第111話 ミスティック・ブレイク

 パスタリオンの投擲した槍は、音よりも早く飛翔する。


 騎槍を抱えたまま跳躍って何だ、どういう仕組みで四メートル近いそれを投擲できるんだ。


 状況は無駄な思考を許さない。


 戦闘力50000超の一撃は、これと比べては微力すぎる【暁の星アズールステラ】をポリゴンへと粉砕するには十分すぎる衝撃。現実ならば巻き起こるソニックブームで僕ら諸共お陀仏だ。


 目にも留まらぬ槍撃――摩擦か神秘か、紅蓮に赤熱した彗星が、直撃寸前、世界は色を失い、斜めに落ちてくる凶悪な騎槍が目に留まる。


 モノトーンの一瞬、僕は手札から一枚のカードを引き抜いて言葉を迸らせる。


「その特殊能力は――僕が受ける!」


 コンマ数秒にも満たない刹那を見取る。


 ついに僕もセブンセンシズに目覚めたかと思いきや、手札に対応するカードが存在する時に使用の是非を問う空隙であった。システム的な時間停止だ。

 これにより『目にも留まらぬ』攻撃は『目に留まり』、速度の暴力で一方的に殴られることは阻止できる。


 では『速い』攻撃に意味はないのかと問われたら、そういうことでもない。

 対応受付の猶予時間。

 最近気付いたことだが、ここに速度差が現れる。


 全く反応できていないのであれば、瞬きにも満たない猶予時間しか与えられず、時間が止まったことにすら気付かないだろう。

 逆にあくびが出るほど『遅い』攻撃を受ける時は、手札を二度精査しても口笛を吹く余裕すらある。


 彼我の速度差が強く影響を受ける場面で、僕の脳みそは音速の人力彗星に対して、かろうじて指先で手札のカードを掴む時間を捻出した。


世間話ゴシップ級神秘【チェンジリング】!」


 発動と同時、僕と【暁の星アズールステラ】が立ち位置を入れ替える。

 妖精系統はこの手の神秘と特殊能力には事欠かない。何の工夫も無いネーミング、おそらくは原初の一枚だ。


「ふむ、標的が変わったな?」

「妖精一枚と他のカードを入れ替えるだけの神秘だ……ぐうッッッッッ!!!」


 飛来した【星槍】が僕の中心、みぞおちを貫き、床に突き立つ。真っすぐ僕を磔にした。


「……………………ッ!!!」


 声も出ない。


 威力に身体が千切れ散らなかったのはプレイヤーを保護するシステムのおかげだ。

 代わりに僕はみぞおちから、肺、胃腸、肝、喉から心臓まで、満遍なく“紅蓮”に灼かれている。


 死んだと思う間もなく死ぬ火力に耐えなくてはならないのは、端的に言って……言葉に表せられない。


 フッ、フッと意識を失っては、身体の中が灼ける音と臭い、痛みですぐに引き戻される。

 今までのプシュケーダメージによる痛みは一瞬のものだったから耐えられたが……貫かれ続けているせいか痛みが引かない。


 気付けば僕は空中を漂っていた。


(……あれ?)


