第125話 とあるコスプレイヤーもFになる

 紅めのうはコスプレイヤーである。

 が、その前にオタクでもある。


 仕事が終わればゲームをし、マンガを読んではアニメを見て挿入歌に一喜一憂する。グッズ情報に目を光らせ、好きな声優のライブチケット抽選に祈りを捧げるごく普通の一般オタクだ。


 コスプレも趣味として始めたが、顔と体型が需要に合って、副業には十分以上な成果を出している。

 特にゴールデンウィークのような大型連休は、会社も休みでエンタメ業界はそこに合わせてイベントを打ってくる。めのうは企業の金で好きなだけコスプレができて、しかもお金までもらえるWin-Winの関係だ。


「だからって打ち合わせが長引いても良いってワケじゃないんだけど!」


 夜半になってようやく自宅に帰ってこれためのうはハンドバッグをベッドに投げ捨てた。


 めのうが公式広報コスプレイヤーを務めるゲーム『ノルニルの箱庭』ではゴールデンウィークの初日から一周年記念のビッグイベントを行っている。

 もちろんめのうも公式の人間になるので、そこでお仕事をいただくのは問題ないし、大変ありがたい。


「くっそどうでもいいことで拘束しやがってえ……!」


 行為の対価にお金が発生しているのであれば、それはプロの仕事だ。

 一端のプロとして依頼者の話を伺うのは業務に含まれる。


「でなきゃ、興味もないゴルフの話なんか聞いてないでさっさと帰ったのに!」


 打ち合わせ自体は早々に終わったのだ。


 問題はその後に乱入してきたスポンサーのお偉いさんとやらだ。

 ノル箱は急激に成長したコンテンツであり、資本に様々な手が入ったとも聞く。メディアミックスを考えた時のデメリットだ。


 取ってつけたような建前でやってきたが、明らかに宣伝塔にしている女の顔でも見ていくか、という下衆な考えが顔に出ていた。

 コスプレイヤーをしている自分を見られるのは全然構わないのだが、スポンサーの権力とやらをチラつかせてくるところがキモい。古い時代からお越しの人間とは付き合っていられない、でも付き合わなくてはならないのが社会人の辛さ。


 うっすい色水をあくびで薄めたような会話に散々付き合わされた苦痛を中和しなければ。


 外出着をバババっと脱ぎ捨てて、メイクを落とす。やはり自宅全裸が一番落ち着くってものだ。

 コンビニで買ってきたチョレギサラダをつまみつつ、ハイボールを臓腑に流し込む。これこれ、仕事の後はこれ。


「さてさて、本日の御様子はいかがかな……っと」


 ホロホで立ち上げたのは『ノルニルの箱庭』。

 公式コスプレイヤーを引き受けたこともあるが、初めてのカードゲームをやってみたらプライベートでもドハマりしてしまった。仕事に役立つこともあって、日夜研究と情報収集に余念がない。


 今日はアルコールを入れてしまったので完全没入ホロダイブをするのは難しい。

 だがプレイできなくともノル箱を楽しむことはできるのだ。


 外部出力スクリーンモード……公式が更新する記録履歴を確認したり、ちょうど配信されているノル箱の動画を探すには便利な機能だった。


 ただいま行われている『ファーストアニバーサリー・フェスティバル』のメイン企画はダンジョンのタイムアタックレースだ。

 ダンジョンの難易度とクリアタイムによって算出されるポイントが高いほど良い、というサバイバルレース。難しいダンジョンをクリアすれば一躍ポイントを大量ゲットできるが、そもそもクリアできるか怪しいところに突っ込んでしまえば虚無の時間になる可能性もある。地道に低ランクから順当に潰していくプレイヤーが多いようだ。


「……LSさんはランキングに名前なし、と」


 ポイントの上位者はリアルタイムに更新されてランキング表示される。

 めのうは関係者だから知っているが、残り二日になったら名前とポイントの端数部分はシークレットにするとのこと。桁数と一番左の数字だけ表示されるにあたって、目安になったり、想像を働かせたりと楽しめるはず。また、リアルタイムの更新が六時間ごとの更新に変わるそうで、これも勝負の綾を作るためだとか。


