第173話 佐藤鈴木のちょっとしたご依頼

 お茶会とやらは至って平和的に終了した、と言っていいだろう。


 最初の印象は悪かったが話してみたらまあ言い分は分かるし、対戦自体は正々堂々としたものだった。単に僕らが盤外戦術で遅れを取っただけだと考えれば……。

 最終的には認めてくれて、いい感じに褒めてくれたし、良い人な気がしてきた。


 人、拳をぶつけ合わせたら分かりあえないことはないのだ。死ぬほどの痛みを分かち合おう。


 なぜか僕がシャルノワールに怒られるという謎はあったが。

 圧倒的に勝てなんて言われたか? あの場では雰囲気に呑まれて、つい言われたかのように勘違いしてしまったが、単に蹴散らせとかしか言われてないような……。アズライトも「ぐちゃぐちゃにしろ」とかふわふわした指示しか出していない気がする。


 思い返すとなんだか納得いかないのだが、終わってしまったことを掘り返すこともあるまい。

 僕が勝ったことで、とりあえずシャルノワールには都合のよい方に話が終わったようだし。


 そもそもピッカリン伯は敵対派閥とかいうワケではなかったらしいが。アズライトに教えてもらった。

 むしろ穏健で王家に友好的な部類に入るとか。本当か?


 単純にお気に入りの孫をシャルノワールとくっつけたくて仕方がない人らしくて、機会があればこうやって名目を立ててエドアルドを連れてくるそうだ。


 シャルノワールとしてはまだまだ結婚するつもりもなく辟易しているとのこと。

 子供の頃から世話にはなっているから、体裁を整えられると断りづらいそうな。……そう言われると、親類のオッサンと子供の関係に……見えなくもないのか……?


 お年頃になったシャルノワールが持ち込まれる話を全て完膚なきまでに拒絶したことで、そのあたりはしばらく落ち着いていたのだけれど、僕を星騎士団:瑠璃アズール・ステラに取り上げたことで方々の熱が再燃しているそうな。


