第124話 ダンス・イン・ザ・ハーレムミーティング

『随分と楽しそう』

「うっぷ……本当にそう見えるか?」


 僕は背もたれに深く寄りかかり、大きく膨らんだお腹をベルトから解放していた。


 女子向き小弁当と何かの球技に使うボールくらいデカいおにぎりを食べきったのだ。長い食休みがないともはや動けぬ。


 食の細い僕にしてはかなり頑張った。

 これが続いたら一ヶ月もしない内に体重が倍になりそうだ。


 満輝は生徒会室から持ってきたケトルでお湯を沸かし、緑茶を淹れてくれている。伊玖は僕の膨らんだお腹を慈しむように撫でていた。子供はいないから。


 そして対面には、スクリーンを浮かべている。

 ホロホのカメラチャットで映っているのはリッカ。高校には入ってこれないので当然ながらリモート参加となる。

 自宅にいるのか、かなり油断した格好をしていて目に毒だ。確かに最近暑いが、肩紐だけで保持している薄手の布一枚って自宅だと普通なのだろうか。分からない。


『今度はあたしの家に来て。ご馳走する』

「食べきれる量で頼む」

『エルスは痩せすぎだからたくさん食べた方がいい』


 たくさん食べるにも限度があることをみなさんは覚えて帰っていただきたい。


 満輝が淹れてくれたアッツいお茶を飲み、一息つくと、本日の本題へと話が移る。


「私たちの今後について、きちんと話をしておきましょう。あやふや、なあなあに済ませてしまうと、全員が不幸になることは一目瞭然だもの」


 司会的ポジションに自然と収まる生徒会長。慣れてるな。


 しかし……そういう場を最初に開いてもらえるのは大変助かる。自分から言い出すにも、ちょっと勇気のいることだし。

 この場においては何を発言するにしても勇気はいるのだが。


 ともかく、話し合いが本格的に始まる前に、と僕はとあるお願いを申し出た。


「一つだけ最初にルールを決めておきたい。ルールというよりは僕からのお願いになる」

「ロウくんのお願いなら何でもいいよ」


 伊玖がそう言って先を促す。女の子が何でもなんて言ってはいけないよ、という指摘は呑み込んだ。話のテンポが悪くなるし、僕は何でもしてもらいたい側の人間である。


「単純なことで、正直なところを話してほしい、ってだけだ。何もかも全部を吐露しろとか、嘘つくなとかじゃなくて。人間関係についてはかなり察しの悪い面があるから、申し訳ないが思ったところと違ったら言ってもらえると嬉しい」

『分かった。代わりにエルスもちゃんと本当のことを言って』

「当然だ。僕だけ本心を隠そうとはしない。約束しよう」


 僕の宣言に、三人はしっかと頷いた。


 それから満輝が最初の議題を切り出す。


「まずは確認しておきたいわ。灰島くんからのメッセージでしか確認できていないが、私と付き合ってもいいというのは本当なのかしら?」

「勝手にみっさんに都合のよい言葉に変えないでくださーい!」


 瞬時に伊玖から訂正が入った。ごほん、と咳で打ち払い、


「伊玖さんとリッカさんがかなり暴走してメール爆撃をしていたようだから。そんな状況で上手く発信ができないのは分かる。改めてロウの口から伺いたいところね」

『どうせフルナも連続発信してたくせに……』


 リッカの指摘は大正解である。何なら一回の文章量が一番多かったのは満輝だった。

 さりげなく自分だけ外して他人の叩きどころを提供してくるのは頭が良いのか、底意地が悪いのか。戦略的な話をしたら失敗を叩くのは正しいので、きっと正しい言動だろう。


 余計なことを言うなとばかりに満輝が伊玖とリッカを睨み――おそらくは核心の質問を放った。


「昨日、灰島くんが発信した『三人一緒なら付き合う』……これはロウの言葉だと私たちは信じていいのかしら」


 胃腸に詰まって僕を苦しめていたはずのお弁当たちが瞬間的に消えたようだ。

 昨夜などとはまた別の緊張感が活発になった血を昇らせていく。


 三人の視線が僕の口に集まる。

 もっとたくさんの人から注目されたことは何度もあるが、今日ほど一挙手一投足に緊張するのは初めてだ。


 まさか、こんな日が来るとは夢にも思わなかったから……普通の一般的な生活をしていたら来ないはずだから想像できなくて当たり前だよな?


