第159話 軽業師の登場

 ラビッツサーカス団の座長らしくせいぜいおどけてやったが、エドアルドからは「早くドローをしろ」と心無い野次が飛んだ。

 拍手はおろか、感銘の口笛すらもらえそうにない。観客失格である。


「ではお言葉に甘えて、僕のターン。ドローだ!」


 【クラウン】に習って大仰な仕草で僕は山札からカードを三枚まとめて引き抜いた。


 これで手札は計十枚。

 色とりどりの絵柄を眺めて、呟く。


「そう来るか……」


 そしてチラリとエドアルドに目線を向ける。

 彼は顎をしゃくって進行を促した。


「そのような安い演技は誰も求めておらん。やるなら早くやるがいい、空中ブランコとやらをな」

「どうやら刺激を与え続けたおかげで記憶力が改善されたようだ。僕の言った台詞を覚えてくださるとはね」

「言葉一つでキメラの首を取ったように大騒ぎする少年が静かになるのならよかろう」

合成生物キメラの首の数だけ僕の言葉を記憶してくれるつもりがある。随分と下等に寛容な性格になりましたなあ」


 邪悪に傾倒した魔法使いあたりが創り出しそうな、ファンタジーなどでありがちな怪物キメラ。


 その期待に漏れなく応えたノル箱にもキメラのサーヴァントは存在する。絵柄だけインターネットインテリジェントの集積所で見たことあるが、おどろおどろしい何種類もの生き物の顔が一つの胴体にくっついていたことだけ覚えている。


 素直に慣用句としては『鬼の首』にしておけばよかったものを。キメラも鬼に並ぶ危険な存在だから間違ってはいないのか。


「楽しくMCも終えたところで、お待ちかねの演目だ! パフォーマーは【ラビッツサーカス:アクロバット】! 僕が自陣左側の後列に移動した後、左側中列に登場してもらおう」

「……いや、後列には少年が呼び出した【クラウン】が……いない!?」

「【クラウン】だけではないがな。少しばかり注意力が散漫か?」


 そう言って僕はフィールド上の変化点を示した。


「奇術はいずれ解けるもの。幻想の時間は1ターンで終わりを告げる」


 前の手番で【イリュージョニスト】の創った分身ダブルが、ターンの終了と同時にひっそりと消えていた。

 フィールドに残っているのは本物だ。


 自陣中央前列に【クラウン】、中央中列で【イリュージョニスト】がパフォーマンスをしているがゆえに、他のマスに目が向かなかったのかもしれない。

 【ピッカリン】に攻撃されていた【クラウン】が本物だったと知って、内心ビビる。確率の神様ありがとう。


 僕は後列の左マスに移動し、カードを中列に投げた。


「そして奇術は真実タネがバレていないのなら、何度でも掛け直せる。出陣、【ラビッツサーカス:アクロバット】! それから【イリュージョニスト】、もう一度お前の奇術を魅せてくれ!」


 僕が【アクロバット】を出陣させた直後に、再び例の白い煙がフィールドを覆う。


「くっ、またか!?」

「あんたが本物を見つけない限り、何度でも蘇るさ、こいつらは!」


 白い煙が晴れると、フィールドにいるうさぎの数がまた増殖していた。

 【イリュージョニスト】が三枚、【クラウン】が三枚。フィールド上に見えるのは合計で六枚。


 エドアルドはうさぎの数をかぞえ、チッと舌打ちをした。


「減っている……? 少年が出陣させた新しいサーヴァントはどこに行った!?」

「おいおいおいおい、せっかくさっき褒めたばかりなのにもう忘却の彼方か? ブランコをすると言うのに、地上を探す阿呆がどこにいる!」

「……ッ!」


 サーカスの花形、大曲芸は地上から遠く離れた空中でやるからこそ、花形足りえる。


 頭上へと顔を上げれば、天空のどこかから伸びている二本の蔦の先に木の棒が渡されたブランコが――そこに、あの短い足でどうやっているのか逆さまにぶら下がった【アクロバット】がいた。


