第55話 いけすかない男、リョーマ
リーグCの代表として現れた男『リョーマ』はいけすかない顔をしていた。僕の偏見かもしれないが。
不自然さのない顔面はリアルでもさぞイケてるメンなのだろうと想像がつく。そして対戦者の僕を一目見て鼻で笑う仕草が板についている様子は、常日頃から人を見下すことに慣れているのだと察せられた。やっぱりいけすかない男だ。
まだリーグBの決着はついていないからか、人員が揃ったのにこちらの対戦は始まらない。本選出場者が全員揃ったところでステージを使った催しがあるのかな。
僕とアッシュの間にいけすかないイケメンのリョーマが挟まっているせいで、気軽にアッシュと言葉を交わすこともできない。いや、できないことはないんだが……、邪魔だなあ。
若干の手持ち無沙汰。
だからだろう、リョーマが口を開いたのは。
「おーっす、そこの亡霊さんよー」
「…………」
「無視すんなや、このおれをよー」
「……もしかして、僕に話しかけているのか?」
「ハァ? オメー以外に亡霊がいるとでも思ってんの?」
無礼が過ぎると思ってよろしいか。
時代が時代なら市中引き回して獄門に首を晒しているぞ。
惜しくも現代なので、言いたいことをグッとコラえてやる。なんて大人なのだろう。
「なんだ」
言葉が刺々しくなったのは仕方なし。
しかし、さすがの僕もリョーマが発した次の言葉には度肝を抜かれた。
「オメーさー、見栄え悪いから棄権してくんね? つうか、しろ?」
「……は?」
何を言っているんだ、こいつ?
リョーマはサラサラの金髪を掻き上げて、
「チッ、一回で理解しろやゾンビヤロー。本戦からは確定でデッかく配信に乗るだろーが。オメーの見た目、画面映えしねーんだわ。つうことで、さっさとおれの前から消えろ?」
「……ああ、なるほど、理解した」
「そりゃ良かった。棄権まだ?」
「こうやって対戦相手に威圧をかけて上がってきたのか。実力に自信がないならそう言ってくれ、分かりにくいな」
見事な推理を披露すると、アッシュが向こう側で「プッ!」と噴き出した。そんなに面白いことは言っていないはずだが。
僕に棄権を迫る理由が分からなかったが、カードゲームになんら関係のない箇所にいちゃもんをつけて舞台から降ろそうとしてくることでピンときた。
大会に出たはいいが、実のところカードゲームは得意でもなんでもないのだろう。
だけれども見栄を張ってしまって引くに引けず、盤外戦術でなんとかしてきたに違いない。
確かにイクハには盤外戦術まで仕込めていなかった。そういう相手に当たることを考えて、簡単にでも教えておくべきだったか。失敗だったな。
「ちげーよ!!! おれが勝つに決まってんだよ! オメーの相手をする時間が無駄だっつってんだ!」
「おいおい、サラ金。マジで言ってんのか、貴様」
突然激昂し始めたリョーマに、くすくす笑っていたアッシュが急に冷たい声で絡みだした。
「サラ金!? なんだァ、オメー! ウザってぇな!? 決勝でボコにしてやっから黙って待ってろや!」
「いやいやいやいや、まさかとは思うが……。サラ金、オレと戦えるつもりでいるのか?」
「チョーシ乗んな? オメーと戦うまでもなく優勝はおれに決まってんの。順序っつーもんがあるから、おれはしかたなく大会に参加してやってんの。ワカル?」
「八百長ってことか……もしそうなら残念だな」
リョーマの言動で勘付いた僕はぼそりと呟いた。
公式の大会で特定のプレイヤーを勝たせるようにしているのなら、今後プレイする価値のないゲームに成り下がる。
テンションが急降下していく……最中に赤いスクリーンが眼前に瞬いた。
『警告!
