第109話 パスタリオン・クリムゾン・スタブライト

「仕方ない、周りはあたしが引き受ける。すぐに合流するから、メインディッシュは残しておくように」

「そんな手加減ができる相手ならいいんだがな」


 不満たらたらのリッカに僕は苦笑で返した。そう簡単にできる相手なら、ここにはいないだろう。

 交戦範囲エンゲージゾーンに駆け出すリッカを名も知らぬ星騎士が待ち受ける。ジジイは参戦をしない。正々堂々と一人ずつ戦う構え。


 僕はパスタリオンが構える正面に歩みゆく。


 正対するに当たって、まず確認するのは相手情報プロパティだ。

 情報開示を要求し、そして暴かれた数値に、瞬間、思考が固まる。


「マジ……か……!? 戦闘力10000!?」


 およそプレイヤーが所持する数値ではない。

 それどころか基礎値10000はサーヴァントですら見たことのない数値だ。


「我は今回、ゲームプレイヤーの立場ではない。立場による縛りなく、本来の能力を数値で表現すれば……このようなものだろう。もっとも、戦闘力の平均値を取るものゆえ、我の本気を表すにはちと不足しておるがな」


 想定を超える数値でも、まだその先があると言う。

 どんだけ化物なんだスタブライト王家は。現時点で考え得る最高の性能スペック


 いや、少なからず僕も淡い期待を抱いていた点は否定しない。


 人が出てきたことで、プレイヤー対プレイヤーの戦いになるのではないかと。

 削られたリソースだけで如何に知恵や頭脳に抗うのか、そういった戦術・戦略の噛み合わせを指して『舞踏会』などと称するのかと考えた。


 全く違う。


 爆裂的な能力を持つ第一王子パスタリオンが自由気ままに戦場を踊る。その舞台がここにあるから、舞踏会と呼んでいるにすぎないのだった。


「しかし、何故に腰を引いている? そなたには立派な妖精種がおるではないか。戦闘力20000を超える数値の妖精種を相手とするは、我も初めての経験だ。滾るのう」

「お目が高い! さすがは星の一族、評価すべきは誰かを分かっておりますねえ! LSさん、お聞きになりましたか!? かの”紅蓮”がお認めになられたのはフラワリィさんですよ!!!」


 パスタリオンの言葉に、真っ先に反応したのは『フェアビッツ』が誇る動くトラブルである。もはやハンターの名を冠すには至らない。


 興奮して止まない【フラワリィ】の両頬を指先で挟んでむにむにと戒める。


「むぐぐ……!」

「静かにしてろ。僕の興味は、殿下の戦闘力とその【星槍】が合わさった時、どれほどの惨状を起こせるかというところにある」


 物凄く嫌な予感がしているのは僕だけではないだろう。

 【暁の星アズールステラ】もまた、と同じように【星槍】へ瞳を奪われている。


「また情報秘匿されているなんてことは……あるじゃん……」

「所詮は遊戯用に調整されている性能だ。惜しみなく開示しよう」


 いつかと同じ、名称しか分からない情報画面に肩を落とす。


 しかしパスタリオンの言葉と共に、情報プロパティ詳細に変動が起こった。

 【星槍】の名のみが記載されたスクリーンに文字が浮かび上がってきた……!


 レアリティの欄に目を走らせて、僕はホッと息を吐く。


伝説レジェンダリー級……! 幻想ロストメモリー級でなくて良かった、と素直に感想を吐露しておきますか……」

「さすがの我と言えど、幻想の類は個人の判断で持ち歩けるような代物ではない。かと言うても多数の賛成があったところで、思いのままになると勘違いする愚か者には扱いきれぬ、失われし事象よ」


 国家の重要人物が身に付けたメインウェポン、最高稀少度ハイエンドレアリティを危惧していたが、王子だとしても幻想ロストメモリー級は手に余るものだと言う。

 耳にするだけで肝っ玉が縮み上がるほど震え上がるモノがパスタリオンの手元から出てこないのは朗報だ。


 それはそれとして、伝説レジェンダリー級の武器が彼の手元にはあるのだけれども。


 開示された性能をサラリと一読して頭を抱えたくなった。


 まず、【星槍】がサーヴァント扱いなのは良い。無機物でもサーヴァントはいるからな。

 ただし戦闘力と生命力が、常に変動していて正しい数値が分からないのはどういうことなんだ。


「数値が一定でないのは、異常事態では?」

「そのようなこと、我に言うでない。我が【星槍】を規範に納めようとしたが、仕組みを構築した神の能力を超えているだけの話であろう」

「神々の力を以ってしてもできないことがある、と」

「やつらもけして万能の存在ではない。常識を超越した者らではあるがの」


 パスタリオンの口調は神々を上に置いている……のではなく、あくまでも対等な存在として扱っているように聞こえる。

 この世界においては神々すらも『種族』として捉えているのだろうか。


「てっきり被造物の立場としては神々を崇め奉るのが信条かと思いきや、ココではそうじゃないようだ」

「異世界の信条は知らぬが。伝え聞くところによれば、我々人種はおろか、一部の神々すら被造物。成り上がりすら存在しておる。我も親や連なる系譜の神に敬意を払う用意はあるが、勝手に神を名乗るような輩にへりくだるほど安い誇りは持っておらぬ」

