第12話 存在重複
攻撃を受けたサーヴァントからは赤い血こそ飛び散らないが、代わりに目立つポリゴンが弾け飛ぶ。
むしろゲームに慣れた僕にとっては、「やられた……!」と思い込むには十分な演出だ。
状況を打破する手段は手元に無い。
いや、正しくは状況を打破するには、手が足りない。
「オレのターンはこれで終わりだ!
「まだ終わるには早いだろ! 僕のターン……!」
そう言いながらも、ドローをするには少しばかりの時間を要した。
次、takaseeにターンを回してしまえば僕の動物たちはウォリアーズに蹂躙されて生命力を全損するのは自明の理。
このドローで打開の一手を引かなければならない。
あまりにも早い勝負所の訪れに、心臓の打鍵がビートアップしていく。落ち着きながらも胸から頭まで、僕という命がカッと熱くなっていく瞬間。
「いいね……、滾ってきたよ」
目蓋を閉じて、細く息を吐き、そして吸う。
吐息と吸息の調和がピタリと整ったその刹那――「ドロー……ッ!」絞りに絞った気勢で山札からソレを引き寄せる。
「……ビリッと来たね。僕はこいつに勝敗を委ねよう!」
僕は指先で挟んだカードをくるりと回転、takaseeに晒してみせた。
「そいつは……ただの【グラスラビット】じゃねえか。今更そいつで何ができるってんだ!」
「本当に初心者なんですね。チュートリアルでは説明されない使い方が、二枚目のサーヴァントには存在します」
テンションが上がって雑になっていた言葉遣いを意識して正す。カードゲーマーとして、人として、戦う相手に示す礼儀は重要だ。
1マスに一枚しか存在できないサーヴァント、貴重な資源を消費するのに壁にしかならないような弱いサーヴァントを複数枚入れる理由は、コレだ。
「
傷付いたうさぎの上に落ちる、小さな小さな銅色の滴。
しかし変化は劇的だった。
出陣時のように、うさぎ……【グラスラビット】から眩い銅色の光が放たれ――途中から銀へと変色した――その演出が終わった時、そこにいた【グラスラビット】は穏やかに草を食むただのうさぎではなくなっていた。
牛ほどの大きさにまで体積を増やした【グラスラビット:1stack】が、むふんっと鼻息荒く正面の【シールドウォリアー・リザードマン】を睨みつける。
「存在重複したサーヴァントの戦闘力・生命力は倍化する! そしてッ!」
僕の指示に従い、【グラスウルフ】【グラスラット】の体躯が構成されるポリゴンに解け、存在重複の時に現れた滴のような小さい宝珠になる。
「この二体を『ウルズの泉』に捧げ、残り
3×3マスの脇、フィールドの外れにひっそりと隠れていた静謐な泉が色彩を鮮やかにして主張を始める。
吸い込まれるようにして放物線を描いて「ちゃぽん」と宝珠が泉に呑み込まれた。
「おまっ、スタータープレイヤーが
宝珠を呑み込み、泉の水面に浮かび上がった透明な煌めきがふわりと飛んできて僕の身体に染み込んでいく。
僕をカモだと思って侮っていたtakaseeは神秘の挙動に動揺している。僕はニヤリと不敵に笑った。
他のカードゲームにある魔法や罠、アイテムといったプレイヤーが使用するカードについて、『ノルニルの箱庭』においては神秘カードに全て集約されている。
サーヴァントと比較して排出率が悪いこと、使用には神秘力を貯めなければならず運用が難しいこと、そして何よりもプレイヤーがフィールドの同一面上に立たなければならないこと……。
しかしながら、トッププレイヤーで神秘をデッキに組み込まない者はいない。
いずれ必要になるのなら、最初から組み込んだ運用を学ぶべきなのだ。
「まだ僕のターンは続きますよ。【グラスラビット
「……攻撃じゃない……?」
「さっき言ったのと同じです。ダメージが発生しても、倒し切れない。無駄な攻撃はしないようにしています」
「主力が攻撃しないで、何をするってんだよ!?」
動揺をしながらも余裕は失っていないtakasee。
それはそうだ。如何な神秘といえど、たかが神秘力200で
物量では有利なままであるし、そもそも【グラスラビットS】は戦闘力が倍化しても600……戦闘力1200の【キャプテンウォリアー・リザードマン】を超えていないのだから、takaseeが慌てる要素はない。一度叩けばそのまま沈む戦闘力差なのだ。
――僕はそういう余裕をひっくり返すのも、大変好んでいる。
自陣プレイヤーカード……僕は箱庭を歩き、中列の区切りを超えて、フィールドの最前線へと立った。
全てのプレイヤーに与えられた基礎行動力は2点。移動をしても神秘を使うには十分な余裕がある。
「覚悟はいいか?」
「その貧弱な陣容で勝てるってんならやってみろやあっ!!!」
「おおッ! プレイヤーを前列に移動させ――神秘力を200払ってコイツを使用する!」
僕が手札から見せたのは
「100以上の神秘力を払って使用した時、壊れかけた杖は暴走し、即座に300を追加した神秘力を供給する! そして手札にある神秘をランダムで一枚発動させるッ!」
「ナン、だ、そりゃあ! ってことは、手札に神秘が一枚しかなきゃ……」
「確定で必要
僕の眼前に現れたねじくれた木の杖が、破損した身に過剰な神秘力を注ぎ込まれて、パキパキと音を立てて割れていく。
その過程で圧縮されていたのか暴力的なパワーが圧を放った。
手札から僕が選択するまでもなく、一枚のカードがするりと抜け出て、杖の先端に宿る。
「必要な神秘力は500。僕の前方2×3マスに1000ダメージを与えるとっておき」
【壊れかけた魔法の杖】が爆発して消滅すると同時に神秘が発動する。
遠き山を轟かせて天より降り注ぐ雷が、敵前列のウォリアーズを打ち据える。ウォリアーズは三体ともが生命力を全損し、瞬く間に力を失って捨て札へと送られる。
続いて中列にも襲いかかった雷が【キャプテンウォリアー・リザードマン】の
「
「良い……カード持ってんじゃねえか……!」
「僕のターンはこれで終わりです。――どうぞ」
「くそっ、ドロー!」
takaseeは引いたカードをじっと見つめ、それから僕と【グラスラビットS】を見て、自身の【キャプテンウォリアー・リザードマン】の背を眺め、そして空を仰いだ。
「ダメだ……こっから勝つ未来が分かんねえ。降参する」
次のターン、僕はプレイヤーか新たに出陣させたサーヴァントで【キャプテンウォリアー・リザードマン】に攻撃を仕掛け、防御に使う行動力を枯渇させる。そこを【グラスラビットS】でワンパン入れると残りの生命力500を削りきれる。
あとは囲んでタコ殴りにされるだけ、そういう未来が分かってしまったのだろう。
takaseeが手札をばらばらと空に捨てる。
【You Win!!!!!!!】
【プレイヤー:takasee が 降参しました】
【...Close miniature garden】
システムによる決着の告知が成され、間もなく箱庭の僕たちも元いた場所に戻されようとしていた。
次第に透けていくtakaseeに言う。
「対戦ありがとうございました!」
「……っ、ああ、あざした」
その会話を最後に、takaseeは姿を消した。
フレンド登録は……必要ない。すべき相手ならば、いずれ再びこの箱庭で出会うだろう。
「……おっし!」
初勝利の味を噛み締めながら、僕もまた箱庭から離脱した。
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