第118話 一番モメるのは全部が終わった後のこと
システムによるクリアテキストが流れると、【フラワリィ】のとんでもパンチを受けてまだ形を保っているパスタリオン、並びに
それを確認してようやく気を抜いた。
「勝てたか……」
「そなた……LS!」
緩めたところに鋭い声が飛ぶ。
消えかけているパスタリオンから何らかの物言い。
眉間にシワを寄せて厳しい表情をしている。
「我に勝ったとて、あくまでも手加減に手加減を重ねた結果だと深く刻んでおけ!!! 我はそなたを認めるなどとは一言も言っておらんからな、この結果を以って大手を振って妹に近付こうとしてみろ……わずかでも心乱そうものなら磔にして魔蟲のはびこる森に放置すると告げておく!」
「はいはい……別に元から御近付きになんてなりたいと思っちゃいないよ」
「我が妹の魅力が、そこの三人に負けていると申すか!?」
面倒くさいことを言い始めた。
鍛え上げられつつある僕の第六感が明確に危機を察知する。答え方が重要だ。
「おいおい、あれだ……確か王国三大美女に数えられている人を魅力がないだなんて、さすがの僕も言わないよ。ただ、僕は身の丈を知っている。届かないものに手を伸ばすほどの愚か者ではないというだけさ」
ゲームやアニメのキャラクターに恋する危険さは分かっているつもりだ。
特に昨今のゲームはこうやって直に触れ合うことが可能だからな……恋愛シミュレーションとかでなければ報われず、報われたとしてもゲームをクリアしたらリセットされてしまう感情は慣れていなければ苦しいものだと聞く。逆にそれが良いという人もいるらしいが。
パスタリオンは僕の答えに不満ながらも一応の納得はしたようだ。長く鼻から息を捨て、
「……理解しているのならば、良かろう。癪だがな。しっかり務めるがいい、“アズールステラ”」
そう言って、
僕とリッカ、イクハ、フルナの四人だけが、星空の下に残される。
最も強く星灯りに照らされていたパスタリオンがいなくなり、星たちは次に照らす相手を探した。
「綺麗……流れ星が落ちてきたみたい」
誰かがぽつりと呟いた。
その表現は的確で……流星群の中心に、僕らは居た。
星空に一番近い塔の天辺で、天球を取り巻き、流れる星たちを眺めている。
十二分に色とりどりの流星群を堪能した僕らの前に、それぞれ一つずつ星灯が降りてきた。
手を出して受け取ると、星空を映したスクリーンが現れる。
【総合評価:SS】
【チーム評価:SS】
【個人評価:S】
【景品選択:全ての景品を選択可】
「景品ランクがSまでしかないのにSS評価て」
やはりと言うべきか、当然だろうが、この時点では攻略を考慮されていなかったコンテンツだったようだ。
個人評価ではパスタリオンへの
チーム評価のSSは、一人も欠けずにオールクリアした加点がデカい。馬鹿が自分で付けた評価点数みたいになっている。
「わー! A評価だって!」
「私もA評価ね。チーム評価はSSなのに……どういう計算になっているのかしら」
「あたしはS評価。総合評価は点数じゃなくて、チームと個人の評価平均なのかも」
リッカが個人評価Aとチーム評価SSを掛け合わせて示した。
そう考えるなら個人評価Cのイクハとフルナが総合Aまでジャンプアップするというのもよく分かる。
「あ、でも景品を選ぶポイントみたいなのはたくさんもらえるみたいだよ」
評価の先に進んだイクハが言う。
景品を選ぶのは、どうやら点数制のようだ。
個人、チーム、総合評価でそれぞれランクに応じた点数をもらえて、その範囲で複数選択できる形。点数の使用制限があって、それぞれでもらった点数は該当評価のランクと同等の景品ランクが上限になる。
チーム評価がSSだから、チームでもらった点数については景品ランクSまで使えるが、個人評価Cの点数はランクCまでしか景品選択に使えないということ。
なお、総合評価で景品選択自体の上限が決定されているみたいなので、総合評価AのイクハとフルナはランクSの景品を選べない。ランクAまでは好きに選べるので十分だとは思う。
「さて……それじゃあ、話し合いを始めようか」
