第54話 リーグ代表

 納得のいかない勝利だったとしても勝利した以上、対戦表にどんどんと名前が詰められていく。

 考察する余裕もないまま、僕は連戦の続きへと放り込まれていた。


 ――二桁も勝利しただろうか。


 疲労に若干朦朧としながらも、対戦数を指折り数えていく。

 ここに来るまで要した時間は軽く八時間を超える。これで疲れていないやつはマジモンのバケモンだ。


 唯一の救いは、対戦相手側も大体疲れててプレイミスを頻発していたこと。今しがた終えた対戦では僕もめちゃくちゃミスった。


 あとは『黒』みたいな規格外が他に当たらなくて助かった。いや、あんなのが何人も出てきたら大変なんだが。

 その割にはあまりにもぐだぐだな試合展開が多くて、配信とかしていなくて良かったと思っている。


 次の対戦に向けて少しでも回復しなければ。


 朝、エントリー前に別れた知人たちとは当たっていない。

 別のリーグに振り分けられたか、あるいは早々に負けてしまってレートがズレてしまったか……。

 この後に対戦が実現するならば、僕と同様に数え切れない相手を叩きのめしたことになる。


 アッシュはそれができる。ただ他の四人が僕の前に立ちはだかるのは……正直なところ想定外だ。


 一朝一夕で勝ち残れるほど大会ってのはヌルいものじゃない。

 僕とアッシュ以外にもカードゲームに精通し、四月からプレイを始めた人はいるはず。それはカオティックムーンのプレイヤーかもしれないし、はたまた別のTCGからやってきた未知の脅威かもしれない。


 カオティックムーンの経験と……認めたくはないが某トラブルハンターのおかげで僕はここまで残れている。


 経験とレアカード、そのどちらをも欠く四人が上がってこれるとは思えない。

 それでも上がってくるのなら――僕に見せていない深い深い底力を持っていたということ。


 僕としては、そうであってほしい。


 とんでもない成長曲線を記録している相手、しかも僕が面倒を見た知人と対戦できるなんて、楽しみが過ぎる。疲れきったはずの脳みそが高揚に上向いてくるようだ。


「……幕間が長いな」


 疲弊状態からわずかながらも脱出して、ようやく気付く。


 先ほどまでは対戦が終わったらすぐにマッチングの状態がスクリーン表示されたのに、暗転したまま休憩が取れる程度には待たされている。


 対戦が始まらないのなら好都合。インベントリに入れてある茶とブロッククッキーを口に含む。特別な効果のあるものではない、ただの味がする嗜好品だ。現実と同じような休憩行為を取ることで、すごく休めた気分になる。


 ふと左腕に装備した籠手……デッキホルダーに視線を向ける。

 一時は『黒』に破壊された籠手だが、対戦が終わってから欠損の回復と一緒に修復された。

 それは良いのだが余裕ができてから改めて考えると、対戦相手に真っ二つにブッた斬られた防具って縁起が悪くないだろうか。


 『ノルニルの箱庭』はカードに現金を突っ込む必要がないので、初期投資さえ飲み込んでしまえば後は無料でプレイできる。が、当然ながら運営は他にも色々とマネタイズを考えている。

 衣装くじもその一つで、中でも僕はデッキホルダーくじをついつい引いてしまっている。スリーブとかプレイマットをたくさん集めてしまうのと同じ感覚。


 そんなわけでデッキホルダーはそれなりに持っているのだが、使い慣れた籠手から変える理由がなかったのでまだ袋から開けてもいない。観賞用だったデッキホルダーをついに使用する時が来た。


