第7話 神秘の力ってすげー
僕が正気を取り戻すと、知らない庵に連れ込まれていた。
腕を引かれるままに歩いてきたらしいのだが全く記憶にない。
王都の隅でひっそりと育まれた自然の中に佇む庵。それがアインエリアルの棲家のようだ。
椅子に座って物珍しさに眺めているところで、アインエリアルが紅茶を持って戻ってきた。家でも服装は変わっていない。
「まあまあ、お茶でも飲んで落ち着いてよ。スターリット産の良いやつだから味わってほしいわね」
「それがどう良いのかは知らないけど、ありがとう」
アインエリアルを正面から見るのは気恥ずかしく、深い琥珀色のそれを口に運んでごまかす。言われて味わってみると、確かに自宅で飲むようなやつより香りが鼻に抜けて、素直に美味しいと思う飲み口だった。
「ふふ……」
その様子をテーブルに頬杖をついて眺められている。
感情と理解が一光年以上も追いついていなくて、気まずさゲージが非常に高まっている。とても気まずい。
とはいえ、聞きたいことばかりが増えていく現状はよろしくない。
結果的に師匠と弟子の関係になってしまっているのだから、それは活用しなければ単に損だ。……損をしてはいないか……。
「……あー、えっと。アインエリアルさん」
「師匠かお姉さまとお呼びなさい、そう言ったと思うけれど」
「勘弁してくれ……、あんたがNPCならともかく、初対面のプレイヤー相手にそこまで親しく出来ないよ僕は」
「あら、なんで私がプレイヤーだって分かったのかしら。そういう話はしていないはずなのに……」
「通知が出ただろ。きちんと『プレイヤー:“神仙”のアインシャント・アインエリアル』って表記されてた」
疑問に答えるとアインエリアルは「あちゃー」と片目を瞑ってみせた。
「私に通知が来たのだから、あなたにも届くのは当然か。うーん、せっかくNPCプレイを愉しむつもりだったのに残念」
「まあ……僕も通知が無ければNPCだと疑わなかったかもしれない。随分と評価が高いみたいだし、このゲームが始まって一年しか経ってないのに、NPCに認められるほど突出したプレイヤーが居るとは考えてもなかったからさ」
ああ、と指を立てて彼女は答える。
「それは簡単な話で、単純にゲーム内の方が時間の進みが早いの。
完全没入しているということは、人が持つ感覚全てをバーチャルに持ち込んできていることに他ならない。
そう考えると、体感時間を長引かせるのも可能なのかもしれない。詳しい技術は知らないが。
それにしてもと僕は呆れて言った。
「NPCの振りをしてるからってそんな服装だったり、みだりに接触するのか?」
「その言い方は心外ね。これぐらいの露出なら現実でもいるし……それに弟子はあなたが初めてよ?」
ムッとした様子でアインエリアルは椅子の背に重心を移すと、胸の下で腕を組んだ。大きな胸の谷間が非常に強調されて非常に良くない、いや良いのだが、ローブはなぜめくれないクソ。
……いや、そうではなく。
「現実でも下着ローブはおらんし! 弟子にちゅうしてくる師匠もおらんだろ!」
「…………ふうん……♡ そこまで視られちゃってるんだ……?」
僕の言葉になぜか機嫌を上げてくるアインエリアル。そんな要素がどこにあった。
彼女はせせらぎのように聞き心地の良い声で僕の耳を撫でてくる。
「このゲーム、もちろん主軸はカードゲームだけれど、実は普通のRPGみたいに自分を鍛えることもできるの。私は神秘を極めて、神仙に
「へ、へえ……そういう要素もあるんだ」
「あるのよ。カードパックの内容にも補正があるから、重要な隠し要素。他にも色々とできることが増えるし……例えば、神秘の力で服を作ったり、ね」
「ないだろ! 服作れてないだろ、それ!」
どこからどう見ても服を着ているようには見えない。
そう言うと、アインエリアルは目を見開いた。
「わ、もしかして全部透けてる……? すごーい……♡ やっぱり見込んだ通り、すごい素養があるんだ。私の服、神秘に親和性の高い素養を持つ人ほど透けて見えるの」
なぜそんな服を! ありがとうございます!
アインエリアルは立ってテーブルから少し離れると、くるりと軽やかに回ってみせた。完璧な肢体が蠱惑に踊る。
「どうかしら、控えめに言っても私のアバターは最高に作れたと思う。せっかく上手く作れたなら、たくさん愉しみたいのが普通でしょ。私、強いと思っている自分をもっと強い人にねじ伏せられるの、好きなのよね……現実だと能力的に私には難しいけれどゲームなら出来るじゃない? 裸を視られてるってことは、私よりも強い素養を秘めてる可能性があって……フェアリィの加護を付けてるから面白いと思っただけなのにとんだ拾い物だったわ!」
「お、おう……」
早口で教えられたアビリティ化していない分の性癖に気圧される。
「それからキスをした理由は、儀式の締結に身体接触が必要だったから。……ふふ、『ちゅう』だって」
「うるさいな!? キスをする理由にはならんだろ! 手でも繋げば良かったんだからさあ!」
「好みの顔が来たのにキスをしない理由はないでしょ? 舌に契約痕を残したから、何かする度にキスができるって寸法よ。あなたも嬉しいでしょう」
「その言い方はズルいだろ……」
はっきり言って僕はうだつの上がらない容姿をしているので、好みの顔だなんて言われたことは一度たりともない。褒められたのはゲームのアバターだが、成長した僕の姿をしているのであって、限りなく本物に近い。
超好みの顔から好みだと言われたのだ、嬉しいに決まっている。
ここだけを切り取るとルッキズムの権化だが、初対面のゲームプレイヤー同士の会話で褒めるのがアバターになるのは仕方がなかろう。
しかし、やはり今まで褒められた経験がないので猜疑感が首をもたげる。
「本当に好みだなんて思ってるのか? 自分で言うのもアレだけど、僕なんかガリガリで亡霊みたいだろ」
「それはさすがに師匠を舐めすぎの発言よね。腐っても神仙、あなたが纏う神秘の欺瞞はすでに看破済よ! ……でもキャラメイクで神秘を纏う方法、あったかしら?」
ばーん、と胸を張るアインエリアルだったが、言いながら首を傾げてしまった。僕だって何のことだか分からない。
解決にはヤツの存在を告げる必要があるようだ。
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