 真下を見ると、僕がいる。


 おでんの具みたいに竹串代わりの騎槍に刺さっていた。新鮮なカツオブシとかまだ生きているエビを鉄板に乗せた時みたいに動いている。


 あんなに痛かったのに、ふと思えば穏やかな心持ちで漂っている。


 この感覚は覚えがある。

 昔、もっと小さかった時に車に轢かれた時みたいな……。


「いつまでえ――LSさんに触っているつもりですかあ!!! フラワリィさんの相棒から疾く離れなさいな!」


 ガツンと全身を痺れさせる衝撃。


 目を瞑って、開けたら、僕の前には華麗なハイキックをかます【フラワリィ】の姿があった。


 手のひらサイズの妖精に蹴飛ばされ、いっそ気持ち良いくらいスポッと綺麗に抜けた【星槍】がパスタリオンの手元に還る。


「……あれ? 僕は……」

「LSさん、戻ってきましたね!? ……“紅蓮”ともあろう者が、ゲームの規則ルールを逸脱するなんて!」


 いつも憎らしいくらいにコミカルな仕草を忘れない【フラワリィ】が、珍しく敵愾心を露わに睨みつけている。

 睨まれているパスタリオンは肩を竦めるのみ。


「この塔では我が規則よ。そもそも、我が狙っておったのは【星】のカード。プレイヤーが割り込むのは想定しておらんかったな」

「だとしても、神秘的超過重ミスティック・ブレイクを狙う手管……LSさんが受けることを考えた上での放った一手でしょうに! ゲームを根本的に破壊する神秘攻撃は規則違反に違いありません!」


 ――何だ、これは。


「敗け筋は必ず潰してくる……と聞いたのでな。我の『彗星一点撃メテオフォール』も防げるのかと興が乗った。だが、あえてプレイヤーが自身で攻撃を受ける手段で回避するとは思っておらなんだぞ?」

「嘘おっしゃい! わざわざ直前でプレイヤー防御ガードを拒絶して誘ったでしょお!?」


 思わず目を擦るが、見えるものは変わらない。


「まあ……予想していないとは言わん。そうなったら面白かろう、と思い、力を入れたのは確かだな。ちょっとした下賜をしてやったまで」

「後遺症が残る攻撃を下賜なんて……もう! これだから『脳みそが星鉄製』なんて馬鹿にされるんですよお!」

「それは誉だが?」

「話が通じない! だから王家は嫌いなんですう!」


 【フラワリィ】も大概だと思っていたが、そんな彼女ですらも苦手な相手がいるとは……。


 ……ちょっと待て?


「いや、いやいやいや、待て。後遺症って何だ? 僕は何をされていたんだ」

神秘的超過重ミスティック・ブレイク……簡単に言うと、限界以上の神秘力を無理やり注入して神秘的に心魂プシュケーを破壊する技術です。これを受けたら良くても、しばらくまともにこの世界を歩けなくなります。本当に信じられない!」


 で、デスペナか……。僕の知っているデスペナルティよりも大分重そうだが、そうなるのか。

 両手、両足を動かしてみるがなんとか大丈夫そう……。


 確かにちまちまとプシュケーを削っていくよりも、プレイヤーの心魂を破壊してプレイできない状況に持ち込むのが手っ取り早いのは、それはそう。

 やられる方は御免被る。


 さっきの体験、改めて考えると幽体離脱ではないか?

 ハイキックの物理的衝撃で返ってきたけど、あのまま放置されていたらどこかに飛ばされていたのでは……。


 臨死体験を差し置いても、先の痛みを味わう二度目の機会は無いことを祈りたい。かつての交通事故が、僕が知っている痛みの最高値だったけれど、たった今更新されてしまった。

 こないだの大会で反省して、痛みをさらに減衰カットしたのに過去最高を早速上回られるのはやんなっちゃうね。変更していなかったらマジで心臓止まっていたかも。ゲームだから大丈夫だとは思うけれど不安になるほどの痛みだった。


 【フラワリィ】が規則違反だと主張するあたり、禁じ手ではあるのだろう。


「はは、そう怒るでない。目覚ましにはちょうどよい火力だったであろ?」


 パスタリオンはそう言って、僕にパチンとウインクを飛ばした。


「ふざけんな、過剰だろうが!!! 死ぬかと思ったわ! 何だその槍……【星槍:ペテルギウス】とやらの威力は!?」


 目覚ましにはフライパンとオタマが定番にも関わらず、焼けた鉄鍋で叩くような無作法者がよ!


 ペッ、と血のポリゴンが混じった唾を吐く僕の眼には、つい五分前にはバグって表記されていた【星槍】の正確な情報プロパティが映っていた。

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