第53話 決着は唐突に

 一応金属で造られている籠手だったが、【星剣】はバターのように中身ごと斬り落とし、返す剣で僕を袈裟に斬ってくださった。

 一度の攻撃で二回もプシュケーの減損を味わえるなんてお得すぎて涙が出る。


「っぐ、……ううううう……ぅっ!!!」


 噛み締めても噛み締めても、喉の奥から苦悶が漏れる。


「……がぐぐううう、っは、はあ……っはあ……!」


 痛覚制御していない新鮮な痛みに僕はのたうち回った。

 アッシュとの対戦があってからかなり低めに設定していたので、久しぶりの痛みがマジで効く。こんな痛みを味わうくらいなら歯医者では絶対に麻酔を打つ。


 ヤバい、痛すぎる。

 あまりにもキツすぎて全身が超新星爆発しているようだ。

 身体の深層から弾け飛んでしまいそうな感覚。


 先ほどとは別の意味で震える体躯を必死で抑え込み、ちかちかと光る視界の先に、泰然と睥睨する『黒』を捉える。


 口の端から漏れたよだれを袖で拭き、子兎の如くよろよろと立ち上がる。


「ま……待たせた。さぁ、来いよ……」

「…………、」


 掠れた音がした。


「……なぜ、引かぬ」


 ガサガサの木枯らしみたいな声が、問う。


 初めて聞いた『黒』のセリフが少なからず僕に興味を持っているようで、よだれでねっとり湿った口内にてひっそり笑う。鉄仮面から人間を引っ張り出してやった。


「引かないのは……当然だろう……。僕のプシュケーがまだ18点も、残っているのが、見えないのか?」

「無駄に、あと18回ものたうち回りたい、と?」

「質問に質問で返すな……。そも、僕がのたうち回るのは、あと17点分だ」

「…………」


 僕の答えに納得したのか、『黒』は再び【星剣】を前に構えた。


 どれほどみっともなく痛みにのたうち回ったとしても、僕が許すのはプシュケーが残り1点になるまで。そこまでには逆転の一手を引いてみせる。


 僕が、勝つ。


 【星】の力の一端を披露されてなお折れぬ心を提示した。


 対する『黒』の返答。


「……『星斬り』」


 全力で僕の心を折る、その意図が読めた。


「やれるものなら、やってみろ……!」


 『黒』が【星剣】を横にして掲げる。


 文様を描いていた燐光が『黒』の宣言と同時に強度を増していく。光が物質と化したように【星剣】に纏わりつき、覆っていく。


 鉄の剣は、独特な光の色でコーティングされた別種の剣として生まれ変わった。


 それを次はどこで受けるかが問題だ。

 切り落とされた左腕と籠手は戻ってきていない。プレイに影響はないが、プレイヤー防御ガードには使えないだろう。


 右腕まで捧げるのは絵面的にも僕としてもよろしくない。欠損を受けて『武装アームド』が解除されたら元も子もないし。


 となると、やはり身体で受けるしかなかろうか。

 四肢は欠損で消える可能性ありだが、他の箇所は欠損の対象外となっている。代わりに痛覚倍率が高い。


「いやだなあ……!」


 今度は捉えられる速度で駆ける『黒』を見ながら愚痴る。それぐらいは許してくれよな。


 ダメージの少なそうで受けるためタイミングを計っていた、直後。


 『黒』が視界から消えた。


「上!?」


 鈍重なはずの全身鎧を着たまま鋭く跳び上がった『黒』は、石造りの天井を蹴り、落下しながら【星剣】を振り下ろす。


 頭頂から股間までズッパリ両断される軌跡。

 その予想に絶対無いはずの死が脳裏を過ぎる。


「……っふ……貴重な体験を、ありがとよ!」


 精神がやられる直前に茶化せたのは、かつての激戦がもたらしただったのかもしれない。


 その時、同時にいくつかのことが起こった。


 ――虚を突いて空より落ちてきたコインが、【星剣】の軌道に噛んだ。


 真っ二つにされず地面に叩きつけられたコインが示したのは、豊かな緑葉、ユグドラシルの繁栄。


 訪れる夜明け、朝焼けに追われる瑠璃の色。

 忘れ去られた『暁の星アズールステラ』が、瞬いた。


「――ッ、話が変わった!」


 咄嗟にコピートークン:【粗悪な星剣】で正式な【星剣】を受け止める。


 先の手番のことを考えれば戦闘力は劣っていたはずだ。

 しかし、僕の【粗悪な星剣】は折れず、曲がらず、半端ない威力にガチガチガチガチと刃ぎしりしながらも持ちこたえている。


「その『星斬り』とやら……戦闘力を上げる技じゃないみたいだな!」

「…………」

「読み違い……見えたぞ、お前の隙がッ!」

「…………っ!」


 揺らいだ。

 自慢の技を防がれたせいか、はたまた僕の調子に乗った煽りが刺さったか。

 これまで片時も揺るがなかった呼吸が乱れた。


 もう一押しあれば……!?


「なっ、これは!?」


 鍔迫り合いをしている【星剣】から溢れる燐光の出力が爆裂的に増加する。

 ここまで耐えていた【粗悪な星剣】に「ピキピキ」と音を立てて亀裂が入っていく。


「が、頑張れ! 負けるな! 耐えろ!」


 願いを込めて応援してみたが、ダメだった。

 最期に一瞬の均衡を保ち――幻のようにパリンと砕け散り、影に還っていく。


 そして、そのまま勢い衰えぬ【星剣】が僕を襲う。

 脳天から開きにされ……、


「…………ん?」


 その瞬間を耐えるべく歯を食いしばったのだが、未だ開きにされていない。

 【星剣】は頭頂に刃を入れるギリギリのところで止まっている。


 着地した『黒』は頭を振って、ぼそりと呟いた。


「……しまった」

「おい、何が起きたんだ」

「……貴殿の勝利だ」




【You Win!!!!!!!】

【『黒』 が 違反ヴァイオレーションを犯しました】




 全く理解の進まぬ僕を置いて、システムまでもが僕の勝利を認定してしまった。

 違反って何?


「どういうことだ?」

「……いずれ分かる。また逢おう」


 僕を置いてけぼりにしたまま、『黒』はそう言って箱庭から離脱していった。


「どういうことなんだ……」


 どんな違反を犯したのか説明があってもよくないか。

 あとせめて本当の名前くらい謎解きのきっかけに置いてけよな……。


 そして気付いてしまったことがある。

 この後も大会続くのめっちゃしんどくない?

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