第88話 シャルノワール・アズール・スタブライト

 拍手のどしゃぶり雨を受け、シャルノワール姫はにっこりと笑顔を咲かせた。

 凛としながらも甘く蕩けたロイヤルフェイスに胸を撃たれたガチ恋勢が観客席の床に崩れ落ちていく。


 至宝と謳われる美貌は遍く地平を照らすようでいて、だが太陽の如き暴力的な強さは無い。

 そっと傍らに寄り添う柔らかで穏やかな輝きが、瞳から沁み込んでくるみたいだと誰かが言った。


 シャルノワールは紅めのうからマイクを受け取ると、耳毛をさわさわと揺らす透き通ったウィスパーボイスで言葉を発した。


「ご紹介に預かりましたシャルノワール・アズール・スタブライトです。本日繰り広げられた熱戦の数々を、わたくしも大いに楽しませていただきました。毎月やっていただければ政務を捨てて見学に来るのですが……どうやら許可が降りないようです」


 ひっそり退場しようとしていた紅めのうに目線で問いかけ、めのうは慌てて顔を横に振った。単なる司会に運営まで訊かないでほしい。

 何が目的か、めのうを逃すまいとシャルノワールは口でも指示を出し始めた。


「冗談はさておき。わたくしが主役ではございませんからね、早々に授与へと移りましょうか。紅めのうさん、神貨と褒章をお持ちになって?」

「アッ、ハイ」


 個人チャットでディレクターからも従うように指示が出て、裏方に向かっていためのうの心が一気に老けた。もう疲れたよ……。

 運営から送りつけられた銀盤を出して、その上に神貨と褒章を並べて置く。めのうはそれを捧げ持ち、シャルノワールの後ろに侍った。


 深く頷いて、シャルノワールは近くにいた赤の制圧者コンカラーへと向き直る。


「では、順番に。だいそれた二つ名のブラッディアッシュさん、わたくしが直々に授与するのだから、次回こそは大言を体現なさって。三位、おめでとうございます」

「……素直に喜べないコメントをくれるものだな」

「あら? おしりが浮くような甘い台詞がお好きなのかしら」


 シャルノワールが淡く微笑んで首を傾げると、ブラッディアッシュは煌めきだけは負けないマントを振り払い、苦笑して答えた。


「いや、お姫様にケツを叩かれるとは思ってもいなかったぜ。貴重な経験に感謝しようじゃないか」

「それは重畳。さあ、貴方の現在地を受け取りなさい」


 デザインはCSBFと全く同じだが、銅色に光るBSBFの文字はこの世に二つだけ存在する記章だ。

 それはつまり、ファイナルズの初戦で敗けた二人しか持っていないという証。自身よりも上位に最低でも二人が存在する。


 続いてリョーマ・ザ・ゴッズも多少の会話を交わして、同じBSBF褒章を受け取っていた。



>初めて見るけど姫さん、マジで美人だったんだな

>王国三大美女に名前だけ挙がってたけど、忖度じゃなかったのか

>見たことある人が限られすぎ問題の解決。これは文句なしですわw

>SBFに出てきたってコトは、GW後半の表彰式でも出てくるってコト!?

>勝たなきゃ(使命感

>お前ら、受章者とか褒章についても話してやれよw



 HIME-RIKAの前にやってきたところで、シャルノワールから新たな指令が下る。


「紅めのうさん、次にお渡しする内容について説明してくださる」

「ハーイ……」


 マイクはシャルノワールに渡してしまっていたが、そんなものが無くても拡声されているのはご愛嬌。見栄えを重視したジョークグッズだ。じゃなきゃプレイヤーの声なんかいちいち拾えないもんだし。

 思わぬ残業に盛り上がらぬ気持ちをなんとか盛り上げていく。


「Top2、準優勝の副賞はこちら!」


 めのうの声に従って、メインスクリーンに新たなスライドが表示された。


「ゴールドカードパック合計十袋に加え――これも今回初出! 新たなレアリティカードパックである『プリズム』を先行で一袋お渡しします! ゴールドよりもレアカードが出やすい……かも? これも次回の大型メンテで実装予定となっております!」



>ガタッ!!!!!

>ついに来たか……っ!

>ようやく幻想ロストメモリー級がお目見えか?

>そんな引けもしないもんより叙事詩確率上げてくれてればいいよもう



「神貨は50000GCの大盤振る舞い! そして銀色にランクアップしたSシルバーSBF褒章を授与となります」


 日本円に両替したら五万円になるのだから、始まって一年しか経っていない、初心者向け大会の準優勝報酬としてはかなり良さ気なのではないだろうか。


 メンテ後に追加予定のGC専用ショップでは、両替するよりもゲーム内で使ってもらえた方がお得になる価格設定にしていくらしいが。そのあたりはまだ未公開情報なので、言わないように気を付けながら、めのうが説明を終える。


 阿吽の呼吸でシャルノワールが後を引き継ぐ。勝手に阿吽にされている。


「HIME-RIKAさん、準優勝おめでとうございます。貴女の奮戦は心が躍るようでした、また次回があれば頑張ってくださいね」

「……ありがとう。あたしには余計なことを言わないの?」


 余計なことを言っているのはお前じゃい! というツッコミは心の内に秘めておくめのう。


 仮にも王族に向かってこの礼儀の無さは普通なら万死に値する。


 一応、プレイヤーは神々から遣わされた戦士ということで、ノル箱住人的にはかなり格の高い相手だからギリギリ許されているのだ。

 冒険者もどきをやっている庶民がタメ口なんかきいたら、世間一般的にはチョンパである。どこをとは言わないが。


「貴女には鼓舞をする必要がありませんから」

「……あれは鼓舞だったの」


 対外的には煽りとも言う。


「であれば、あたしもエルスには敗けているのだけれど」

「欲しがりさんですね? 無駄になるのに欲しいだなんて」

「無駄……? どういう意味?」


 紅めのうがそこに苦痛露わな表情で割り込んだ。


「姫様、時間が押しているので……」

「あらあら、ごめんなさいね。それでは、これが神貨とSSBF褒章。大事にしてくださいな」


 シャルノワールはSSBF褒章を手に取り、ヒメリカの襟元に腕を伸ばした。

 先の二人にはしていなかったが、王女様手ずから装着してくださるようだ。


「彼は貴女のものにはならない。今回が、最初で最後のチャンスでした。ご存知ないのかもしれませんが、人気商品にはより高値を付ける買い手が現れるのですよ?」


 シャルノワールはマイクを避けて、口を動かさずに言った。なぜかプレイヤーの呟きすら拾う拡声は切れている。

 すぐ傍にいためのうとヒメリカだけが、その囁きウィスパーを聴き取った。


「彼はわたくしがいただきます。貴重な【星】の使い手ですから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る