第72話 ネガティブカードの解放
いくら【いとのおともだち】が僕の行動力を縛っても、出陣までは防げない。
出陣で使用される行動力は、そこに出てくるサーヴァントの物なのだから。
久方ぶりに
その動き自体が、僕に今まで不足していた条件を満たしつつあることを示唆していた。
「まつろわぬ。……奇遇」
「まったくだ。『まつろわぬ』カードは僕の指示を聞き入れない、肉壁としか使えないカードだ。今のままでは」
「ロッテちゃんの『忘れられた』と同様に、本来の力を披露するには条件達成が必要」
「そうなんだろうな。僕はこれから謎解きをしなきゃならんが」
『ノルニルの箱庭』には不遇のカードが存在している。
能力が弱いとか以前の問題であり、使用に耐えないカードがあるのだ。
ゲームの仕様として考えた時、誰がどう見てもおかしいと思うはず。
リソースを払って使用に耐えないゴミを入手する、だなんて、普通に考えればゲームデザインとして有り得ないはずだ。弱いだけのカードならゲームの進行に影響は与えないが、まともに遊ばせてももらえないカードを提供されるのは異常だ。
その結果、手に入れたみなが使用を諦め、ごみくずの烙印を押し付けてきた。
だが、それが正常な仕様であれば?
誰もがこれらのカードについて、正しい使い方に気付かなかっただけならば?
その答えを、
『傷ついた』『失われし』『壊れている』……これらネガティブカードの代表格、『忘れられた』カード。
ネガティブカードは特定の条件を満たしてやれば、その要素を解消し、本来の能力を発揮し始める。正しく使用すれば、デメリットを覆して余りある能力を発揮してくる。
ヒメリカはノル箱を始めて一か月も経たないうちに、一年やって他のプレイヤーが気付かなかったいわゆる『封印の解放』に辿り着いた。そして五回行動の化物を生み出すに至った!
そして、どういった巡りあわせか、僕もまた言うことを聞かない困ったネガティブカードを所持している。
【まつろわぬ妖精:“
こいつをもらい受けた時には半々の確率で指示を拒否する、みたいなことを言われたが、半々どころではない。【
今まで僕は「どういう確率なんだよ!?」とキレちらかしてきたワケだが……そもそも前提を満たしていないことが原因だとは思いもよらなかった。
この妖精は『まつろわぬ』もの。
誰からの指示も受けぬ、自由の象徴。
そんな彼女を無条件で従えると考えていた自分が馬鹿だった。
『忘れられた』人形の覚醒に愛が必要ならば、『まつろわぬ』妖精を従えるには資格が必要に違いない。
妖精が納得に足る資格とは?
「本当に馬鹿だよな。最初から、僕の答えもすぐそばにあったのに」
「最初から……?」
僕の自嘲を不思議そうに受け止めるヒメリカ。
神秘と親和性が高い。そう言っていたのは誰だったか?
僕である。
当の妖精から勧められて神秘と相性の良い素養を得たのは誰だったか?
僕である。
つまり、妖精と触れ合うのに最も重要な要素とは一体なんなのか?
「そりゃあ当然、
であるならば、せめて神秘力を知覚、扱うところからが最低限の資格なのではないだろうか。
僕はそう予測した。
「そして、その一端を僕は握っている」
大会中にたった一回だけだが、彼女が僕に力を貸してくれたことがあった。
『黒』との対戦で、最後の最後に少しだけ。
アレ以降はやっぱりそっぽ向かれてしまっていたが、要するにあの1ターンだけ、僕は【
そう考える他にない。それまで僕にずっとツンツンしていた【
あのわずかな時間だけ、僕は神秘力を扱える――あるいは溢れさせていたのではないか。
思い当たるきっかけが一つだけあるのだ。
『黒』が反則敗けになった理由。
もしかしてあの時【星剣】に神秘力を用いてカードの性能以上の戦闘力を得ようとしたのではないか。
だから直前まで競り合っていたのに、突然『黒』の性能が跳ね上がった。
しかしそういった実力行使はカード対戦ではご法度だ。何のためにわざわざカードで代理戦争しているのか分からなくなる。ゆえの反則敗けだったのでは?
推測に推測を重ねた理論で、僕が何を言いたいのかといえば。
『黒』にぶった切られた時の、身体の内側から弾け飛びそうな膨張感。あれこそが僕の身の内に潜む神秘力じゃあないか?
敵からのいかにも神秘的な武器による攻撃が呼び水となって、僕に眠る神秘の欠片がわずかなりとも漏れ出たのではないか。
今はすでに落ち着いてしまって、神秘力の発露など欠片もない。
だけれども、神秘力を発する可能性は以前と比べて非常に高まっている。
それを踏まえての【
もはや「どーなのよ!? わたしを使う資格、あるの!?」と気になって仕方がない女の子に見えてくるではないか。デレるまであと一歩の妖精は【フラワリィ】と比べてなんともかわいらしい。
彼女を従える鍵は、神秘にある。
ずっとできなかったことが急にできるようになるはずもない。
ではどうやって従えるのか。
「気合しかないんだよな」
「カードゲームに気合を持ちださないで」
顔色を悪くしたままのヒメリカが、固くなった気持ちをほぐそうとしてか軽口を叩く。
軽口に撹乱を挟むのは僕ら狂月プレイヤーにとっては日常茶飯事。ヒメリカはすでに知っているはずだ。
「その考えはもう古いのかもしれないだろ」
紙の、リアルカードゲームじゃ気合で結果は変わらない。
「だけどここはバーチャルなMMOの世界だ。こんなにも五感に干渉してくるゲームなんだ。固定されたテキストだけではなくて、むしろ常に揺らぐ目に見えぬものこそが大事なんじゃないか?」
「気合でどうにかなるなら、このゲームはむさくるしくて仕方なくなる」
「それが嫌なら、別の手段を広めるんだな」
タイムカウントが着々と減らされていく。
考察をするのは終わり、あとは実践で解決しなければ。
僕は糸を引き千切りながら、右側中列に出陣した妖精へと気合最大の指示を出す。
「【
「うるさ……声の大きさを気合だと思ってる?」
他に、発声による気合の込め方は知らない。
声量最大の指示に【
「……っ、間違ってるってのか!?」
【
長々と組み立てた論理を一発でブチ壊す最悪の演出。
それを僕は呆然と眺めて――
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