第68話 ヒメリカの人形劇、その主役
ふとヴァイオリン奏者を掴んだ指に目を向ける。
五本とも無事で怪我一つ無い。爪の先端から分解されているような感覚だったが、あくまで感覚だけだったらしい。
痛くてメンタルにクル感触を味わうだけなら耐えられるな。
次のターンにも引くべきカードを引いてくるつもりでドローをする。
今回はかなり明確に【フラワリィ】を引くイメージをしたのだが……実際に飛び出したのは【ラビッツオーケストラ】。
最初にカードを掴んだ感じではかなり【フラワリィ】に近いカードを引こうとしていたはずなのだ。それぐらいの手応えがあった。
にも関わらず出てきたのは【ラビッツオーケストラ】というのは話が違う。
すっぽ抜けたように引いてきた感覚からすると、本当にあと一歩で未来を変えられそうだったではなかろうか。
本来引くカードが【ラビッツオーケストラ】で、絞り……と呼ぶには雑だったが、僕の手で違うカードを引き寄せようとしていた。
もう一度やれば、引くべきカードを引いてこれる。
その自信があった。
「なら、次のターンまでしのがないとな……僕は中列に前進しよう!」
引いてきた以上、この【ラビッツオーケストラ】が揃うことに意味があったのだと考えよう。
「中央後列に【ラビッツオーケストラ:ヴァイオリニスト】を出陣! そして奏でよう、英雄の讃歌を! 『
僕の指示と同時に、後列で並んだ青兎音楽隊が素晴らしい音楽を奏で始める。
この会場は大規模大会なのでそれに相応しいかっこいいBGMが流れていたのだが、AI制御か自動的に音量が下がり、会場中が
壮麗な音の域に包まれ、優雅に耳を傾けるヒメリカが言う。
「知っている。【オーケストラ】のような支援系のシリーズは数を揃えると、範囲と倍率が上がっていく。三枚だから……今は四倍?」
「その通り、僕の
ヒメリカのメインアタッカーの数字を知らないから吹いてみる。
素のプレイヤーカード戦闘力と比較したら高打点は間違いない。なんたって四倍だぞ、四倍。
「うふっ、そうね。
「思ってもいないことは言わなくていいからな」
「エルスは好きだと思ったけど?」
「テキトーなことを言いたい時もあるが、言われるのは嫌なんだよ!」
「わがままなひと」
雑談に興じていると、色々とごまかせるから乗っているだけだ。
悲しむべきは雑談に使うトークデッキが手札の枚数よりも少ないこと。テキトーなその場限りの言葉を返すしかできない自分が悲しいけれど、なぜかカードの話題以外を増やせないのは癒せない欠陥。自覚しているだけに辛い。
そして残り少ない手札から唯一使える
「僕も君を見習って
指先に挟んだカードを投げ、マスに突き刺す。手裏剣のように刺さったが、一体どんな素材なんだこのカード。
カードが発光し、マス枠と同じような光の線で作られたいくつかの図形が変形しながら数を増やしていく。最終的にいくつもの図形を内包した円形の図柄が完成し、ステージの足元、水平に固定された。
「
「……放たれはしないの?」
そう、一見魔術陣は完成しているが、ふよふよ浮いているだけで魔術を放つ気配はない。
当然の話だ。
「必要な神秘力が全く充填されていないからな。発動するはずがない」
これは【フラワリィ】用にするだけあって、神秘力を馬鹿食いするのだ。
「発動には1000の神秘力を充填せにゃならん。そうすると、インフェルノバーンとかいう魔術が発動して、敵陣9マスに400ダメージを与える」
めっちゃくちゃ微妙な性能のカードに、ヒメリカは困ったように眉根を下げた。
500ダメージなら逆にめちゃくちゃ使えるのだけれど、400というのが本当に価値を落としている。生命力500のサーヴァントがこの世には多すぎる。
100とか200を削りたいなら、もっと他に便利なカードがあるし。
「まあ、この魔術陣系列の
「地味な嫌がらせ。まさか全損は……」
「さすがにしない。一回に付き100の変換効率だから、よほど大人気の
嫌がらせには嫌がらせをやり返す。
「僕に攻撃をするなら、100点ずつダメージを負ってもらおうか」
「最大で1000点ダメージ」
「そうだけど10ターンも殴られ続ける前に打開するからな?」
知らんのか? 痛いんだぞ、殴られると。
「僕はこれでターンエンドだ。……さて、魅せてもらおうか。ヒメリカのワンダーランド、とっておきのクリティカルパレードを!」
――
消費神秘力の高い二枚を捨て、歪んだ夜を取り戻す。
残った手札二枚もどうせなら一緒に捨てさせてほしい。
<2nd phase:Verthandi's turn>
「御希望とあれば。……ターン開幕」
ヒメリカもカードを捨て、それからとても楽しそうに嗤った。
「ドローして、前座として手札を増やしておく」
テディベアの首からカードを補充する。
引いてきたカードを一瞥して、それをそのまま【カード割り人形】の頭に差し込んだ。
「【カード割りにんぎょう(木製)】さん、ばりばりと二つに割って」
恐ろしい形相の【カード割り人形】はコミカルな動きでOKマークを出すと、ハンドルを回し始めた。
シュレッダー、あるいはパスタマシンみたいな動きだが、いかんせん彼(?)は木製のおにんぎょうだ。まともに裁断されるはずもなく、断末魔が聞こえてきそうなえぐい痕をつけてぐにゃぐにゃになったカードが口から吐き出される。
ぎりぎり二分割で済んでいるカードの破片が、ヒメリカが拾い上げると同時にきれいな別のカードとして生まれ変わって手札に加わる。
僕の【シルキー】がお買い物演出で本当に良かったと思う。情操教育によくない演出、多い気がするぞ……!
この肝っ玉も縮み上がる光景を、ヒメリカはカードを満足そうに見るだけで済ませていた。よくないですよぉ、情操が!
恐れ慄く僕の視線に気付いたヒメリカが道化師の如く、腕を回して大仰な礼をした。
「それじゃ、始めるよ。エルス、あたしの
礼から戻る際に、カードが一枚放られる。
中央中列にて銀色のヴェールを纏いて現れるサーヴァント。
「出陣、
力なく首を垂れる金髪の少女人形が宙をふわふわと浮いている。
「ろ、ロッテちゃん……?」
ヒメリカの言葉をオウム返しに呟くと、カクカクとした動きで顔を上げ、開ききった丸い瞳で注視された。
僕、ヒメリカのデッキ苦手かもしれない。こんなんホラーだよ。
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