第52話 星の剣

 僕の持つハイレアリティは【フラワリィ】も【花の妖精境】も序盤ではほとんどその力を発揮できない。

 【フラワリィ】は神秘ミスティックを捨て札に溜める時間が必要だし、【花の妖精境】は1000もの神秘力を稼ぎだす必要がある。


 この場面で狙うのは、【暁の星アズールステラ】を導入したことで一緒にデッキ入りを果たした【ラビッツオーケストラ】シリーズ。


 音楽隊は、トランペット一つでは成り立たない。

 ――指先が白くなるほどのピンチ力で、デッキトップに狙いのカードを絞り込む。


「……っ、今!」


 シャカッと鋭い音で引き抜いたカード。

 その名称は……【ラビッツオーケストラ:ホルニスト】。


 僕はグッと拳を握る。良かった。


 まあ? そもそも?

 ラビッツオーケストラはシリーズを複数枚入れているのだから、確率的にも引いてきて当然だ。50%を連続で数十回も外す方がおかしいんだからな。


 予定通りに狙いのカードを引いてきたこの流れならいける!


「【暁の星アズールステラ】の特殊能力『暁の星アズールステラ』を使用! 判定を行う!」


 トスしたコインは裏側の根っこを恥ずかしげに晒して消えた。


「なぜだ!!!」

「…………」


 思わず膝をつく僕を無言で見下ろす『黒』。どこかしら哀れみが含まれているような気がする。


「くっそう、音楽隊! 僕の悲しみを戦意に変えてくれ! 出陣、【ラビッツオーケストラ:ホルニスト】ッ!」


 左手側にホルンを抱えた青うさぎを召喚。

 ホルニストのうさぎは、先にいるトランペッターと音を合わせ、より勇壮に響くハーモニーを奏で始める。


「『闘う箱庭の音楽会バトルフィールドコンサート二重奏デュオ』! 音を重ねていくにつれて、範囲、強化値も増していく!」


 和音が一つ増える度に、倍率もまた一ずつ増えていく。

 二枚の演奏者が奏でる音楽会は僕の戦闘力を三倍にまで引き上げてくれる。


 ……足りない。


 強化を重ねても粗悪まで堕ちた劣化【星剣】が元の値まで届かない。


 僕の増えた戦闘力400分がどれほどその差を埋めていられるのか……体感としては足りていないのだが、放たれる威圧感がハッタリという可能性も微粒子レベルで存在している。


「試してみるしか道はないんだってのが気に食わないな! さぁて、こいつが通るのか教えてくれ『黒』! 通常攻撃ノーマルアタックを仕掛けるぞッ」


 宣言と同時に補助AIが僕の動きを補佐し、ブルブル震えていた剣先がピタリと標的を示す。

 マスを隔てる青と赤の光線を挟んで、およそ四メートル。


 ――三歩でその距離を埋めた僕は勢いのままに【粗悪な星剣】を鋭く振る。


 『黒』が動かした【星盾】にいとも容易く弾かれる。


 だがそれは本命の攻撃ではない。

 補助AIの導きに誘われるまま、連撃を繰り出していく。現実ではチャンバラブレードだったとしても実現不可能な軌跡で【粗悪な星剣】が『黒』を襲う!


 その全てを『黒』は焦ることなく【星盾】、時に【星剣】で的確に防御する。

 全身鎧を衣装にしているだけある。鉄壁の防御。


 『ノルニルの箱庭』に実装されているAIは優秀だ。

 どのように鉄壁の防御を崩すかまで指示をくれる。


 『黒』が【星剣】で受ける瞬間、力を入れて強く弾いたハードブレイク


 わずかに体勢が流れる。隙を埋める【星盾】の移動が、『黒』の視線を隠す。

 僕は【星盾】の縁を空いている左手で掴み、奪い取るように引き寄せた。


「まさか僕の方が戦闘力バトルポイント高いのか!? もらうぞッ、ファーストヒット!」


 レアリティや戦闘力の均衡具合によっては、このように演出が入る。

 僕は強烈な一撃でダメージを取る、という見た目をしていない。代わりに採用されたのが連撃で隙を作ってそこに効果的な一撃を入れる演出。


 眼前に無防備な頭を晒した『黒』に全力の【粗悪な星剣】打ち下ろし――!


 ――っキンッ!!!


「…………くうッ!! 期待させやがって……!」


 致命的な箇所への一撃は、ギリギリで差し込まれた【星剣】に受け止められていた。

 どれほど体重を乗せてもミリすら押し込めない。


 悪あがきをしてみたが、AIの補助も切れてしまった。そうなれば僕など棒切れを持った小学生にも劣る。


 『黒』に振り払われ、元のマスへと突き飛ばされて尻もちをつく。

 悔しいことに『黒』は息切れ一つ起こしていない。


 僕は【星盾】を掴んだ左の掌を見る。そこには焼けてポリゴンを噴いている傷があった。


 メニューから記録ログを確認する。

 【星盾】から反撃ダメージをもらっていた。ワァオ。反撃能力まで持っているなんて大盤振る舞いだ。ふざけるな。


 ヴェルザンディフェイズ最初の手番なのに生命力ライフガードがもう0になってしまった。


 さらなる絶望のピースも実は揃っている。

 つい先ほど全力でぶつけた【粗悪な星剣】だが、【星剣】と当たったところが軒並み欠けている。ちょっとペース早くない?


「ターン……エンドだ」


 攻撃した側のはずなのにボロボロの【粗悪な星剣】を構えて宣言する。


「…………」


 無言でドローした『黒』は内容を確認もせずに鎧の隙間にカードを仕舞う。

 そして、ただ持っていただけの【星剣】と【星盾】を――構えた。


 星の武具が、爆ぜる。


 そう勘違いしてしまうほどの光量。

 単なる鉄の剣とか言っていた自分が恥ずかしい。

 表に浮かぶ黒とも蒼ともつかぬ不思議な色合いの文様が、唯一無二を体現している。


 見惚れそうになる心を、しかし圧倒的な存在感が許さない。

 以前に【シャニダイン】を間近で体験していなかったら、よだれ垂らして物欲しげに眺めていたかもしれない。


 【星】を携える『黒』には肌で感じるオーラがあった。

 只人にはけして扱えないであろう【星】を従えるべくして従える者。


 五感、六感を三重の圧力プレッシャーで激的に刺激してくる『黒』は、ここにきて正体不明の強者として十分な格を誇示してきた!


 僕が「……ごくり」と唾を呑んだ刹那、『黒』の姿は眼前に移動していた。


 追えなかった!

 気付けば目の前で『黒』が【星剣】を振り上げている!


「……ッ、やべっ!?」


 優先的にサーヴァントが防御を受け持つシステムが、勝手に僕の身体を動かして【粗悪な星剣】で受けようとしている。


 それはダメだ!


 受けたら、間違いなく破壊される。

 戦闘力が均衡しているような演出もあったが、絶対に本領を発揮した【星剣】には太刀打ちできない!


 焦りで漏れた呟きのせいで、口頭宣言は間に合わない。


「だぁ、これだけはやりたくなかった!」


 補助AIの誘導に反抗し、代わりに左腕の籠手を差し出す。

 肉を裂き、骨を断つ、生々しくも硬質な痛みが体内より産声をあげた。

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