第204話 進化した? フルナのカード拝見

 対戦が始まっても箱庭フィールドに異変はない。


 隣の対戦場を見れば、セブンとダルビーが互いに一枚ずつサーヴァントを出陣させているところだ。


 オープンな環境。

 サーヴァントや神秘ミスティックの影響でマスに変動があるぐらいで、特殊な周辺環境を再現したりはなさそうだった。


 僕とフルナの間に一枚のコインが現れる。宙に浮かんだそれはゆっくりと回転して、表と裏に刻まれた模様を見せてくる。

 交差した剛毅な剣の面と優美な曲線の大盾の刻まれた面がある。それはどちらが表で裏なのか。


 世界樹のコインでないのは大会にリスペクトしてなのかもしれないが、使い慣れない道具だと戸惑うな。


 先手と後手を定めるコインがキンッと弾かれて宙を舞う。


 くるくると縦回転をして落ちてきたコインは大盾を上にして静止する。

 システムの判定によると――僕は後手。


「ありがたいね。最初からフルナの一挙手一投足に注目できるってもんだ」

「普段から注目してもらって構わないのだけれど?」

「PTAに配慮してるんだよ」

「…………あっ、TPO?」

「どっちかは忘れたけど、時と場合に配慮してる」


 僕は山札から引いてきたカードで手札を五枚に揃える。


 うーむ……、まあまあまあまあ、まあ。


 手札の引きとしては悪くないが、際立って良くもない。手札を交換するか悩むところだ。

 あんなことを言った手前アレだけども、少しばかり様子を見て、手札をどうするか考えよう。


 同じく手札を五枚にセットしたフルナが、次いで着物の袖口に手を入れて引き抜く。


「私の先手を始めるわ! ドローよ!」


 手札に追加したカードを見て、それから別の一枚を選択する。


「サーヴァントを出陣させるわ。世間話ゴシップ級【大怪鳥シェケナケルス】!】


 迷いなく手札から呼び出したのは名称的には鳥のはずだ。

 だが、その見た目は僕のイメージする鳥類からは逸脱していた。


「……えーっと、鳥?」

「どこからどう見ても鳥でしょう。鳥獣デッキからは特に変えていないわよ」


 どちらかと言えば恐竜に似ていると思った。


 青黒い羽根をみっしりと備えた巨大なずんぐりむっくりした体躯は一軒家ほどの体高を持ち、ぶっとい二本足が意外と機敏にバランスを取っていた。

 くちばしらしきくちばしはないが、大きく空けた口の中にギザギザの歯がたくさん生えているのは見える。


 ダチョウみたいな鳥もいるからそれ系なのかもしれないが。


「翼がなかったら鳥の判定から外れない?」

「あら、ここの可愛い翼が見えないの?」


 フルナが指差したところを見ると、胴体の半ばに僕の手首ほどの太さしかない翼がちょんと付いていた。上下に動いているが、そこにその大きさで付いていることに何の意味が?

 恐竜を無理やり鳥にしたような造形に首を捻りながらも鳥だと納得しておく。僕らがこんなところで議論してもシステム上は鳥だし……。


 【大怪鳥】は再び大口を空けるといつの間にかはちゃめちゃに高くなった天井へ『ベエベーッ!!!』と鳴いた。本当に鳥か? こんなカードどこで拾ってきたんだろう……。


 中央中列、フルナの前に立ち塞がるこの【シェケナケルス】はその図体に見合った性能を持っているようだ。

 情報プロパティを見ると、特殊能力こそ持っていないが戦闘力は1300、生命力に至っては1900もある。下手な民話フォークロア級のカードよりも役に立つだろう。


 運用としては防御役ディフェンダーに近いのだろうが、十分に攻撃役アタッカーとしても活用できそう。


 二ヶ月前にはいなかったカードの一枚で間違いない。こんなのが出てきてたらさすがに覚えている。

 以前のフルナであればエースに匹敵する性能、準エースとして使ってもおかしくないレベルのカードだ。


 しかしながら、ここは上級の大会。言葉は悪いが、この程度のカードならばいくらでもいる。


「念のために確認しておくけど……まさか、それが新デッキのキーカードだ、なんて言わないよな?」

「あら、酷い言い草ね」


 フルナは前髪を片手で払って答えた。


「もちろん、この子もキーカードのよ」

「……含みのある言い方だなあ」

「それがエルス流でしょう?」


 意味ありげに笑うフルナに、僕は肩を竦めて回答とする。


 自分がやるのはいいが、相手にやられるのはあまり愉快ではないのがエルス流だ。


「君の手番は終わりか?」

「まだ終わらないわ。『ノルンの憂い』で手札を五枚入れ替える!」


 ずいぶんと思い切りが良い。

 サーヴァントを一枚出陣させただけで手札を入れ替えるとは。


 次の手番を待てば、さらに一枚多く見れたのにそうしなかったのはプレイミスか、あえての判断か。


「私の手番はこれで終わり。さあ、どうぞ!」

「どうも」


 不可解な手順、カードの選択が見受けられる。

 これは……単なるプレイミスではなく、意図した判断だと断定しよう。


 序盤も序盤でミスを頻発するようなプレイングでここまで来れるはずがない、という前提を掲げておいての思考になるが、さほど間違ってはいないはずだ。


 であれば。


「僕の手番、ドロー。僕も行かせてもらおうかな!」


 引いてきたカードを見もせずに、僕は手札六枚を捧げて三女神ノルンに施しを望んだ。

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