第144話 神秘的防御が必要な人
シャルノワールのありがたいお話を終え、僕はアズライトに首の根を掴まれて移動させられた。
非情にもアインエリアルは僕を見捨ててどこかに行った。鍛錬に口を出すために来たんじゃねえのかよ。
「これより座学を始める。私が貴様の教育を任せられた以上、遊ぶ余裕など無いと思え」
「……座学?」
僕は連れてこられた場所を見回して尋ねた。
ここは王城の片隅にあるちょっとした広場で、僕らの他にも剣を振って汗を流す騎士の人が居たりした。
机などの一般的に座学で必要そうな道具は見当たらず、何なら僕も木剣を持たされている。
つまりは、肉体的な修練場なのではないかと察するが、座学?
アズライトは姫とよく似た色の髪を紐でまとめながら答えた。
「実践と知識は表裏一体。まとめてやった方が、覚えが早い。これがスタブライトのやり方だ」
「分からんでもないが……座学って言うからには座ってメモでもして覚える知識が多いんじゃないのか?」
「私が言ったことを忘れなければいいだけの話。座って黙って聴かせているだけなど、時間の無駄だ」
めちゃくちゃスパルタな教師が来ちゃったな、これ。覚えられるかな。録画しとけばいいか。
アズライトをバストアップに設定して、録画を開始したところで座学が始まった。
「まず、姫様が仰られた貴様の中期目標――『騎士の試し』。これについて軽く説明をする」
「ああ……優勝を目指せ、ってことは大会とかなんだよな? 自慢じゃないが、僕の運動神経は壊滅的だ。こういう剣を使うような大会だと絶望しかないんだが」
「安心しろ。貴様が得意のカードによる競争会だ。でなければ、貴様に出場しろなどとは言わん。姫様が貴様を見出したのはカード対戦だったろう。騎士が貧弱で良いとも言わんがな」
それを聞いてホッと胸をなでおろした。
木剣なんか持たされたから殴り合いが始まるのかと思った。ゲーム違うよちょっと、なんてことも思ったが、まだカードゲームでいいらしい。
「遥か古い時代においてはその身一つで力の証を立てる必要もあったが、現代においてはカードという便利な道具があるのでな。今や、争いの主役は剣からカードに変わっている。必然的に求められるのはカードの強さというわけだ」
疑問が浮かび首を捻るが「質問は後にしろ」と言われたので頷いておく。
アズライトも僕の浮かべた疑問を推察しているのだろう。
「貴様のように、市井にも優れたカードプレイヤーが眠っている。そういった者を探す目的で、年に一度、『騎士の試し』大会は開かれている。この大会はスタブライト王国における夏の風物詩でな、王国中、他国からも腕に覚えのある野心を持つ者が集い、期間中はお祭り騒ぎになる。優勝者は王国騎士団入りが通例だが、優勝できずともアピールが上手くいけばスカウトも多いので道が拓ける」
「名前の割には剛毅な大会なんだな……」
もっと質素な、というと失礼だが、内々の大会である印象を受けた。
「元々は一般兵向けの騎士昇格制度だったようだからな。伝統を引き継ぎつつ、規模が拡大した結果だ。貴様にはここで圧倒的な勝利を魅せつけ、騎士、ひいては
「えぇ……圧倒的ってのは厳しいな」
「厳しい内容だから存在証明となるのだろうが。とはいえ、今の貴様では優勝どころか本戦出場も難しいのは事実。先立ってのスプリンガー・バトルフェスとやらとはまた格の違うプレイヤーが集う大会であるし、我が王国騎士団からも騎士を目指す一般兵共が参加する大会だ。そう一筋縄にはいくまいよ」
うず、と腹の奥で好奇の蟲が蠢いたのを感じる。
そこまではっきりと否定されると、逆にどこまでやれるのか気になってしまうな。
「ゆえに私が貴様に教育を施す。口うるさい師匠とやらの手も入れつつ、な。わずかな時間で貴様を徹底的に鍛えていくことになるが……」
モチベーションを静かに上げていく僕に対し、アズライトはスゥと滑らかに木剣を構えた。
僕も慌てて不格好ながら両手で木剣を前に向ける。
「貴様が先ほど口に出そうとした疑問、それに答えよう」
ダンッ! と踏み込む音が聞こえたと思った瞬間、強い衝撃が両手に走る。
気付いた時には木剣はどこかに吹っ飛び、首筋に固い感触が添えられていた。
「このように、相手プレイヤーを五分以上動けなくさせられる戦闘力があるのなら、カードの実力なんかもはや関係ないのでは? 貴様が思い浮かべた浅はかな疑問はこんなところだろう。違うなら言ってみろ」
「違いません」
首筋に押し付けられる木剣から逃げながら答えるが、僕がどれほど後ずさろうと木剣は正確に追いかけてきてピタリと頸動脈に触れている。
壁際に追い詰められて、ぐえっと音を上げたところでようやく外してもらえた。
「とまあ、こうやって遊べるのは相手が格下だからだ。貴様が
持っていた木剣を僕に渡して、アズライトは「打ってみろ」と自身を指した。
戦闘民族の彼女と違って、生身の人間を木の棒で叩ける精神性を僕は持っていない。躊躇していると「早くしろ!」と叱責をいただいた。
「ええい、文句言うなよ!」
自然体、両手を下ろした姿で待ち受けるアズライトを振りかぶった木剣で打つ。
頭はヤバそうだから避けて……肩も骨が折れそうだ。腕は使えなくなったら困りそうだし……、腹か? いやでも相手は女性だから、腹は止めておいた方が良さそうだ。そうなると胸か、心臓の無い右胸が安全なはず!
この思考間、実に0.2秒! かどうかは分からないが、そんな考えで切っ先をアズライトの右胸に振り下ろした。
「……はっ?」
振り下ろした木剣が、
当たる寸前で、木剣が唐突に停止した。胸と木剣の間に、何かの膜があるような、わずかな隙間があることぐらいしか理解できていないが、とにかく当たっていない。
勢いは十分だったはずだ。
それが何の衝撃もなく、全ての運動エネルギーが無になったように、静止して進まない。
押すのは無意味だったが、引く分には障害なく引き戻せた。
「も、もう一度いいか?」
「好きなだけやってみろ」
腕、脚、肩、頭と場所を変えて木剣を振ってみても、一度として当たらない。
試しに僕自身のスネを叩いてみたら痛かったので木剣に何か仕掛けがあるわけでもなさそうだ。
最後に胸を木剣で叩いてみたが、やはり結果は同じだ。
「ええ……どうなってんだよ……?」
思わず手を伸ばして、木剣と胸の隙間にある空間を触れてみる。
特に硬さとかは感じない。というか、何かが『在る』ことを感知できない、が正しいか?
木剣を静止させている何かが『在る』はずなのに、僕の手はそれを素通りしてアズライトの身体に触れてしまえる。
「不思議だ……」
「……満足したか?」
不意に頭上から声が降ってきた。
「いや、全然分から……ん……」
見上げたアズライトは、頬を赤く染め、青筋を立てて、口端を震わせていた。
僕は自身の手元に視線を戻す。
人体でも特に柔らかい母性の象徴に遠慮なく触れていた。
ふと、ちょっとした気付きが聡明な脳みそに訪れる。
「……温かく柔らかいものに触れると、人間の頭脳は幸せだと感じるのは不思議だと思わないか?」
「触れられている方が不快な場合もあることは不思議だと思わないのか?」
神秘で攻撃されるんなら、神秘で防御すればいい。
神秘的防御を身に付けることの必要性を実地で叩き込まれるまで、時間は掛からなかった。
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