第143話 シャルノワールの試練
「それで、一体何をしようと思ったのですか?」
頬をピクつかせて、そう問いかけてくるシャルノワールの様子に、僕も慄いてつい口を開く。
「いや、あの、これは……」
「貴方ではなく、その女に訊いております」
「あ、はい」
それは助かる。
口を開いたはいいものの、答えが全く欠片も思い浮かばなかったので。
シャルノワールは重ねて問うた。
「“翠の魔女”、貴女がこの場にいることは、そうですね、理解しましょう。しかし、なぜ“私の騎士”の膝に乗っているのかが理解できない。どういうおつもりですか?」
質問を受けたアインエリアルは、僕の膝の上で一人だけ穏やかな微笑みを浮かべている。
案内された部屋の椅子に座ったところ、自然な動きで横座りしてきて、肩に手を回されている。
これから王族の方と接見しようという態度では有り得なかった。
僕もなんとかどかそうとはしたのだ。「いいから、いいから」と押し切られてしまった自分が弱い。
アインエリアルは空いている手を遊ばせながら応えた。
「古来、弟子とは師匠の椅子になるものよお。椅子にあらずんば弟子にあらず、知らないのかしら」
知らん。
「寡聞にして存じ上げませんわ。不思議な世界観を構成されるのね」
「師匠が絶対にして、弟子は全てを受け入れるもの。私が何をしても、最終的にはこうして迎え入れるのが我が弟子LSのお役目なの」
そんな大役をいつの間に課されていたのか。
……古来より弟子とは雑巾よりも使い倒されるものであると言われているし、あながち間違っていない表現かもしれない。
間違っているとすれば、今でこそこの立場に甘んじているが、元々は勝手にパシリ任命されただけでそんな雑多仕事をするつもりはさらさらないということだ。
「お姫様がいくら騎士の作法を叩き込んだところで、そこの本質は変わらないわ」
「僕の本質情報を勝手に更新しないでもらっていいか」
「その格好で言っても意味はないぞ」
アズライトの淡々としたツッコミが鋭く刺さる。
「……ふっ」
結局のところ椅子になっているのでそれはそう。
言葉ではもちろん説得したが、僕の常識的説得をやすやす聞き入れる人間ではないことをすでに認識している。早々に諦めて後々の対応に思いを馳せた方が合理的というものだ。現実逃避とも言う。
物理で対応しなかったのは、ちょっと思ったより重くて動かな
「LS、何か余計なことを考えていない?」
「滅相もない。話が進まないからどいてもらえないかとは考えたが」
いやー、アインエリアルはもちもち柔らかくて膝の上に乗せているだけで幸せな気持ちになるなあ!
「それならいいけど……」
「いいなら、おどきなさいな。私、真面目なお話をするつもりで来ていたのに気が削がれてしまったわ」
シャルノワールにも疲れた様子で言われ、渋々、アインエリアルに用意された椅子へと移動する妙齢の美女。……見た目は妙齢だけど、魔女とか言われているところを考えたら奇妙な年齢の女性かもしれ
「LS、何か要らないことを考えていない?」
「気のせいじゃないか? 何の話なんだろうと思っていただけだが」
見た目が良ければ本来の年齢とか気にすることじゃないよなあ!
この女、勘が鋭すぎる。これが余裕綽々で国家を敵に回す人間の感知能力か。……違うか。
「話を進めても構いませんわね?」
「どうぞ。お騒がせして申し訳ありません」
「LS、貴方が原因でないことは分かっております」
「私が悪いって言いたいのかしら」
誰も「そうだよ」とは合いの手を入れなかった。入れたらまたシャルノワールの話が先延ばしになってしまう。
ごほん、とシャルノワールは喉を整えて、
「改めて。LS、我が
「歓迎してもらえるのはありがたいですけど」
未だに就職の経緯がいまいち分かっていない僕である。
スプリンガー・バトルフェスで戦った『黒』が、実はシャルノワール・アズール・スタブライトの変装した姿でした。これはいい。
その対戦でシャルノワールが僕に感じ入るところがあって、偉い賞に選んでくれました。これも理解できる。
結果として、自分の騎士団に所属させます。ここがちょっとよくわからない。
「多少の実績を残したとはいえ、僕はまだ、国の最高峰とまで謳われる騎士団に所属できるほどの能力は持っていないと思いますが」
僕も少しだけ調べたのだ。カード協会への質問とインターネットインテリジェンスによるものなので、どこまで合っているかは擦り合わせが必要だけれども。
スタブライト王国の国認武装組織はおよそ三つに分けられる。
王国騎士団、各地領主の私設騎士団、そして住民による自警団だ。先に挙げた方から格が高いとされていて、王国騎士団で挫折した者が各地で私設騎士団に入るとも言われている。
当然ながら王国騎士団の中でもそういった棲み分けがある。
まず騎士団なのに兵士と騎士が混在する。名称の綾というやつだろう。騎士だけで組織は運営できない。
一般兵士から始まり、職責を上げていくと、そのうち騎士にクラスチェンジできる時が来る……かもしれない。
兵士から騎士への転換は、結構な難易度があるらしく、叩き上げだと戦争で大活躍するとか災害とみなされるような害獣を討伐したり、英雄級の実績が求められたりするそうだ。
騎士は本来的に貴族など位の高い人がなるもので、下から上がっていくのはあまり現実的ではないとのこと。
というのも、騎士はとかく金が掛かる。出費が多いがゆえに、貧乏人が騎士になれたとしても立場を維持できない、そんな世知辛い事情もある模様。
まあ、仮に騎士になれたとしよう。
騎士にも種類がある。ややこしい。
ややこしいので限りなく簡略化するが、一般騎士と
一般騎士が騎士業務の全般を担うとすれば、
王国の戦闘人員から選りすぐった一般騎士の中から厳選に厳選を重ねた精鋭中の精鋭。それが
王族はその
今回、僕が入団させられたのはこの私設星騎士団の方だ。
その名の通り、シャルノワール・アズール・スタブライトを主と仰ぐ
私設がゆえに人員は自由が利く。シャルノワールの一存で人員を増強するのは自由だ。
しかし、
僕の疑念について、シャルノワールはあっさりと答えた。
「その通りですわね。ですから、しばらくは対外的には見習いとしてアズライトの下に付いていただきますわ。麦穂が成ってから刈り取るのでは遅すぎる、有望な人材は早めに囲っておかないと盗られてしまいますから。現に毒蔓が巻き付いてしまっておりますし」
「あらぁ、お姫様も違う種類の毒を持っているだけじゃない?」
「せめて魅力と言ってもらえます?」
「そうね、魅力ね。うふふ」
コメントし辛い会話を広げないでほしいな。
僕は無表情で話が先に進むのを待った。
「さしあたって、LSに求めることは多くありませんわ。アズライトの指導の下、仕事と
シャルノワールの台詞と共に、眼前にポップアップが現れる。
「三か月後にある『
【
シャルノワールは貴方に、自身の騎士となることを求めています。
応える気概があるのならば、試練に挑戦せよ。
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