第108話 権利者は灯を求める

 第一王子パスタリオンは足を組み、肘掛けに突いた腕に顎を乗せたままで訊いた。


「いかがだったかな、『星灯舞踏会スターライトオリンピア』は。そなたら、ノルニルの戦士共にわざわざ解放してやったのだから、感想の一つでも聴かせてくれたまえ」

「解放してやった……?」

「うむ。ここは本来、我がスタブライト王家に連なる者が鍛錬に訪れる場所ゆえな。だが、まあ、近衛たる星騎士ステラナイツにも使わせることはあるからのう、先に貸し出していると思えば良かろう。この程度で神々が一柱に貸しを作れるならばな」


 パスタリオンの言で納得がいった。

 道理で景品に【星】のカードが並んでいるわけだ。

 意匠に掲げる王家の認める証、それがあの完全制覇ボーナスということなのだろう。


「それじゃ、他に星って名称がついたイベントは」


 リッカが思っていたことを口に出す。


「ノルニルが何やら力を入れている催しに手を貸せとのことだったのでな、いくらか祭り好きの男共を供出している。我が関わっておるのは、この塔だけだがな?」

「大当たりってワケ」


 舞踏会なんか開くのは人間でも、その中の選ばれた一握り。

 権威と財力に秀でた者にしか不可能なコト。よくよく点と点を繋いでみれば辿り着ける答えだった。


「それで僕らは殿下ご自慢の星騎士ステラナイツと戦う形になるのですかね?」

「我が星騎士団:紅蓮クリムゾンステラがそなたらの相手をする……前に、もう少し話をしようではないか。妹が騎士を見つけたと言うだろう、我も一人の兄として虫けらか馬の骨か、見定めねばならんと思わんか?」


 瑠璃色のシャルノワールとは真逆の、紅蓮。

 深く明るい紅色の瞳がギラリと僕の虹彩を刺す。


 王威。


 未だ王子とのことだが、最も強い直系の血を引く男には、その資質を疑う余地すら許さぬ覇気があった。


 気圧されそうになる足に活を入れ、真っ向から視線の槍を受け止める。


 さすがに本物から威圧されるのは初めてだが、そんなものはに過ぎない。

 もっとヤクザみたいな見た目の怖いオッサンから間近でガン付けられたこともあるのだ。こんなに距離があって、顔の良い男に眼力で敗けてたまるか。


 浅く早くなっていた呼吸を、意識して、肺の奥底まで引き込む。

 細く長く吐いた息を、同じだけの時間で吸い上げて……目蓋を突き刺しそうなほど鋭い視線の槍を、視線の剣でカチ上げる!


 外れた隙で僕は視線にさらなる意思を載せ、パスタリオンを狙う。やるのならやられる覚悟もあるよな?

 視線が質量を持ち、パスタリオンの顔面へと伸びていく感覚。


 両サイドの星騎士ステラナイツが動く素振りを見せる。


「よい」


 パスタリオンは一言そう制して、空いている手で軽く払った。それだけで僕が放った視線の剣は霧散する。


「失礼した、と謝罪しておくべきですかね、殿下?」

「それならば我の方だろうな。そなたも“王”と呼ばれる者だと聞き及んでいる。とはいえ、今は我が塔への挑戦者。試してみたくなった我を許せ」

「可愛い妹を心配される兄の試練だと思っておきましょう」


 ところで騎士って何のことだろうか。もらったのは称号だけだったはずだが……。


 ハハハ、と笑うパスタリオンは愉快そうだ。


「虫けらか、それとも馬の骨か。どちらかお分かりになられましたかね」

「我が威圧に抵抗し、あまつさえ反撃の神秘すら飛ばしてくるそなたを虫けらと評してしまうと、我が王国は虫けらしかいない国となってしまうのでな。敬意を払おう、異世界の王よ」


 とあるカードゲームのプレイヤー間の一部に呼ばれているだけなのに良いのか?

