第36話 たぶん鈴木とおそらく佐藤
僕を呼び出したのが女子生徒なら喜ぶぐらいはするのだが、生憎の男どもである。
いやいやながら、気乗りせず、憂鬱な面持ちで向かったところ、教室で見た覚えのある不愉快な顔が二つあった。
そして茶髪のたぶん鈴木と金髪のおそらく佐藤が、じめじめした土の臭いがする薄暗くて誰も来なさそうな校舎裏で、僕を壁際に追い詰めている。
顔の長いノッポと肉厚なデブに囲まれると威圧感が半端ない。
「こんなところに呼び出して、僕に何の用だ?」
壁に寄り掛かり、毅然として尋ねる。
足が震えないよう壁を頼ったが、むしろツッパリ棒にしている足が瞬間的に痛くなってきた。
僕はガリガリのガリで運動神経もなく、喧嘩などしたら一秒で負ける自信がある。
唯一の武器は、対戦で培ったレスバ能力だけだ。
対するはクラスでも遠巻きにされているヤンキーの二人組。相手に不足なし、どころかガンニラミされていて非常に恐ろしく、漏らす前に早く逃げ出したい。
だがしかし、だからこそ弱みを見せてはならない。
強者は弱者の弱いところをこそ攻撃するのだから。
「仲出勢のことだよ」
僕の質問を素直に答えたのはおそらく佐藤だ。デブの腹から出る重低音がすごい。
「お前、どうやったんだよ」
上からスゴんでくるのはたぶん鈴木。背が高いとそれだけでパワーがあるな。
精一杯のキリッとした顔を作って尋ねる。
「どうやった、って何のことだ?」
「お前みたいなカードオタクがどうやって仲出勢と仲良くなったのかって聞いてんだよ!」
「あいつの弱みとか握ったのか!? なあ、おい!? お前なんかが仲良くなれるレベルの相手じゃねえだろ!」
「……それは、彼女に相応しくないから近寄るなという脅しか?」
こういう嫌味や脅しには残念ながら慣れている。
灰島のファンからしょっちゅうもらっていたからな。写真の価値が落ちるから灰島の横に並ぶなとか。
大体は僕が不細工だとか不気味だとかで、灰島の隣に立つレベルにないからだと注釈が付いている。
ばかばかしい。
真に受けて、一度は離れたこともあったが、灰島の方からやってくるのだ。僕にはどうしようもないだろう。周りの勝手な意見に振り回されるのもアホ臭いので気にしないようにしている。
「僕が相応しいかどうかを決めるのは彼女だ。僕でも君たちでもない。彼女が直接そう言うのなら配慮しよう」
「「そうじゃねえんだよ!!!」」
左右から怒鳴られて、僕は思わず目を瞑っていた。
そして目を開けると二人の姿が無く……、
「「苑田様!!!」」
下から聞こえてきた声に僕はギョッとして半歩引いた。
靴でも舐めそうな位置に土下座した金髪と茶髪がある。
「「どうすれば女子と仲良くなれるのか教えてください!!!」」
よくよく話を聞くと、おそらく佐藤はロリコン、たぶん鈴木は貧乳好きの美少女ゲームオタク仲間だという。ひどいな。
中学では性癖をオープンにしすぎてナメクジみたいな扱いを受けていたので、誰もいない遠くの高校に行き、見た目も変えて高校デビューをしようと考えた。どこかで聞いたような話だ。
しかしながら、どうすればキモメンを脱却できるのかが分からない。参考にしたバイブルは軒並み主人公がイケメンだったので当てにならない。
中学卒業間際からイケメンムーブ(と顔)を身に付けるのは難易度が高い。
そこで行き着いたのが――悪落ちである。
いつの世も少なからず素行不良をかっこいいと思う感性の持ち主はいる。イケメンムーブはできなくともカスにはなれる、そう考えた二人は髪を染め、ガムを噛みながら授業を受けるようにした。真面目にノートを取っており、小テストの結果は灰島より良いようだ。
ところが残念ながらと言うべきか、当然と言うべきか、二人は遠巻きにされて女子にモテることはなかった。ロリと貧乳要素は最悪無くても許容するらしいが、気にするべきはそこじゃない。
普通の範疇におさまる生徒の多いこの高校で、のべつまくなし蛇の如く睨みつけていてはそうなるだろう。不良というものを勘違いしている。
そんな後悔し始めている二人の前に現れたのが、カードゲームオタク丸出しなのに学年一可愛いかもしれない女子生徒と仲良く話をしている僕というワケだ。
「だがな、僕が何か特別なことをしたとかはないぞ。僕の人当たりが悪いのは君たちも分かっているだろう」
「基本は一人だしな」
「人を逆撫でするような話し方だしな」
「君らに言われたくはない」
同族嫌悪である。
「強いて言うなら、タイミングが良かったんじゃないか。あとは伊玖の性格か」
「何の参考にもならねえだろ!」
「もっと具体的になんかあるだろ!」
「ふむ。僕が人付き合いの参考にしている『ミスターマーリンのモテ講座』、サイトアドレスを教えようか」
「馬鹿にしてんのか?」
「そんなんでモテたら世話ねえわ!」
二人はその縦と横に伸びた巨体で僕を圧し潰さんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
鼻息も荒く、僕としては今すぐに蹴り飛ばしたくなるほどの恐怖を感じる。血涙流さんばかりに目が血走っているんだもの。
「僕にだって理由は分からないのに詰められてもな……。君たちもこれを始めてみたらいいんじゃないか?」
そう言って僕はベルトに取り付けたデッキホルダーから、きっちりスリーブで保護したノル箱のカードを取り出して見せた。
「……確かに気になってはいた」
「でも年齢制限でスタートダッシュに遅れただろ。今更始めてもダメじゃねえか」
「僕は遊べているし、伊玖も楽しめているから続けていて、僕に話しかけてくるんだろう。君たちも始めてみれば会話のきっかけぐらいにはなると思うが」
その言葉に彼らは顔を見合わせ、
「――危ない! どいてっ!」
僕らは唐突に降ってきた声の方を見上げた。
声の指摘した危険は正しく、ちょうど上を向いた僕の眉間を降ってきた何か分厚い本のカドが撃ち抜く。
僕の記憶はそこからしばらく途切れることになった。
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