第32話 五つ星の観戦者 上
「うーん、さすがのカード回し。六つ星の対戦は見てて参考になるポコな」
画面の中でタヌキの意匠をそこかしこに着けた少女がそう感想を述べると、ライブ配信のコメント欄に同意の言葉が並んだ。
>伏線の張り方がヤバいよね
>ゲームスピードがなんか違うわ
>普通は切り札をあそこまで温存できない
「そうポコなー。わっちもなるべく効果的にカード使おうとは考えるけど、対戦中に相手の事情までは斟酌できないポコ。自分の都合だけで気持ちよくやっちゃう」
少女の名前は
人気のイラストレーターに描いてもらったたぬき系少女を、ホロホで取り込んだ表情の変化などを捉えて動かす……そういうスタイルの配信を行うエンターテイナーだ。
ホロホの登場で高価な機具が無くても参入が簡単になった分、配信者産業は戦国時代が世界大戦規模まで広がってしまっている。可愛ければ、面白ければ食べていけるという配信者はもう本当に一握りの綺羅星だけであり、人気イラストレーターに描いてもらったデジタルボディも今や唯一無二の個性とはなり得ない厳しい時代だ。
よってエンターテイナーたちは専門化、あるいは先鋭化することで生き残りを計った。
ぽこぽんはカードゲーム、特に『ノルニルの箱庭』を専門にプレイする女性バーチャル配信者で、分かりやすく聞きやすい対戦解説実況配信で人気が高い。本人もランクマッチではレーティング『五つ星』で活躍する実力派だ。
『七つ星』を別格として、『六つ星』は都道府県レベルの大会では上位常連、『五つ星』もそこに食い込むことがあると言えば実力の程度が分かるだろうか。
配信者活動をメインにしているノル箱プレイヤーの中では稀有な実力を持つがゆえに、ユーザーイベント……プレイヤーたちが自主的に開いたアマチュア大会で解説・実況を依頼されることもあるほどの知名度があった。
そんな彼女の配信におけるメインの活動は当然ノル箱。
しかし自身のプレイよりも、引用配信による解説実況が多い。
他人のプレイを解説することで理解を深め、また自身に無い長所を吸収するため。という名目の下、研究会と化しているとはファンの台詞。
ぽこぽん主催の対戦会等では彼女自身の腕のほどが観られる。
ちなみに引用配信とは、自身のライブ配信に他人のライブ配信を掲載する、文字通りそのままの手法である。再生数稼ぎとか言われることもあるが、引用した相手の再生数にも計数されるので上手く使ったもん勝ちだ。引用禁止の設定もできるので、禁止していない人の配信を勝手に引用してもいいのは不文律、むしろ引用してくれというメッセージに取られている。
ぽこぽんはライブ配信しているプレイヤーを探しては面白そうな対戦を覗いて勝手に解説実況をしているワケだ。
プレイヤーからしたら余計なお世話だと言いそうな内容で、なぜ人気が出ているのか。
――上位プレイヤーの対戦は傍から観ていて、意図を理解しきれないプレイヤーが多いから。これに尽きる。
上位のプレイヤーは効率を突き詰めがちである。
カードの中身はおおよそ暗記していて、対戦中の会話はシステマチック。
ランクマッチも数をこなすため徹底的に無駄を省く。途中でお手洗い休憩など挟むようなら舌打ち台パン待ったなし。
つまり知識と戦術に理解が浅いと、トッププレイヤーたちの対戦はつまらないのだ。やってる方は楽しいのだが。
聴きやすい声と話術で、おもしろ楽しく説明してくれる盛成ぽこぽんの存在は需要にマッチしていた。
この日もたまたまライブ配信していた『六つ星』同士の対戦を話のネタにぽこぽんライブは盛り上がっていた。
「やっぱり『六つ星』に行くには
>ずっとパック開けてる定期
>ゴールドより上のパックが実装されないと当てられる気がせん
「ほんとそれポコな。伝説当たらないんだから、代わりに宝くじ当たってもいいと思う」
>一周年記念で実装期待
>宝くじとお馬さんは買わなきゃ当たらないゾ
>馬は券じゃなくて本体の主になった方が生活のクオリティ上がるから
「あー、あと一ヶ月もしないで一年ポコか。もっと長い間ずっとやってた気がするポコね」
>倍はプレイしてる気がする
>三年分の余暇時間が記録されてるような……
ひなげし>ぽんぽこ絶対これ観て 『LSチャンネル』
>体感時間加速、便利すぎるんよなあ
「……うん? ひなげしさんから……珍しいポコなあ」
ぽこぽんは、ぽんぽこ流れるコメントの中に馴染みの
『ひなげし』はチャンネル立ち上げの初期からたくさんコメントをくれていた、他のリスナーにも名の知れた有名リスナーだ。見識にも確かなところが多く、ぽこぽんも彼・彼女のコメントはよくよく参考にさせてもらっていた。
チャンネルの性質上、こういった観戦間には次に解説してほしい対戦のリンクが数多く提示される。
ややもすると鬱陶しさから嫌われやすい行為を憂慮したのか、ひなげしはほとんどそういった提示をしてこなかった。
そんなひなげしが「絶対観て」と言う対戦……、
「ひなげしさんの激推しバトル、すっごい観たいポコ……! LSさん、って聞いたことないポコだけど、有名な方なのポコ?」
わくわく、と擬音文字を自身の背後に浮かべながらぽこぽんが尋ねると、ひなげしが滅多にない連投で答えた。
>“
>その“狂月の王”と“狂戦士”の対戦
>カオティックムーンでは金を払ってでも観たい二人
>絶対に観て欲しい
>というか引用してくれなかったら、あっち観に行く
「二つ名カッコ良すぎて気になりすぎるポコよ!? そもそもひなげしさんがそこまで言うこと自体が興味深いポコ。次の観戦は『LSチャンネル』にするポコ!」
ぽんぽこぽん! と画面移動時のジングルを自分で言って、ぽこぽんはひなげしの張ったリンクを踏んだ。
>そもそもカオティックムーンis何
>狂月知らんやつおる???