 普通、王族って政治的な婚姻を行うものだと思っていたが、そんな個人の一存で左右してしまっていいのだろうか。


 兎にも角にも事情を軽く説明されただけで、「今後も姫様の手となり壁となり励め」と言われて解散されてしまったのが先日の話だ。


 僕にも色々と確認させてもらいたい事柄があったんだけど。

 エドアルドとの対戦で認識した疑問とかもろもろ。


 とはいえ、機会を失ったのならちょっとは自分で調べてから訊くことにしよう。あまり人に訊いてばかりというのも芸がないからな。


 本来の対戦とは違う趣向だったが、一部の新しいカードについては試運転もできたことだし、デッキ構築に取り入れる必要がある。

 不明点の調査以外にも、やることはまだまだたくさんあるのだ。


 ――などとTo doリストの作成に勤しんでいたところ、ちょっとした依頼が入った。






 呼び出された王都近郊の草原に到着すると、すでに暇を持て余したアッシュがいた。タンポポみたいな綿毛を飛ばして遊んでいる。


「よう、アッシュ」

「あれ、エルスも呼ばれたのか」

「なんかもう一人呼ぶとか言ってたな」


 審査員は奇数になる三人を用意したい、とか。


 あくびをしながらアッシュが訊いてくる。


「ふわあぁ……佐藤と鈴木が何すんのか聞いてる?」


 そう、依頼主はあの太長コンビの佐藤鈴木ペアである。ゲーム内でどういう表記の名前だったかは忘れたが、佐藤と鈴木であることは確かだからいいだろう。


 日頃はなにかと一緒に行動して仲の良さを見せつけてくる二人をして、今回に限っては白黒はっきりさせておかねばならないことがあるらしい。

 どっちが強いとか弱いってことなら対戦を繰り返せばいいと思うのだが、そういった簡単な話ではないそうだ。


「内容は何にも聞いてないけど、僕とアッシュを呼ぶんだからカードのことだろ。デッキ構築の方向性でコンビ解消がかかってるとか?」

「音楽性の違いで解散するグループじゃねえんだから。……まあ、あいつらが来たら分かるか」

「そういや、アッシュの方はどんな感じなんだ? 新カードとか引いた?」


 バージョンアップしてからしばらく経つ。試験期間をまたいでみんなあまりやってはいなかったが、僕以外の面々もカード状況はかなり変わっているだろう。

 アッシュならまたぞろゴールドのカードパックで良いカードを引いているに違いない。


「良いカードは引いたが……あーっと……、オレもデッキの方向性は改めて模索中だ」

「殴って殴って殴って殴って殴り倒すデッキを変えるのか!?」

「結局それでエルスにもマリカにも勝てなかったからなー。やっぱマスの存在がデカいわ」


 アッシュの言葉に、僕は深く頷いた。


 サーヴァント主体の殴り合いなら【シャニダイン】を要するアッシュが敗ける要素はそう無いだろう。

 だが僕やリッカのように、搦め手を使って主力に仕事をさせないことに長けたデッキと対戦した時、対応力の点で脆さが出る。


「今後は神秘ミスティックを使う相手も増えそうだし、真っ直ぐ行ってぶん殴るにしても、やり方を考えなきゃならんとは思ってる」

「神秘対策は必須だろうな……」


 バージョンアップで、というよりは一周年イベントで披露されたジンの惨事を受けて、神秘ミスティックの重要性が高まっていた。


 今のところはシャルノワールのような痛覚制御を貫通してくる相手と当たった時のために、プシュケーダメージや攻撃自体を無効化する、防御系の神秘に人気が集まり高騰を続けている。神秘ミスティックの使用に慣れてきたら、防御系以外のカードも段々と普及していくはずだ。


 対戦相手が司令官コマンダーだと分かっているのなら、範囲攻撃系の神秘でまとめて焼き払うのが効果的だとは誰もが理解しているだろうから。


 すっかり座り込んでアッシュとデッキ構築の流行りについて花を咲かせていると、三人目の審査員がやってきた。


「二人で逢引……」


 ぼそりと呟かれた台詞に振り返ると、リッカがムスっとして立っている。

 呆れた口調でアッシュが応える。


「逢引もクソもねーだろ。マリカも佐藤鈴木に呼ばれたんじゃねーのか?」

「そう。どうして呼ばれるのか分からないけど呼ばれた」

「接点もこないだの勉強会くらいだろ。そんだけで呼ばれて来るぐらい仲良くなったのか」

「エルスが来るって言うから」


 僕はリッカを呼ぶための餌か?

 隣に腰を下ろしたリッカは、さらにごろんと転がってあぐらをかいた僕の太ももに頭を乗せた。


「……頭を乗せるのはいいんだが、乗せにくくないか?」

「ちょっと首が痛い」

「横になるか、奥まで頭乗せないと辛いだろ」


 アッシュに指摘を受けながら、膝枕の適正位置を探っていく。


「ん、ここがいい」

「そこはもう膝枕とかじゃなくて、股の間なんだが」


 正面から僕のお腹に頭をつける形で落ち着いた。結局、僕の膝や太ももは骨ばっかで柔らかくないのがお気に召さなかったようだ。


「これが一番寝心地がいい」

「リッカが良いならいいけどさ。……にしても遅いな」


 指定された時間を過ぎても二人が来ない。


「いや、来てるぞ。お前らの様子を見て打ちひしがれてるけど」


 アッシュが顎で示す先を見ると、そこには四つん這いになった佐藤と鈴木がいた。

 登場と同時に大ダメージを受けている。


「クソッ、なんでLSにできて俺には……!」

「おかしい……こんな世の中はバグだ……っ!」


 二人が地面に拳を叩きつけて悔しがる。なんかすまん。

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