ランクAの景品にも『last(1)』……残り一枚と貴重なカードが並んでいる。
しこりなくカードを入手できるよう、しっかりオハナシしないとな。
喧々囂々の景品争奪戦を終え、僕らは
古ぼけた巨塔を背に、王都へと戻る道を行く。
ファストトラベルが実装されていないのだけが、このゲーム唯一の欠点である。……移動にAI補正が乗らないのも欠点だし、プレイヤーには徒歩しか移動手段がないのも欠点だな。考えれば考えるほど欠点は出てきそうなのでやめておく。
「……にしても、すっかり朝だな」
徹夜はすまいと言っていたにも関わらず、朝の冷たい清々しさ溢れる空気を、徹夜特有の気怠げな意識で感じる。
緊張が溶けたせいか、眠さが血流に乗って全身を廻っていた。
「やることを昨日終わらせておいて良かったわ」
「ゴールデンウィーク最高だね!」
「……あたしは大学に行かないと」
イクハと僕はリッカのセリフに、同時に驚きの声を返した。
「えっ、これから!?」
「大学生!?」
リッカの眼が要らぬ言葉を漏らした僕に突き刺さる。
「大学生だけど、なに?」
「あー、道理で大人びた服装が似合うと思って」
「そう……ありがとう」
着ているパンツスーツ姿を褒めると、頬を赤らめてころりと機嫌を良くしてくれた。危ねえ。
いや、歳上だとは何度も聞いていたが、この小ささで大学生のイメージが全然浮かばなくて……。
一つか二つぐらいしか違わないんだと思っていた。というか、去年まで制服らしきものを着ていなかったか? あれは私服……?
女性の年齢とは難しいものだ。
とにかく回らぬ頭で難解な事象を考えていたら、いつの間にか王都に到着していた。
門を通してもらって、広場の手近なところで解散する。
「それじゃ、今日はおつかれ」
「ちょっと待って! まだMVPを決めてないよ!」
気付いたか……。有耶無耶にして解散したかった。
ここは逃げの一手に限る。
というか眠すぎて、また要らんことを言いそうだから、とにかく寝たい。
「三人で話し合って決めてくれていいよ」
「え、でもエルスくんが一番……」
「それはない」
対外的に見たらパスタリオンを仕留めた僕がMVPになるのかもしれないが、僕自身は最も活躍しましたなどと胸を張って言えるはずがなかった。
「君ら三人の連動がなかったら、パスタリオンは倒せてなかった。貢献度の優劣はつけがたいから、三人の間で決めてくれて構わない。僕はその判断に従うよ」
「エルスがそう言うなら、私たちで勝手に決めてしまうわよ? 本当にいいのね?」
フルナの質問に僕は深く考えず頷いた。
「ああ。よろしく頼む。じゃあ、おつかれ」
言って、ゲームを終えるためにメニューを開く。
終了の項目を選択する直前に、声が掛かった。
「――あら、エルス。こんなところに居たのね」
振り返ると、朝の透きとおった空気を溶かしこんだ綺麗な翠色の髪が目に入った。
「アインエリアル」
大会の前にも会っているのに、なんだかずいぶんと久しぶりな気がする。それだけ濃い数日を過ごしてきたということか。
彼女は僕を一瞥して、端正に整った顔をほころばせた。
「ふうん……少し、掴んだみたいねえ。時間を作って、家に来なさいな。次の段階に進むわよ」
「分かった……今はもう寝るから、起きたら行くようにする」
「いい子ね」
アインエリアルが両手を伸ばしてきたので、いつも通り、顔の位置を落とす。
すると、彼女は僕の頭を包むように抱きかかえ、接吻し、舌の根に刻まれた契約に触れていく。
どういう理由かは教えてもらえていないのだが、定期的にそうする必要があるらしい。もはや回数を重ねて慣れてしまった感はある。膝から崩れ落ちて行動不能になることはなくなった。動悸は激しい。
「ん……っ」
「ぷは」
永遠にも感じたが実際は短いのであろう時間で解放される。
……はー。いつもコレの後は意識が朦朧とするんだよな……。
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
僕はノル箱の世界から離脱した。
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