたと同じ扱いになったらイヤだもん」
「っ…………ガーン……」
即答されて側頭をハンマーでぶん殴られたように吹き飛び、床に落ちる妖精。
「コスプレは一例として。他にエルスが望むことがあるなら、あたしができる範囲で叶えてあげる。どう、やる気は出た?」
「……どうやら僕がMVPを取らなければならないようだな」
合法的に好きなキャラやカードのコスプレを撮れる。
本物と触れ合えたり、美麗立体映像で観れる時代ではあるが、コスプレからでしか得られない感情もある。
三人には申し訳ないが、蹴落としてでも上へ向かう理由ができた。
「クリア時点で最後に残ったそいつがMVPでいいのか?」
「総合的に考えて四人で多数決を行う。エルスの言うやり方にするとチームが崩壊する」
「確かに」
上に向かうよりも蹴落とす方向に思考が走ったのは否めない。
危ない……、危険なご褒美だ……。
僕が危険思想に染まる前に早く登ってしまおう。
意気込みも新たに、僕ら四人は巨塔の長い螺旋階段へと足を進めた。
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