「カオティックムーンは全国大会もあるTCGポコよ。わっちもあんまり詳しくないポコだけど、マンガ原作でアニメとかもあるから興味があったら観るといいポコ! えーっと、対戦は……まだ始まったばかりポコね!」
対戦の画面は五分割されていた。
中央にフィールドを俯瞰したマップ映像。
それを囲うようにして、両サイドに縦長の画面でプレイヤーを正面からバストアップで。上下に横長で、プレイヤー視点の映像が映し出される。
「ふむん、珍しいポコね。フィールド俯瞰と手札だけじゃない配信は久しぶりに見たポコ」
>手札が一瞬しか見えなくて草
>こいつら全然手札見ねえな
配信で何を映すかは色々とセッティングできるが、上位プレイヤーの配信ではほとんどフィールドと手札だけで、プレイヤーの様子や視点など二の次になっている。
視聴者のほとんどがノル箱の上位プレイヤーであり、求めているのはプレイングである。ということを考えて効率化された結果だ。定形フォーマットと化している。
そこへ来ると、このLSチャンネルではメインになるはずのフィールド俯瞰画面が一番小さく、プレイヤーの表情や動きを拾う画面が重要視されていることが分かった。
公開される手札から戦術や戦略を考えるのが主だった実況解説ばかりしていたので、ぽこぽんにとってはある意味新鮮ではある。プレイヤーが視線を向けない限り手札が分からないのは、これはこれで面白い。何が出てくるのか楽しめるではないか。
対戦はまだ始まったばかりでフィールド俯瞰画面にターン数の記載がある。ウルズフェイズのターン1、LSの対戦相手である†ブラッディアッシュ†がサーヴァントを出陣させたところだった。
「【荒野の盗賊】? ひなげしさんオススメの対戦でこんなカードを使ってるポンか」
現在の環境ではまず入らないカードだ。
ゲーム序盤のダンジョンで手に入るから、最初は貴重なドロー
続いてLSの手番、真っ先に『ノルンの憂い』を切る思いきりの良さには目を見張ったが、出してきたカードがまさかの【ガーデンラビット】。初級カードショップに山と並んでいる値引きシールまみれのシリーズだ。初心者には使いづらく癖の強いシリーズゆえに、攻略サイトでは早々に売っぱらって使いやすい別のシリーズを軸にするように言われている。
「……お互いに使用カードのレベルが低いポコな。どういうことポコ?」
>プレイヤー
>†ブラッディアッシュ†、名前通りにヤバくて草w
>二つ名自称してるやつ久しぶりに見たわwww
「へえ、プレイヤー
リスナーたちは対戦相手が自称二つ名を入れていることに笑っているが、そんなことよりも開始時期が目を引いた。
配信画面の配分についても納得した。単純に慣れていないだけなのだなと。慣れてきたらおそらくフィールド俯瞰と手札だけになるのだろう。
新鮮味は感じるが、果たして初心者同士の対戦を観続ける価値はあるのか、ぽこぽんは自問する。
自分の経験になるけれども、始めてから一ヶ月ぐらいは好きなサーヴァントを適当に出陣させて殴り合いをするだけの対戦ばかりだった。どっちが強いサーヴァントを持っているか、引いてくるかの勝負でしかない。
普通に答えを出せば、観る価値は無い。
それでも観続けることにしたのは、リスナーがなんだか楽しそうにしているからだ。
「……それにしても関係のない会話が多いポコね。オーバーアクションも甚だしいし」
>友達同士なのかな?
>じゃなきゃこんなに煽れないだろ
ひなげし>狂月劇場、王の本気はまだまだ
「勝手に引用してるから文句を言うのは違うけど、トラッシュトークは控えめにしてほしいポコな」
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