第8話 マジで妖精に好き勝手やられていた件

「僕のキャラメイクはヘルプAIに任せてしまったからそういうのは分からない。予想される何年後かの姿を参考にした、とは言っていたけど」

「なるほど。他に何か言っていたことは覚えている?」


 無駄な話の多かったフラワリィはこのアバターについてなんと話していたか……。


「清く正しく健やかに成長した姿とか……。あとは筋肉とか食べる量が足りてないんじゃないか、とも言われたかな?」

「そういうことね、理解したわ。あなたの状態を説明すると、一般的にはあなたが思ってるガリガリの外見が映っている……ほら」


 伸ばした両手の親指と人差し指を互い違いに重ねて作ったフレームに、僕を収めてアインエリアルが写真を撮った。それを虚空に出現させたスクリーンに表示する。スクリーンショット機能も完全没入ホロダイブゲームだと自由度が高い。

 キャラメイクで海に浮かんでいたアバターの僕が椅子に座っている様子、それが写真に映っていた。


「でも、これは仮の姿なの。神秘でかけられた欺瞞状態。私と同じで、神秘に精通している者にだけ本当の姿が視える……おそらくはその、本当に正しく健康的に成長したあなたがね」

「僕の知らない本当の姿がどうして設定されてるんだ!」


 AIおまかせにした僕が悪いんですよね、分かります。フラワリィめ……!


「良かったじゃない。確かにガリガリな欺瞞状態のあなたはイマイチだけれど、たくさん食べて適正な筋肉を付けた健やかな本当のあなたはとっても私好みなんだから! これが未来のあなただって言うなら、現実でもきちんと食べて筋トレしなさいね」


 それは良かったことなのか?


 もはや物事の判断は付かなくなっていた。先達のプレイヤーがそう言うのならそうなのかも。

 ご飯はいつも茶碗一杯でお腹いっぱいになるけど、頑張ってもう少し食べるようにしよう。


 と、その時に[ティントルティントルタカタカターン]などと聞き逃しようのない通知音が視界バイブと共に響いた。ゲーム外からホロホに届いた通知のお知らせだ。

 メッセージが届いている。その送り主は――灰島。


「チュートリアル!!!」


 すっかり失念してしまっていたが、スタートダッシュを決めるチュートリアルが何一つ終わっていない。カードパックを早いところ入手して開封の儀を執り行わなければならないのに。

 突然叫びだした僕を怪訝な目で見るアインエリアル。


「それは忘れてないけれど、後回しにした方がお得よ?」

「お得……?」

「さっきも言ったけど、プレイヤーの成長によって補正が効くのよ。カードの種類はほぼ確定で、下手するとレアリティの排出率にも関わってる」

「そんな話、事前に調べた中には一つもなかった」

「私もあなたを弟子にしたから教えているだけで、そうじゃないなら秘匿するわよ。だから、エルス、あなたも内緒にしなさいね。隠しステータスを鍛えたトッププレイヤーだけが気付いているの」


 惜しげもなく秘匿情報を教えてくれるアインエリアルに、冗談や気の迷いでそうしたのではないとの本気を感じて、僕も心の底をきちんと据えるつもりになった。

 やり方は……ともかく、先達としてゲームを教えてくれるのは確かなようだ。

 カードゲームなら自信はあるが、RPGのようなアクションが求められそうな箇所を一人で上手くやれる気は皆無なので非常に助かる。


 ――だが、しかし。本格的にその助力を得るのは、一週間後からにしよう。


「後回しにする理由は分かったが、早くチュートリアルを終えてカードパックを開けたい。急いでるんだ」

「師匠の私が止めてるのに。どうしてパックをそこまで開けたがるの」


 カードパックは入手したその時点で開封する決まりになっている。手に入れてしまえば、後々に持ち越すことはできない。

 ゴールドのパックが貴重であることは重々承知している。可能性として鍛えた後の方がハイレアリティのカードを引く確率が上がるかもしれない、ということを完全なる善意から教えてくれたアインエリアルが納得いかないのも当然だ。