 どれにしようかとインベントリを眺めだして、しばし。

 暗転空間に変化が起きた。


 『LS』という僕の名前が暗闇に刻まれ、それが眩い蒼光に包まれて、カクカクと折れながら上昇していく。


 その意味を間もなく僕は理解する。

 スプリンガー・バトルフェスもいよいよ大詰め、ということらしい。


 うっすらと浮きあがるあみだくじの如く入り組んだ表を鮭のように遡っていく。そして辿り着いたのはトーナメント、リーグDの頂点。

 気が付けば暗闇は晴れ、僕はリーグの代表として観客が詰め寄せる中央ステージに立っていた。


 本戦の対戦表はすでに確定していて、リーグAとB、CとDの代表がそれぞれ戦うことになっている。

 ゆえに――


「ずいぶんと遅かったじゃねぇか。なぁ、エルス?」

「歯応えのある骨ばっかりかじってきたのさ。アッシュ、お前、あんまり柔らかい物ばかり食べていると、顎が弱くなるぞ」

「ハッ! 貴様と比べたらどれも脆い。責任はエルスにある」


 僕よりも早くリーグAの代表としてステージに立つ†ブラッディアッシュ†と戦うには、もう一戦ほど勝たなければならなかった。


 リーグBとリーグCは未だ決着が付いておらず、おそらくは今頃がクライマックスだろう。

 ステージの周りに集まっている観客たちは対戦の様子を観れているかもしれないが、ステージ上の僕らは観戦スクリーンを開く許可がないようだ。


 とはいえ、それに文句があるはずもない。

 逆に観れなくて良かったまである。相手デッキのネタバレを喰らうなんて興醒めもいいところだからな。


 ただ、一つだけ提供される情報もあった。


 リーグ代表を決めるべく奮闘しているプレイヤーが誰か。

 残り二つの椅子を巡り争う四人のプレイヤー、その名前だけがステージ上のトーナメントリストに記載されている。


 三名様は知らない名前であったが、残りの一つ、リーグCで僕との対戦権を奪い合っている名前はよく知っていた。


「それにしても……上がってくるとは思わなかったな」

「イクハか」


 呟きにアッシュが反応する。僕は頷いた。

 そう、カードゲーム初心者で目立ったカード資産もない、勝ち上がってくる要素は限りなく少ないはずのイクハがリーグCの頂点に手をかけている。


「くくっ、よほどエルス、貴様と戦いたいらしいな」

「あんなに可愛い子が僕なんかと遊びたいだなんて、大変ありがたい話だよ」


 僕と会話してくれる人は家族とアッシュと、あとは先生とか委員会みたいな話す必要のある人だけだったから。


 カオティックムーンだって対戦前と対戦中はあれこれやりとりをするけど、対戦が終わったらみんなスンとしてどこかに行ってしまうし。何度も戦ったことがある強いプレイヤーたちは認知しているし、僕も認知されているとは思うが、結局友達というのはアッシュくらいだった。


 それが今は奇妙な縁もあるが、僕の好きなカードゲームを大人数で遊べて楽しい。見知らぬ強大なプレイヤーと戦うのもわくわくドキドキして嫌いじゃないが、気心の知れた友人とやる遠慮のない対戦は単純に楽しいのだ。


 自分の性格に難があることは分かっている。それに付き合ってくれる相手が増えて、表には出さないが嬉しく思っている。


 しかもその内の二人は、ほとんど接点を考えられない美少女ときた。

 カオティックムーンにも大会常連の美人いたけど対戦以外で会話したことなかったから、今はすごい貴重で新鮮な体験をできている。

 二人とも何が面白いのか、僕をめちゃくちゃにからかってくるのが玉に瑕だ。過剰なボディタッチは初心な反応をからかわれている、とようやく察する程度には鈍いのだから僕で遊ぶのだけはやめてほしい。ボディタッチが嬉しくないわけではないが勘違いしてしまうだろうが。


 冗談交じりにタッチしてくる師匠との逢瀬……鍛錬を重ねることでやっとそこまでの境地に至れた。女心、難しすぎる。


「エルス……、女にうつつを抜かすのは構わねぇが」


 想いを馳せていると、アッシュが水を差した。えらく尖ったアゴで真剣な顔をしている。


「血迷った手を打つ真似はするんじゃねぇぞ」

「一生に一度かもしれない経験なんだから少しはいいじゃないか……」


 初めてのモテ期(偽)に浮かれているのは否定しない。でも今後はないかもしれないし、少しぐらいは、ねえ?


「ま、ガチ対戦で手心を加えるような真似はしない。それをされて喜ぶような相手と遊んでもつまらないだろ」

「そうじゃねえんだが……」


 一転、眉尻を下げて呆れた顔を作るアッシュ。何がそうじゃないのか言ってもらってもいいか?

 アッシュもたまに理解不能な忠告をしてくるんだよな。


 こうやって会話をしながらも意識の半分はもう一方へと向いている。

 僕らがじゃれている間にも、残る椅子を賭けた戦いは進んでいて――


「あっ……」

「……決まったか」


 勝負の結果を告げるシステム音声と共に、イクハの名がトーナメントから消えていった。

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