「一応、ノルニルは神として認めているのか……」

「世界樹を護らんがため、泉から離れられぬ哀れな三姉妹よ。暇を慰める遊びに付き合えぬほど狭量ではない。こうして野に居る稀な資質を持つ男とも出逢える貴重な機会を得られたのだから、感謝をしてやってもよいぐらいだ」


 こうして無駄な話をしながら攻め手を考えているが、有効な手立ての策定がしっくり来ない。

 それもこれも、【星槍】の情報プロパティがバグっているせいだ。


 戦闘力バトルポイントに並んで、特殊能力も文字が複雑怪奇な列に化けていて、中身を読み取ることが困難だ。かろうじて三つもの特殊能力を所持していることだけは把握した。

 間違いなくその内の一つは『武装アームド』能力だろうから、そこはいい。


 残りの二つ……【星】の名を冠す武装がどのように強力な能力を所持するのか、全く見当つかないことが悩ましい。


 前の階層でカウンター系統の特殊能力を見てきたがゆえに、安易な攻撃に軽い忌避感を覚えている。


「……さすがに騎槍でカウンターはされないか?」

「そのようにまだるっこしいことを我はせぬ。ふむ……そなた、資質は良いモノを持っておるが、全く洗練されておらぬと。神秘に触れて短いのか」

「ご期待に添えず申し訳ないがね、まだこの世界に来て一月ひとつき程度だよ!」


 上から目線の台詞に耐えきれず、僕は思考を頭の隅に押しのけて、一気に最前線フロントラインへと飛び出した!


 このままだと会話だけで上下関係が決まってしまいかねない。いや、世間的には王族と決定的な格差があるのだけれど、戦いの場でさえそれを認めてしまうと勝てる勝負も敗けてしまう。


 僕が下で、パスタリオンが上。

 その認識を改めさせる手段が何も思い浮かばないので、とにかく殴ってごまかすことにした!


 我らが『フェアビッツ』の誇る二枚妖精を差し置いて、貧弱一筋、情けない体格に定評のある僕が先陣を切る。


「プレイヤー攻撃アタック! 挨拶程度の全力ストレートを喰らえッ!」


 AI補正を受け、想像以上に軽い動きで振り被った拳を、パスタリオンのイケてるツラに叩き込む!


「ほう、挨拶か。ならば我が受けよう」


 パスタリオンは床に【星槍】を突き刺し、空いた右手で僕の拳を掴み取った。


「ぐっ……、う、動かな……!」

「握手というのだったか、そなたの世界で流行っておる挨拶は。これで合っているかね?」


 ギュッギュッと握りしめられた拳が変形しそうだ。戦闘力10000の馬鹿力め……!


 巨大な【星槍】を振り回し、ドラゴンみたいな握力で指をへし折ろうとしてくるパスタリオンだが、間近で見ると意外にも細身だ。

 女性のような線の細さ、滑らかな指肌。何の苦労もしていなさそうなロイヤルスキン。

 どこからこのパワーを引きずり出してきているんだ。


「間違っているから離せ!」


 逆手で二度目のプレイヤーアタック。ダメージが通らないことは百も承知だが、行動力を削るぐらいはできる。


「では、こうか? 異世界の文化は難しいな」


 再び受け止められた拳を無理やり割り開いて、指同士を絡めてくる。押し引きをするも、ビクともしない。


 分かっちゃいたが、極まった状況においてプレイヤーは無力だ。

 どうしてもサーヴァントに頼らざるを得ない。

 自分が動けるゲームだけに結果に関与できない状況が歯がゆい。


 捕まえたパスタリオンに波状攻撃を仕掛けるべく、唇を噛んで頼れるサーヴァントに指示を出す。


「くそ……っ、【暁の星アズールステラ】、攻撃して行動力を削」

「――交戦連携エンゲージコネクト

「……はっ?」


 僕の行動指示がシステムに縛られる。

 パスタリオンは僕を解放し、床に突き刺していた【星槍】に改めて右手を添え、した。


「『武装アームド』。そなたの行動力は尽きたのだから、次は我の手番で良いな?」

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