事象:公共性の高い場所における迷惑行為
特定のプレイヤーを優遇するといった運営は現在も今後も行っておりません。
存在しない事実を基にした風説の流布には注意ください。
他人の大言壮語を真に受けぬように。』
「なるほど……僕が警告を受けるのは納得いかんが、サラ金に騙されるところだったのか」
「オメーが勝手に勘違いしたくせに人のせいにすんなやッ!」
リョーマは大声でがなり立てる。そんなに怒鳴ってると喉を壊すぞ。
「八百長でないなら……、実は優勝する自信があるということか」
「トーゼンだろ。……オメーら、まさかおれのこと知らねーのかよ?」
僕とアッシュは顔を見合わせた。知ってる? 知らねー。
てんで心当たりのなさそうな僕らに、リョーマは過剰に溜め息を吐いた。
「ハァー。オメーら、どこの田舎からやってきやがった。チャンネル登録者二万人を超える配信カードゲーマーのリョーマ・ザ・ゴッズを知らねえとか」
「……そんなにすごいのか?」
配信者の登録者数とか気にしたことがないから、すごいとすごくないの境目が分からない。
二万人の興味を惹いていると考えれば当然すごいのだろうが、話題になる人は百万とか桁が違うから、そこと比べてしまうと首を傾げてしまう。
それよりも正直、アッシュと同じレベルのネーミングセンスに脱帽したい。歌舞伎町とかでアドトラックに載ってる人じゃん。大丈夫か?
「あー、カードゲーム一本で二万人なら上澄みなんじゃねえか。オレは知らんが」
アッシュが教えてくれた。そうなのか。僕も知らん。
リョーマ・ザ・ゴッズとやらは地団駄を踏んだ。
「なンっで知らねえんだよ! おれは日本サーバー最大のプレイヤーギルド『極東騎士団』が後援する注目のルーキーだぞ!? オメーら雑魚とは
「日本人ならこういうことわざがあるって知識も頭に入れておいた方がいい。『弱い犬ほどよく吠える』ってな」
「おいエルス、どうせだから『負け犬の遠吠え』も覚えて帰ってもらえよ」
「運営ッ! こいつらの言動も大概じゃねーか?!」
配信者だって言うくせに煽り耐性なさすぎるだろ。
逆に配信者だから……か? 言われたことに対して反応しなきゃいけないのかもしれない。
大変そうな仕事だ、絶対に僕はやりたくない。
息の荒いリョーマは「フン」と鼻から空気を抜いて、そのへんに唾を「ペッ」と吐いた。
「そこまで痛みを味わいてぇなら、これまでのヤツらと同じようにプチッと蟻みてぇに潰してやんよ……後悔すんじゃねえぞ?」
「蟻を潰すだけの作業にこんな時間をかけたのか……。サラ金、この仕事向いてないぞ」
「あァ!? 舐めんな! 雑魚をいたぶってたら遅くなっちまっただけだっつの!」
「……いたぶる?」
引っ掛かった言葉をオウム返しに出すと、リョーマは整った顔を歪めながら、嫌な笑みを隠さずに話し出す。
「ちょっと顔の良い女がイキがりやがって……。わざと長引かせて、身の程をわからせてやったんだ! おれに逆らうのがワリィのさ、ハッハッハーッ!」
「へぇ」
僕は尋ねた。
「時間切れになるまで倒せなかったんだ?」
「……トドメを刺さなかった、んだよ」
「なるほど、言葉って便利だな。いくらでも自分に都合のよい状況に変換できる。死人に口無し」
リョーマは腕を組んで、俯いた。
再び顔を上げた時、先ほどまでへらへらと笑っていた二枚目顔に、確かなイラつきと怒りが表出していた。
「棄権しろなんてもう言わねーわ。オメーもクソ女と同じ目に合わせてやるから命乞いの台詞でも考えとけや」
「そうだな、立派な台詞を考えておいてあげようか」
「ん……? あげようか……?」
「ああ。僕はほら、優しいからさ。命乞いをする君のために、配信映えする台詞を考えておかないと」
金色の虫ってどんなのがいたかな。コガネムシだと安直か?
「君がプチッと潰れるところを演出してあげるから、せいぜい無様にあがいてくれ」
「……ぶっ殺す」
互いに殺気をブツけあい、周囲を剣呑な雰囲気へと変性させていく。
アッシュが呟いた言葉はよく聞こえなかった。
「あーあ、怒らせちまった」
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