第127話 アッシュ相談室

 うーむ。


「最近、なんだか時間の使い方が下手になっている気がする」

「そーかもな。勉強と寝食に遊びしか予定のなかったやつが、急にやること増えたらそうもなるだろ」


 僕はアッシュの隣でカードを並べながら、ちょっとした悩みを漏らす。


 前までは最低でも一日に五時間はカードに割いていたのに、ランクマッチに一度も潜れない日が出てくるなんて。僕にとっては由々しき事態である。


「三人と同時に付き合うとか、身の丈に合わないことしたからか……?」

「付き合う人数は変わんねーよ。限られた時間をどんな風に配分するかの話だからな」

「仮に一時間ずつ配分したら三時間を僕は失うわけだが」

「そういう考え方が下手の第一歩だな。……これなんか良さそうか」


 アッシュは呟いて、自前のカードインベントリから一枚を取り出して並べている。


 ようやく作れた何の予定もない時間で、僕は『星灯舞踏会スターライト・オリンピア』を経て増えたカードを、アッシュはタイムアタックのラストスパートに向けてデッキ編制の見直しをしていた。


「オレじゃなくて三人と一緒にデッキ組めば悩みも解決するだろうに」

「んー……、いや、デッキは組めないだろ……。それなら一人で考えるわ」


 最高に強いデッキを自分一人で考えるのは、一人でできるし楽しいのは分かっている。

 それはそれとして、友達とあれこれ考察しながらデッキを組み上げるのも楽しい。ただし、これは同じくらいのレベルにいるプレイヤーが相手じゃないと盛り上がりづらい気がしている。


 リッカならば僕がカードの話を持ち掛けるには十分だろうが、イクハとフルナについては未だそこには至らない。


 三人とデッキを組んだとするなら、たぶんリッカとの会話が一番多くなると思う。ただ、それは他の二人にとってつまらない内容になるのではないか。


「そういや、このカードいるか? こないだ手に入れたんだが」

「あー、欲しいが代わりのカードがない」


 景品で面白そうなカードを見つけて確保してはみたものの、使い辛かったのでアッシュに流してみる。

 アッシュは難しい顔でカードリストを眺めて、それから力なく首を振った。


「じゃあ、とりあえずこれはお前にやる。僕の欲しいカードが出てきたら、入手するのに手を貸してくれ」

「とりあえずでもらえるカードじゃなさそうだからなー。カードパック……金袋を三つでどうだ?」

「オッケーだ」


 ノル箱をプレイしている内に気付いたのだが、ゴールドカードパックは通貨代わりになる。


 ゲーム中で買える・もらえるカードパックは開けるまでの時間に制限が付いているから、長期間持っておくってことが難しい。

 だが、何らかのキャンペーンや運営からの補填で、メッセージに添付されてもらえる物については制限の指定がない。添付のカードパックを実体化させるまでは保管可能なワケだ。


 この機能を用いて、眼の前でカードパックを開封し、それを丸々明け渡す……というトレードの手法があるのだ。


 主には交換の適切な対価がない時に行われる。

 普通に考えたら想定される対価よりも価値の低いカードばかりが出てくるのだろうが、金袋ならわずかに叙事詩エピックの可能性もある。ロマンを夢見る男たちこそ、金袋を求めるというものだ。いくら爆死しても金とカードを注ぎ込む輩は消えない。


 無限にカードパックから出てくるうさぎが僕らの間で無数に行き交う。低レアのガチャに突っ込むしかないカードも、こういう交換時には役に立つ。


 せっかくアッシュに引いてもらったのにパッとしないカード群を引き取りつつ、


「ところでさ、タイムアタックの方はどうなんだ?」

「張り合いがないのと、レベルの違いを感じているのと、両方だな」


 僕が尋ねると、アッシュは溜め息を吐きながら答えた。


「スプリンガーの方は【シャニダイン】で突っ走るオレに追いつけるヤツいないけど、オールプレイヤー予選の方は大差で敗けてっからなー。バトル大会には参加資格もらえると思うが、さすがに一筋縄じゃいかんわな」


 アッシュには一枚の能力では強力な【シャニダイン】が付いている。だが、他のカードは中級者や上級者に及ぶべくもない。

 その他の部分要素が大きく敗けてしまっているのだろう。


「ふうん、アッシュでそうなるなら、僕は出場しなくて正解だったな。ダンジョンには行ってみたけど、やっぱ辛いわ、走るのも階段登るのも」

「移動はなー。そのあたりはかなり意見も出されてるみたいだから、アップデートで改善されるといいよな」

「徒歩以外の移動方法が許可されたら僕もダンジョン攻略始めるわ」


 どうせなら騎乗可能なうさぎにでも乗せてくれ。大人気サーヴァントになるかもしれん。


「ってーと、デートはダンジョンになるワケか。海の見える廃船とかオススメだぞ」

「海の見えないところを通る船はそれ自体がすでにホラーだろ。せめて景色の綺麗な場所をオススメしてくれ。デートには使わんと思うが」


 それもあった、と僕は肩をすくめる。


 三人とデートに行くことにはなっているが、何にも決まっていない。というよりは何にも教えてもらえていない。

 曰く、MVPの報酬だそうだ。何をするかは三人それぞれで決めるとか。


 僕が投票権を放棄した際に放った「僕以外の誰か」を真面目に考察した結果、それなら三人全員がそうなのではないかとの結論に達したという。三人の連携で勝利を掴んだのは確かだが!

 それをやるなら僕もMVPに入れてほしかった。三人にしてほしいことがあるとかではない、うん。


「早速明日呼び出されているんだけど、どんな服で行けばいいかな」

「とにかく身綺麗な、新しい服を着ていきゃいいだろ。エルスにそのへんのセンスは期待してない」

「あまりにも辛辣なコメント、泣いてしまいそうだ」


 白い無地のシャツとジーンズで行くぞ?


「どうせファストファッションブランドの服しか持ってねーだろ。どうしても気になるなら、デート中に選んでもらえよ」

「クソッ、これだから服に困ったことのない男は……!」


 何を着ても様になる男はズルい。僕は何を着てもダサく、その点においては一部似ている。

 アッシュは真顔で言った。


「エルス、お前がクラシカルなロングメイド服を着せたい願望があるように、あの三人にも少なからず願望がある。お前が服を選んでほしいと頼んだら、喜んで選んでくれることだろうよ」

「だったら選んでもらうか……代わりに僕もメイド服持っていけばいいか?」

「メイド服は置いていけ」


 高速で届く通販サイトに伸ばした指を戻す。メイド服はダメか……。

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