 どこかアルプス山脈に住んでいる少女を思い出す画角だ。


 スタートは遠くから落下による位置エネルギーを得ることから始まる。米粒にしか見えないほどの向こうから、半円を描く形でスイングしてくるブランコ。


「うおっ!?」


 僕の前のマスに出陣させたからか、正面からブランコしてきた【アクロバット】が僕に衝突するコースで突っ込んできた。


 慌てて避けると、その直前でブランコは異常な急停止をして、足を離して宙に放り出された【アクロバット】がくるくると宙返りを披露して、出陣を指定された該当マスに降り立った。


 拍手。


「なんだ、その無様な行動は……」

「うるさいな、僕も初めて使うカードだから勝手が分からないんだよ!」


 【ラビッツサーカス】はテキスト上のシナジーしか確認できていなくて、どういう登場をするとか詳しくは知らなかった。

 どういうカードかは知っているから迷いこそしていないが、ブランコが衝突コースでスイングしてくるとは思わなんだ。


「あんただって、そんな余裕ぶっていていいのか? 来るぞ、後ろから!」


 【イリュージョニスト】には【アクロバット】の分身ダブルも要求した。

 一種ごとの枚数は減るが【アクロバット】のトークンが二枚追加される。この場面においては、【アクロバット】の数を増やすことが重要だった。


 フィールドに現れた二枚目の【アクロバット】が演技を始めるが、その軌道はエドアルドの背を急襲するルートを取っている。


 エドアルドは動じない。


「今のを見ていれば、結局のところはマスに縛られた存在であることは理解できる。少年のように無様な回避を取る必要はなィガッ!?」


 御高説を述べておられたエドアルドの腰に、レオタードうさぎのドロップキックが直撃した。

 エビのように背を曲げて前方に倒れ込むエドアルドに着地した【アクロバット】は、エドアルドボードを巧みに操り波を乗りこなし、自陣右側の前列にやってきた。


 用済みになったエドアルドボードを後ろ足で蹴飛ばすと、衣装のレオタードを整え始める。


「あーあ、言わんこっちゃない……」


 あれでダメージが発生しないのだから、神の保護とやらもすごいものだ。

 現実ならば腰の骨が砕けて身動き一つできなくなっているはずだ。魔女の一撃ぎっくり腰ならぬ、兎の一撃。


 この惨状の向こうで、天からまっすぐ降りてきた蔦をするすると下って、まるでロープ降下の如く敵陣の後方に降りた【アクロバット】が一枚。

 注目されていない場所では、あんまり派手な登場をしないらしい。無駄な危険は冒さない、プロのパフォーマーだ。


「ぐう……っ、一体何が……?」


 自身を何が襲ったのかも把握していないエドアルドが腰を押さえながら立ち上がる。元気そうで何より。


「お客様ー。勝手なマスの移動は固く禁じておりますので、さっさと戻りなー」

「なぜ私はマスを移動しているのだ……?」


 それはもうリプレイでも後で見てもらって。

 首を捻りながら敵陣前列に戻っていくエドアルド。


「思ったよりも派手な登場で肝が冷えたが……前座は十分だな」

「ふん、満を持して花形を出してきた割には……。戦闘力100の雑魚とはな」

「非力なうさぎの壁も抜けないあんたが言えることじゃないだろ」


 どれほど腕力がなくとも、僕は何かしら取り柄のあるカードを選んでいる。


「もはや、あんたが僕を詰めることはない」

「確率を多少味方に付けただけでそこまで盛り上がれるのもめでたいな。いつまでも自分にだけ確率が微笑むと思ったら大間違いだ」

「いやいや、物理的に距離を取らせてもらうからさ。その【騎士団】はおっかないからな」


 エドアルドはブランコという物を全く理解していないようだ。

 子どもの遊具、超人的パフォーマンスの道具。どちらも正解ではあるが、もう一つ用途がある。


 ――そう、移動手段である。


「ラビッツサーカスの花形【アクロバット】による『空中飛行エアリアル』は、同名のカードが箱庭フィールド上に二枚存在する時、その二枚間を飛ばして別のカードを移動させられる! この様子を見る限りだと、多少恐ろしい演技パフォーマンスを要求されそうだがな……」


 頼むぞAI補正。自力であのパフォーマンスを行うのは不可能だ。

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