 僕は権威も財力もない、ただのコドモだぞ。


 内心ではそんなことを思っていたが、もちろんお首にも出さない。


 ここで舐められるのはバッドエンド直行分岐ルートだと背筋を流れる汗が知らせている。

 ゲームの舞台になっている王国の主要人物から、ダメ評価を下されたプレイヤーがまともに大成できるとは思えない。下剋上ルートも悪くはないが、最初からそう設定されているのでなければ敗けるルートを選ぶのは嫌だ。


「さて……気が変わった」


 そう言って、パスタリオンが玉座から立ち上がる。


 ジジイは溜め息を吐き、もう一人の星騎士はサッとパスタリオンから上着を受け取り、丁寧に畳んだ。

 王子は軽く首を回し、コキコキと肩を鳴らす。これから戦います、と言わんばかりだ。そんなガチバトルをする覚悟で来てないぞ!


 そして彼は――ふと気付けば手前に生えていたを掴んだ。


「“王”にわざわざ出向いてもらったのだ、こちらも王族が対応せねば無作法というもの。我が【星槍】の閃きを、その眼に灼き付けてお帰りいただこう」


 パスタリオンがグッと力を込めると、鉄にしか見えない棒の表面を紅い線が網のように走っていく。


 生えている……否、床に突き刺さった先端までまんべんなく紅蓮が覆う。

 寒天のようにぼろぼろと床を引き剥がしながら、棒の先端が姿を露わにしていく。


 円錐状の穂先、異様に尖ったヴァンプレイト、何よりも長大かつ骨太な偉容……


騎乗槍ランス……ってやつか」

「本来、長子には剣を与えられるのが通例ではあるのだがな。ちまちまとやるのは性に合わん。馬がおらんので片手落ちだが、我は片手でも十全に扱う鍛錬を積んでおるのでな、存分に堪能してもらおうか」


 パスタリオン本人の倍以上もある長さの騎槍を、信じられないことに軽々と右手一本で回転させて、ピタリと真っ直ぐ構えた状態で止める。


「そなたの付属物については、星騎士団:紅蓮クリムゾンステラの精鋭がもてなそう。あのような威圧で声を失う者に、我の時間を割くほど暇ではない」


 ジジイと星騎士が一歩前に出て、騎士剣を抜く。

 今度は振りではなく、本当に戦わないとならないらしい。


 パスタリオンと視線を交わしているせいで、後ろの様子は不明だ。一瞬でも目を離したら、次の刹那には心臓を貫かれかねない。


 威圧に慄いているのだとしても、自身の足で立ち上がってもらわなければならない――


「遺憾」


 そっと呟かれた陶器のような声が響く。

 僕の横に、小さな頭が並ぶ。


「空気を呼んで、静かにしていただけ。“狂月の王”と戦い続けてきたあたしを有象無象と一緒にしないでほしい」

「おっと……、それは失礼、レディ。単なる派手な飾りかと勘違いしていた」

「トロフィーでも殴れば人は倒せる。発想力の欠如を人に押し付けないで」

「ふむ。その意見は我が星騎士を倒してから拝聴しようか。レディが飴細工で作られたトロフィーでないことを証明したまえ」

「上等……!」


 反骨心に燃えるリッカを餌にして、ちらりと背後の様子を窺う。


 イクハとフルナは……厳しいか。

 王威の余波を受け、腰をヘタれさせている。


 回復には多少の時間が要る。多少を稼がせてくれる相手なら苦労は無い。


 パスタリオンが騎槍を脇に抱え、前傾に構える。


「ゆくぞ、野生の【星】使い、異世界の――狂う月を統べる王よ! そなたの煌めきを我に魅せよ!」




星灯舞踏会スターライトオリンピア:第五十階層】

階層守護者ステアーズガーディアン星騎士団:紅蓮クリムゾンステラ

星塔権利者ステラタワー・ライトホルダー:パスタリオン・クリムゾン・スタブライト】

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