 なんだか僕の進む道が一般的な方向から外れてしまったのは【フラワリィ】とかいう妙ちきりんな妖精と出会ってからのような気がする。

 もし、ここに【フラワリィ】がいたら……「才色兼備、天下無敵のフラワリィさんの相棒がそんな弱腰でどーするんですか! LSさんたるもの、三人どころか五人、十人とずっこんばっこん酒池肉林を実現するくらいでないとお!」ぐらいは言いそうだ。


 時代錯誤の台詞を想像して、フッと笑ってしまった。

 力が抜けて、頭の中がカラリと渇く。


「大前提として。居心地が良かったから、関係を崩したくないという気持ちが強い。一応、僕の思い上がりかもしれないから確認をさせてほしいんだが……、三人とも僕に好意を持ってくれているという認識で合ってる?」


 思考はすっきりしたけれど、恥ずかしいことには変わりない。

 これで僕の思い上がりだったらどうしようと顔を真っ赤にしながら尋ねた。


「好きだよ!」

『ずっと前から愛しているわ』

「私はこの気持ちが恋か愛なのか分からないから、確かめてみたいというところね」


 僕の質問に考える間もなく打ち返された回答が心を撃つ。

 この中から一人を選べる男は間違いなく超人の冷徹さを持つ。


「あ、ありがとう。僕は……申し訳ないけれど、君たちの中から一人を選べない」

『あたしを選んでくれたら、ずっと好きなことだけやらせてあげるよ。エルスを養う用意はできてる』


 リッカの大変魅力的なお誘いに椅子が鳴った。


「私だって! 好きなことしていいからね!?」


 ギュッと腕に抱きつく伊玖がどことなく潤んだ眼でそう訴える。


 後ろに回った満輝が剛腕で引き剥がした。大量の資料を持ち運ぶ膂力が遺憾なく発揮されている。


「色仕掛けと金仕掛けは後にしなさい。今はロウが話すターンよ」


 助かった……。僕のような子供には刺激が強い。


「僕は困ったことに、好意をぶつけられた相手を好きになってしまう人間だ。三人とも好きなのに、その中から一人を選ぶなんてのは難しい。じゃあ三人とも振るか、付き合うしかないって灰島に言われてさ」

「それなら私と付き合いましょう」

「僕が話すターンでは???」


 カラッカラに渇いた口内を緑茶で潤す。渋みが脳に効くぜ。


「僕にも最低限の倫理観とかはあるし、君らに失礼な話だってことは分かってる。それで悩んでたら、灰島が勝手に訊いてしまったというのが昨日の真相なワケ」

『言い訳を並べているけれど、あたしたち三人のハーレムには不満があるということ?』

「いや、実現するなら嬉しい。贅沢すぎると思ってる」


 三人ともバリエーションの違う美少女である。嬉しくない男がいたらそいつは切り落とされた宦官だ。


「常識的に考えても、こんな話を持ち掛けること自体がクズの思考だし、君たちには悪いと思っている。でも、他に考えも思い浮かばないまま話が進んでしまった。……提案した側だけど、君たちは本当に良いのか?」

『水面下の争いが表に出てきただけだから問題ない。エルスにより直接アプローチできるだけ前進』

「書類を提出できるようになるまで、まだ時間はあるから。それまでに選んでもらえるようにイロイロ頑張るだけだよ!」

「今回は見解が一致したから。最終的には手段を選ばなければどうとでもなるわ」

「世間的にはあまりよろしくない関係だって目で見られると思うんだが……」


 僕の懸念に対し、伊玖は椅子を蹴飛ばして立ち上がった。


「ロウくんッ! 私たちに必要なのは世間の目じゃなくて、私たちがお互いをどう想ってるかってコトだよ!」

「……そうかな?」

「そうっ! 私とロウくんが愛し合っているのなら、他の全ては些事! そんな下界のことは気にする必要なんてないんだから!」


 伊玖がそう言うのなら、そうなのだろうか……。

 残りの二人から「私を外すな」『あたしも抜けてる』と物言いが入った。三人がいいのならいいのかもしれない。


 問題が起きたとしても、最終的には三股を掛けていた僕が槍玉に上がるのだろうし、三人がいいならいいか!


「みんなの了承があるなら僕も受け入れよう。むしろ、こんな話を受け入れてくれてありがとうと言う立場か。これからよろしく頼む。何がどう変わるのかも分かっていないんだが」

「それをこれから話し合うのよ。デートの日数とか決めておかないといけないもの」


 女性陣の瞳がギラリと光る。

 僕は知る由もなかったが、今日の会はこれからが本番だった。


 初夏の夕日が沈んで学校から追い出されるまで、白熱の会議は踊りに踊った――。

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