「僕は友人と同時に、ノルニルの箱庭にやってきた。一週間後にデッキを組んで戦う約束をしてる。だから、それが終わるまではチュートリアル以外のことは聞かないようにする」


 アインエリアルは不満を表現するように軽く頬を膨らませた。人妻みたいな外見のくせに、なぜ少女のような動作が似合うのだ。


「私の弟子になった以上は誰が相手でも勝ってもらいたいし、手とり足とりイロイロ教えるつもりだったのだけれど?」

「教えてもらえるのはありがたいことだけど、一週間待ってくれ。あんたみたいな先達から教わるのは、あまりにもフェアじゃない」

「そうかしら。同じだけの時間をどう過ごすか、という話であなたの方が上手くいった。そうは取れない?」


 僕は頭を振った。


「取れない。最初に限っては僕だけの力でなんとかしたい。友達とはそう約束しているから」

「ふうん……頑固ね。師匠の言うことが聞けないの」

「気に食わないなら僕は構わない。さっさとクエストを放棄してくれ。別の人にチュートリアルを頼むから」

「イヤよ。ずっと私が受注したままにする――って言ったらどうする?」


 ツンとしてアインエリアルが言う。けれど、拒絶というよりは面白がってわざと僕がいやがる方向に進めていそうな目をしている。

 僕は肩を竦めて答えた。


「それならそれでいいさ。ハッピーセットは諦めて、地道に単品で集めていくことにする。あんたともこれっきりだな」

「キスまでした相手に冷たくないかしら」

「したくてしたんじゃねーよ!!!」

「それじゃあもうしたくない?」


 しっとりと潤う彼女の唇に、思わず喉が鳴る。


「……したくない、とは言えないが、結果的にできなくなるのであれば仕方がない……って何を言わせるんだ!」

「ふんふん……♡ そうか〜、キスしたいのか〜。私の弟子はしょうがないな〜♡」


 にこにこと嬉しそうに呟くアインエリアルの様子に、僕の言葉は喉に詰まってしまった。

 アインエリアルは相貌を崩したままで「ごほん」と咳払いをした。


「分かりました。エルスの要望を認めましょう。あなたが私の弟子として一緒に暮らすのは現実時間で……四月の八日から。それまでは一人で頑張る、ということね。もちろんチュートリアルは終わらせてあげるから安心なさいな」

「そりゃ助かるよ。僕も別にあんたと話したくないとかじゃないんだ。あんたを信じるなら、現行の環境で勝っているプレイヤーなんだろう。そういう相手とデッキ構築したりするのはむしろ好きだからな。友達との約束を終えたら、世話になる」

「ふふ、言質は取ったからね? じゃあ……あなたのチュートリアルは終わりにしてあげる」


 アインエリアルは手元にスクリーンを呼び出すと手早く操作に指を滑らせた。

 直後、[リンリン]と通知が届く。



 Clear:【新参者ノービスチュートリアル:アインシャント・アインエリアルの教導】

 【クエスト報酬:スターターデッキ、デッキホルダー、ノービスのスリーブ、ブロンズカードパック×10、ゴールドカードパック×1】を取得しました。



「何にもチュートリアルらしき講義は受けていないんだが」

「私の裁量でいつでも終えられるの。チュートリアル報酬を知っているなら、どうせ内容も攻略サイトとか動画でおおよそ分かってるでしょう? 実際の感覚は、新参者ノービス向けのダンジョンとかフリーバトルで確かめれば十分よ。ところで、パックの中身は教えてもらっていいのかしら」

「……僕と対戦をしてくれるつもりはあるか?」


 僕は、質問には意味のある脈絡のない質問で返すものだと教育されている。

 その問いにアインエリアルはきょとんとして瞳の虹彩を揺らめかせた。

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