 気になっているプレイヤーの名前はあらかた探してみたが、中でもつい先日、華々しい活躍を魅せた記憶に新しいプレイヤーはその宣言通り、どこにも姿を現さない。


「ちょっと残念かも」


 観ているだけでもワクワクさせて楽しませてくれるプレイヤーはそういない。

 稀有なプレイヤーだけに動向を探してしまうのは致し方なかった。ファンになってしまった、というのが正確な表現か。


 どうせならまた実況の仕事が入っている『オールプレイヤー・バトルフェス』の方でも観てみたかった。

 めのうが『紅めのう』を続けていれば、またいずれ機会はあるのかもしれないが。


 続いて、めのうはサイドイベントの情報収集を始めた。サブ……というと角が立つ。

 メインイベントは大会だが、あちこちに散らばっているサイドイベントの収集も重要だ。言及する時が来るかもしれない。


 それはそれとして、サイドイベントにはめのうも挑戦するチャンスがある。イベントリストはもらっているが、中身の詳細は教えてもらっていない。知りたければ自分で体験してみてね、という配慮に違いない。


 サイドイベントの種類は多岐にわたり、タイミングを合わせるリズムゲーやダンスバトル、糸引きから絵合わせまで、ちょっとしたミニゲームも豊富に用意されていた。現実でやったら法律的にアウトな賭け事があるのはどうなのか。


 それなりのエンジョイガチ勢としては、この期間だけのイベントダンジョンをクリアしたいなあ、と友達を誘って遊びに行っていた。

 いくつかクリアして、いくつかはクリアできずに終わってしまったり、それなりに楽しめた。


 初心者も安心安全にクリアできるベリーイージーなダンジョンがあれば、ガチ勢も歯が立たない難易度極のダンジョンまで用意されていて、後者は「こりゃダメだ」と早々に諦めた。


 特に『星』を含む名前のダンジョンは死ぬほど難易度が高い。死んだ。

 LSが使っていたカードにも『星』が含まれていたから、関係あるのかなと興味あったのだが、それが分かるところまでさえも進めなかった。


 『六つ星』プレイヤーも挑戦した人がいたけれど「ガチでフルパーティ組まないと無理。組んでも無理かも」という感想を漏らして、挑戦者が激減した模様。

 最も難易度が高いと噂されるのは洒落た名前の『星灯舞踏会スターライト・オリンピア』。最上階が五十だというのに、半分も登れていない。


 何を隠そう、めのうたちも挑戦して、二十階層にも届かず撤退した思い出アリ。

 自分たちが進めなかったダンジョンがどこまで攻略されてしまったのか、確認したくなるのは人間の業だ。


「階層の更新はされたかな? されても半分登れたかどうかだと思うけど」


 めのうは世界地図から該当のダンジョンを探し、外れにある巨大な塔のアイコンを叩いて到達階層番付を開く。


 一位、五十階層 『LS's』。


「ぶうゥーッ!!!」


 思わず口にしたハイボールを噴き出した。

 スクリーンは透過するので問題なし。代わりに床と絨毯が被害にあった。


 だがそんなことを気にしている余裕はない。

 めのうはスクリーンに掴みかかり、すり抜けた勢いでテーブルに倒れ込む。


「~~~っ! そ、そんなバカな!?」


 何度確認しても攻略されている事実は変わらない。

 最難関と目されるダンジョンが始めたてのピヨピヨに攻略された……?


「ど、動画……アーカイブはないの!?」


 チーム名から個人のプロフィールへと飛ぶ。めちゃくちゃ見覚えのある名前が三つも並び、そしてその三人は攻略時に配信していなかったようで記録がない。

 最後の一人は見覚えないが、唯一、動画を残していた。


 ごくりと唾を飲んでやたらと長いアーカイブを再生する……宿の天井を見るところから動画は始まった。


「あー……、これ、動画配信してるのに気付いてないなあ」


 実に一時間以上、天井を眺める動画を配信して、ようやく動き始める。

 その間、ぶつぶつと何事かを呟くのみで、配信を観ている人からしたら文句しかないだろう。

 だが今回ばかりはつまらない序盤も許そうじゃないか。


 シークバーを動かして、どうでもよさそうなところを飛ばしながらじっくりと観てしまった。

 かなり飛ばしたが、それでも二時間近い大作だった。


「うーん……やっぱり観たいなあ……。ダメ元で要望だけは入れておこ!」


 草木も眠る丑三つ時、紅めのうは企画担当にメールを飛ばした。

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